10 空気のちょっと薄い場所

 空気のちょっと薄い場所


 聖域 アジール (シェルター。あるいは、身を守るための逃げ場所。心とからだを休める場所。安全なところ。それが、アジールである)


「少しこのままお話をしてもいいですか?」

 じっとしていることに我慢しきれなくなって未来は言った。

「もちろん。いいよ。三上さんが一番リラックスできるようにしてくれて、構わない。体さえ動かさないでいてくれればね」にっこりと笑ってスケッチブックの後ろから涙くんは言った。


「私、学校が嫌いなんです。学校に行ってないんですよ。今。私」そんなことを未来は言った。

 もうずいぶんと二人は会話をして(と言っても名前とか、学校のこととか、ぞれぞれの生活とか、そんな当たり障りのない会話だけだけど)すごく距離が縮まった感じがしていたけど、でも二人とも、涙くんも、それから私(未来)も、一番大切なことや本当に大事なことは、まだお互いに話ができていないと思っていた。(それは当然といえば、当然の話なのかもしれない。だって私たちはまだ出会ってから一日も時間がたっていないのだから)


 でも、こうして絵のモデルをしていると、なんだか自然とそんな自分の秘密(涙くんい話すつもりもなかったし、ずっと秘密にしておこうと思っていた)をなぜか、自然と口にすることができた。


 涙くんに迷惑なか? とか、私なんでこんなこと話しているだろう? とか私はどうしてこんな場所で今日初めて会った出会ったばかりの男の子の絵のモデルをしているんだろう? とか、私はどうして今日、宇宙博物館にスペースシャトルを見に行こうと考えたんだろう? とかいろんな余計なことを考えてしまった。


 そんなことを考えながら、未来はにっこりと涙くんの前で笑った。(そうしないと、なんだかちょっと泣いちゃうそうだったからだ。……自分が可哀想すぎて)


 涙くんは無言。

「もう、一年くらいになるかな? 中等部までは普通だったんですけど、高等部に入って、いろいろあって、一年の夏休みから、もう学校にいきなくないって思うようになって、……そうしたら、本当に学校にいけなくなっちゃって……。もちろん、私は学生なんだから学校に行かなくちゃって思ったんですけど、でも、からだが震えて、心がそれを拒絶して、(絶対に行きたくない、行くなって言って)それで結局、お父さんもお母さんも先生と相談をして、私がいけるようになるまで待てばいいよ、っていう話になったんです。……引きこもりっていうか、登校拒否っていうのかな? 私、かっこ悪いですよね」ふふっと笑って未来は言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る