そして…お嬢さん、お逃げなさい。

 その昔、大陸の南に位置する三国の間で戦争が起きた。


 それは周辺諸国を巻き込み拡大していく。


 あるとき劣勢に立たされたひとつの国『トースラーン』の王に密かに想いを寄せる女魔導士が、精霊の力を自らに取り込むという禁呪に手を出してしまう。


 その時代最強と謳われた魔導士は『魔人』と呼ばれる不死の存在となり、劣勢を跳ね返して国を勝利に導くはずだったが…やがてその膨大な魔力は暴走して行ったのだ。


 たった一人の魔人によって壊滅状態まで追い込まれた三国とそれぞれの同盟国は戦争どころではなく、いつしか手を結び…精霊達の力を借りて巨大な山脈を作ってもらって、そこに結界張ることで魔人を閉じ込めた。


 三国の王達は自らを生贄とし、大精霊という精霊のボス的な存在の力を借り受ける。


 それでも魔人を倒すことは叶わず…時空の歪みを作って、遥か先の未来に飛ばす…という方法で難を逃れたらしい。


 問題の先送りである。


 その時、三国の中で唯一跡継ぎのいた『トエグゼラ』の一族がその力を代々引継ぎ、魔人が現れる度に同じように先送りしてきたそうだ…。


 その魔人が飛ばされて来る場所はいつも違うらしいのだが、その時が近づくと精霊が作った山脈が魔人の魔力に反応して少しづつ育っているらしい。

 それに併せて継承者が旅に出て、世界中に広まっている一族の協力で特定された場所で迎え撃つ…。


 …ちょっとその魔人とやらも可哀想な気もするな…弾かれ続けるピンポン玉みたいじゃないか。


 やがてその周期は少しづつ短くなり、だいたい100年程度で今は繰り返されている。


 かつてその山脈に囲われた国は、しばらくは繁栄していたらしいが…山脈の成長に併せて少しづつ国は衰退していき、人も減ってシュミカの時代にはトエグゼラは過疎化した小さな村一つ。

 シュミカが幼い頃、山脈の成長が始まったために越えられるウチに村を捨て、各所の一族のもとを回る流浪の民となったそうだ。


 そうしている中でその時は訪れた。


 大きな地響きと共に、大陸全土にこう響いたそうである…。


『いいかげんにしろぉぉぉおおお~~~!!!』…と。


 飛ばされて出てきたら、また飛ばされて…それを何度も繰り返し、魔人はあまりの自分の滑稽さに正気に戻ったのかも知れない…。


 ほぼ特定されていた場所に確認に行った父親(とおちゃ)は戻らず、意を決して挑んだ決戦でシュミカの兄(あんちゃ)の放った例の術が弾かれて隠れて見ていたシュミカに直撃したらしい。


 今のエイナと同じくらいの年齢のシュミカが気がついた時には、知らない土地で泣いていた。


 …そう聞くと、少しは可哀想な気もするが…それをこんな性格にしてしまった理由に認定するには乱暴な気もするぞ。


 そんな時に、あのパーティに拾われて育てられて今に至る…

それが前置きに『記憶は曖昧なところもあるけど…』とシュミカから聞かされた話の内容だ。


 もちろんそれは幼かったシュミカが認識し、自分の中で記憶を繋ぎ合わせた話。


 リアには世間に流れている伝承などを、クマには…どれだけ長く生きていたのかはわからないが、この地に訪れた冒険者たちからの情報を聞いてから考えるべきだろう。


 ちなみに、その魔人こそが『カナ=ミグ』であり、三国の中で名前の出てこなかったもう一つは『カトラーナス』という魔導に長けた国だったらしい。

 …何だかきな臭い感じもするが…後継者も無く、既に滅んだ国なら関係ないか…。

今更そんな神話ほどに昔の真実を追い求めているほど暇では無い。


 俺たちが先ずすることはトーシャルゼまでの道中で、かつて家族だった仲間達を弔う事だ。そのついでに情報も集まるかもしれないし…。



クマ「…あの叫びはそう言う事だったのかい…。たしかに覚えはあるね。

   みんなでビックリしたっけなぁ…。」


リア「その戦争の話…アタシが知ってるのは…、

   争いに心を痛めた神様が遣わした竜を三国で追い払って仲直り…

   みたいな話だったかしら…?

