第31話 居場所


 この世界でもトイレは変わらない……と言いたいところだが、無重力に近いので下手にするととんでもないことになる。


 おしっこはまっすぐ真横に飛ぶし、下手に立ち小便しても盛大に飛び散る。


 そのため、樋箱(ひばこ)と呼ばれる密閉された箱にやるのだ。


 樋箱にガンバ○ターを納めてから用を足す刀和。

 屋敷の住人一人一人に専用の樋箱があるのだが、刀和の樋箱には何故かヱクセ○オンと瞬がいたずら書きしていた。


(なんでヱ○セリオンって書いたんだろ? )


 自身の巨大さにはまだ気づいていないので不思議そうな刀和。


 用を足した後は樋箱を開いて中身を所定の場所で撒く。

 砂地に撒いて肥料にするのだ。


 ちなみに糞をばら撒いても勝手に小魚や虫が食べてくれるのでこの辺は地上よりはありがたいところがある。


 樋箱に水を入れて洗ってから、もう一回撒いて樋箱を片づけてから上を見上げる。


 レオリスの白い天井からは青い光が出ていて思いのほか明るい。

 空には魚やエイ、亀が回遊しており、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 泳いでる生き物の中には見たことも無い『晶物』と呼ばれるゴムのような生き物も居るが、これは晶霊の食べ物になる。


 そんな不思議な生き物が泳ぎ、青い光も相まって幻想的な海の中に居るような雰囲気を漂わす月海の夜の世界。


(……綺麗なんだけど……)


 ふと、近くにあった棒きれを見つけて手に取ってみる。


ひゅっ! ひゅっ! ひゅっ!


 教えてもらった型を振ってみる。

 実は密かに一本太刀のやり方を教えてもらっており、本番ではやらなかったものの振ってみたりしたのだ。

 そして……


シュシュシュシュシュッ!


 後藤のやっていた星切りをやってみる。

 彼のようにはかっこよくはできなかったものの、星切りの形にはなっている。



(かっこいいかな? )


 そんなことを考えてポーズを取ってみる。


「……なにやってんの? 」

「あわわわわわ!!! 」


 横合いからの声に慌てて棒を放り出す刀和。

 横をみると瞬が立っていた。


「夜中に棒を振り回すなんて……」

「べ、別にいいじゃん! もう行くから! 」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 」


 慌てて去ろうとする刀和に瞬は慌てて止める。


「なんだよ……」

「ねぇ」

「うん? 」

「今の……棒振りよね? 」

「そうだよ」

「やっぱ……帰りたいよね」

「……うん……みんなに会いたい……」


 ここの人たちは良い人が多い。

 だが、一方で町の仲間にも会いたいのだ。


 だが、瞬は別の意味で受け取っていた。


「私だけ晶霊士になったから怒ってる? 」

「……なんで? 」

「だってさ、私はなんかこう……いい感じになってきてるし……」


 瞬が遠慮がちに言っているが、実際に瞬の名は上がっている。

 トヨタマは近隣でも名の知れた戦姫として知られているのでそれと互角にやりあう晶霊士が現れたことで話題騒然となっている。


 リューグのシュン=アカシは名の知れた戦士になりつつある。

 それを知っている刀和は慌てて手を振る。


「そんなことないよ。ただ……」

「ただ? 」

「後藤さんにも言われてたけど……小屋方町の棒を受け継ぎたかったからさ。それが出来なかったなって……」

「…………そう」


 瞬も刀和の言いたい事がわかった。

 金剣町は田舎の町である。

 限界集落とはいかないが、過疎化は進んでいるのである。

 石川県の伝統行事も継承されないところが増えて来ている。


「悠久は薙刀、英吾は棒、僕は一本太刀を受け継ぐはずだったのに、これができなくなったからさ」

「いいじゃない。下の子らが受け継いでくれるわよ」

「…………そうだね」


 瞬の言葉にやや悲しそうに答える刀和。


(下の子じゃなくて僕が受け継ぎたかったんだけどな…………)


「…………戻ろう」

「…………うん」


 そう言って刀和が宿舎へと向かう。

一方、瞬は自分の部屋に向かう。


 晶霊士となった瞬には自分の部屋が与えられる。

 戦士になったのだから、家人と一緒では無いのだ。

 自動的にリューグ家の私兵となったので完全に別扱いである。

 だが、刀和はそんな待遇の差よりも違うことが気になった。


(僕が虐められても町が僕の居場所だった)


 目を閉じると嫌な思い出が浮かぶ。

 虐められて泣いて帰っていた日々。


(ダメな僕でも出来る事があると教えてくれたのが祭りだった…………)


 そのことを思い出すと涙が出る。


「僕は結局どこへ行ってもダメなのかな? 」


 ぽつりとつぶやく刀和。

 考えてもダメなのにそんな風に考えてしまう。


(…………寝よう)


 その日はやけに目が覚めて眠れなかった刀和だった。


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