西海の海賊

第1話 虹の激流


「ぐぅぅぅぅぅぅ!!!!! 」


 歯を食いしばり、必死で耐える中学生の男の子が居る。


 年齢の割には体が小さく、身長が160ぐらいしかない。


 特に少年は小太りの体型なので、そこが子供っぽく見える要因にもなっているが、彼はもう中学三年生で15歳である。

 現に彼は学ランを着ている。


 そんな彼が歯を食いしばり、必死で耐えるのは何故か?


 答えは荒れ狂う激流に振り回されているからだ。


「ぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!! 」


 激流に翻弄されながらも必死で耐える少年。


 不思議なことに周りの激流は何故か虹色に輝いており、不思議な『何か』が荒れ狂うように流れている。

 幸いなことに息はできるものの、危険なことには変わりない。


 だが、彼が必死で耐えるのにも理由がある。


 彼の腕の中にはショートカットの快活そうな少女が眠っているからだ。

 少年よりは少し背が高いが綺麗な子で、通っていた金剣中学校でも人気のある少女だった。

 金剣中指定のセーラー服を着ており、ちょっと胸が大きい子なので役得と言えば役得だが、今はそんなことを気にしている状態ではない。


 こんな謎の虹色の激流で彼女を放り出せば、どうなるかわかったものではない。


 その事実が彼に耐える力を与えた。


(離さない! )


 必死で耐えながらも心に固く誓う少年。


(瞬は僕が守る! )


 少年の腕の中に居る女の子の名前は『玉響 瞬(たまゆら しゅん)』という。

 そして少年の名は『万代 刀和(まんだい とわ)』という。


 彼らは幼馴染で共に同じ時を過ごした親友だった。


(絶対に離してたまるものか! )


 必死で激流に抗う刀和。


 右に……左に……上に……下に……


 激流が刀和と木の葉のように玩ぶ。

 だがそれでも刀和はその手を離さない!


(何でこんなことになった! )


 しっかりと抱きしめながらも刀和は考える。


 刀和と瞬の二人はいつもの様に教室でじゃれ合っていただけだった。

 まあ、じゃれ合っていたと言っても……


(英吾が水泳部の部室に覗き穴開けただけなのに! )


 そして水泳部であり、今は刀和の腕の中に居る瞬にボコボコにされている真っ最中だった。

 だが、その時に現れた黒く大きな球に当たった時に……その中に吸い込まれてこうなっている。


(どうすれば良いんだ! )


 必死で考える刀和。

 すると、どこからか、女性の綺麗な声が聞こえた。


「がんばるわね……」


(……誰? )


 息をするのも苦しい激流の中なのに、その声は何故かはっきり聞こえた。


「私の名前は『トリニア』。運命神とも呼ばれているわ」


 女性は鈴がなるような可憐な声で名乗った。

 何となくだが美人を思わせる声だ。


(なんでもいいから助けてくれ! )


 心の中で叫ぶ刀和。

 だが、トリニアは面白がるような声で笑った。


「あなたはもう助かってるわよ」

(全然助かっていない! )


 心の中で女性へのツッコミを叫ぶ刀和。

 現に上下も分からないような状態で、周りがどうなっているのか見当もつかない。

 だが、顔も分からない女性は平然と言った。


「あなたはもう月海(レオリス)に来ているのよ」


(……レオリス? )


 聞きなれない言葉に訝しむ刀和。


「あなたたちにはレオリスの人間とコミュニケーションが取れるように言語と文字は伝わるようにしといたわ」


(それはどうも! どうでもいいから早く助けてくれ! )


 刀和は心の中で叫んでいるのだが、何故か女性には伝わっているらしい。

 女性は面白がるようにクスクスと笑った。


「せっかちねぇ……あなたの運命を教えてあげようと思ったのに……」

(助かるんならそれでいいよ! )


 イライラして言い返そうとする刀和だがあまりの激流に声も出ない。

 だが、トリニアとやらは刀和が心で思っただけで理解しているようだ。


「これからあなたが行くレオリスは『絆』が物を言う世界よ」

(……絆? )


 不可解な物言いのトリニアに不思議がる刀和。


「共に戦う『仲間』をどれだけ信頼できるかが生き残る鍵よ」

(……仲間……)


 それを聞いて刀和が思い出すのはいつも一緒に遊ぶ仲間である。


 久世英吾、嘉麻一石、九曜圭人、大上悠久、天沼刹那……

 そして今、自分の腕の中に居る玉響瞬。

 

 だが、トリニアが話す『絆』とやらは、どうも彼らの事ではないようだ。

 問いただそうと心に思う刀和。


(それは一体どういう……)

「じゃあ、そろそろ起こしてあげるわね」


ドカッ!


 刀和は胸に重い一撃を受けて気が遠くなった!


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