   役目を終えた竜がレイヴンの守護竜になったとか習ったわぁ…。

   それに…

   あたしが生まれた頃にはもうあの山脈自体が越えられない物の代名詞よ。

   ずっとあの向こうには華やかな世界が広がってると思ってたのだけど…。

   軍の奴らなら知ってたのかしらぁ…?

   こんなことならあのトカゲ野郎を連れて来とけば良かったわねぇ…。」


 …お前、クルセイトでトカゲと言った俺を岩肌から蹴り落としたよな!?


リア「シュミカ…なんでアタシには教えてくれなかったのよ~。

   身体だけじゃなくて心も知ってると思っていたのにぃ…。」


 もういい、リアは黙れ。


シュミカ「ん…幼い頃、皆に必死に伝えたけど誰も信じてくれなかった…。

     リアがパーティに加入するずっと前から誰にも言うのをやめてた。

     …あと…本当は、あの時ハグレるまで正直忘れてた…。」


 と、下腹部の、おそらく紋章がある所を撫でながら意気消沈している。


エイナ「ん~~…何かな…?ボクも誰かから聞いたのかな?

    そんな感じのお話を聞いた事がある気がするよ…。」


 と、必死に思い出そうとモゾモゾしているエイナ…。


エイナ「そんなに離れてはいないから、一度クルセイトに戻って調べてみる?

    きっと、お父様ならいろいろ知っているんだよ♪」


 それも良いかも知れないな…と、思った刹那…


シュミカ&クマ「ううわぁああ!」


 何?なんだどうした!?

 二人は揃って椅子から転げ落ち、同じ一点を見たあとに目を伏せて這い蹲る!


シュミカ「ん…んん…アサヒ…一度エイナを連れて…この場から離れて…!」


 そう言われてエイナに目をやると…椅子に座ったまま白目を剥いて痙攣している!


俺「おい!どうした?エイナ!?」


クマ「上級精霊が入って来た!リアさん!二人を結界の外に!

   この家から出るだけで大丈夫だから!」


 と言われたリアは反射的に俺とエイナを一括りにして浮かせ、ドアを蹴破って外に躍り出た!


 …何が起きた?上級精霊?…エイナに釣られて来たのか…?

 しばらくの間、呆気に取られていると…青ざめたシュミカが家から出てきた。


俺「…どうした?大丈夫なのか?」


シュミカ「…んん…、力が強いだけで悪意の有る存在ではないから大丈夫…。

     ただ、僕やエイナみたいに精霊と距離が近いと…重い…。

     エイナに会いたくて来たみたいだけど…。子供のエイナにはキツイ。

     今、クマが説得して…ついでに魔人について聞いてくれている…。

     …僕も耐えられなくて席を外してきた…。とてもダルイ…。

     リア…膝枕を…。」


リア「いいわよぉ~、いらっしゃ~い♪」


 リアは俺の隣に腰を下ろし、俺がエイナにしているように膝枕でシュミカを受け入れる。

 フラフラのシュミカがそこに横になると…ふふ…まるで本当の家族のようで、なんだか和む。

 ここにギリアさんが居れば…。いつかそんな日が来るといいな。


シュミカ「ん…もしかしたら面倒な事に巻き込むかも知れない…。

     ゴメンなむぅうぅうぅ……。」


 俺とリアは片手ずつを使って、そんな事を言い出すシュミカの頬っぺたを挟んでギュムギュムしてやるのだ。


リア「アンタそんなに謝ったりするキャラじゃないでしょ。いいのよ。

   どんどん巻き込んで、可愛い弟に色んな景色を見せてやりなさいなぁ…。」


俺「落ち込むお前なんて気持ち悪いだけだ。

  それも俺への嫌がらせのつもりか?逆に喜ぶだけからやめとけ。

  どの道お前らがいなけりゃ俺は生きていけないんだ。

  この命、預けてるんだからせめて面白おかしく散らしてくれよ。ははは。」


シュミカ「…んん!散らしたりなんてしない…。

     ただ…カナ=ミグは脅威…のハズ…。

     今のこの世界がどうなっているのか…それを知りたい…。」


リア「そうねぇ…それはちゃんと皆で考えましょうね。

   …ふぅ…、なんだか眠たくなって来ちゃったわぁ…。」


 そうやっていつの間にか日向ぼっこタイム。

 エイナも落ち着いてスヤスヤ寝ている。


そして…とても静かで優しい時間が過ぎ、やがて家の扉が開いてクマが出てきた。


クマ「ちょっとぉ~、…君達くつろぎすぎだよ~…。」

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