第11話 父の心を娘は知っている
「なっ!」
まさか俺の心の声が聞こえたわけじゃないよね。扉を開けて入ってきた夏菜と春香さんの二人は、なんとメイドコスをしていたのである。これにはさすがの一条
「あらまあ、春香さんも夏菜さんも可愛いこと。ねえ、あなた?」
ところで一条
「は、春香……」
「春香ぁ?」
思わず恋人のファーストネームを口にしてしまった竹内に、一条父がギロリと鋭い視線を向ける。しかしこの時ばかりは俺も竹内の気持ちがよく分かったよ。何と言ってもあの超がつくほど美人の春香さんがメイドコスで現れたのだ。
「亮太さん! お姉ちゃんばかり見てないで、亮太さんは私を見て下さい!」
春香さんに目を奪われていた俺に向かって、夏菜が膨れっ面でそう訴えてきた。いや、お姉さんのメイドコスが余りにも似合い過ぎてて目が離せない、と思ったのだが――
「夏菜……さん……?」
これは驚いた。
俺の方は思わず彼女の名をさん付けで呼んでしまったよ。何故なら気が動転するくらい、夏菜のメイドコスもめちゃくちゃ可愛かったからである。もちろん二人は姉妹なのだから似ているのは当然かも知れないが、春香さんにあって夏菜にないのはほんのわずかな大人っぽさだけだと言っていい。
「どうですか? 似合いませんか?」
「いや、あの……」
俺が口ごもると、夏菜はまたあの泣きそうな表情でじっとこちらを見つめてきた。
「に、似合ってる! 似合ってるって! すごく似合ってるから!」
「やったぁ!」
「竹内さんは褒めて下さらないのですか?」
今度は春香さんが竹内を責め始める。それに対して彼は俺でも分かるほど鼻の下を伸ばしてこう言った。
「僕の春香が世界一だよ」
「うふふ。ありがとうございます!」
「僕の春香? 君に娘をやった覚えはないがね」
竹内に褒められて嬉しそうにしている春香さんを見て、一条父はかなり不機嫌そうにしている。
「でもどうして二人ともメイドコスなんか?」
「お姉ちゃんがさっき皆のメイド姿に見とれてた竹内さんを見て、自分もこの格好するって言ったのでついでに私も、と思ったんです」
「ちょ、ちょっと夏菜!」
俺の疑問に夏菜が応えてくれたのだが、さすがに春香さんは恥ずかしかったらしい。それにしても竹内め、こんなに綺麗な春香さんに嫉妬させるとは何たる果報者だ。
「あなただって亮太さんに見せるってはしゃいでたじゃない!」
「お、お姉ちゃん! 亮太さん、私はしゃいでなんかいませんからね!」
あれ、何か一条父の俺に対する視線も変わってきたような気がするぞ。
てか夏菜、さっきの言動といい、まさか君は俺に気があるとかじゃないよね。
「あらあら二人とも、お父さんのご機嫌がどんどん悪くなっていきますよ」
「なっ! 律子は余計なことを言わんでいい」
「お父様、私はいつまでもお父様の娘です」
「私も!」
二人の娘は母親に言われたとたんに父親の横に座って腕に巻きついていた。これはきっといつものことなんだろう。と言うのも、二人とも彼の目を盗んでこちらにペロッと舌を出して見せたからである。しかしお陰で一条父の機嫌は一気に回復したようだ。
「娘たちはまだまだ嫁にやるつもりはないからな」
「いや、あの……」
竹内と春香さんはともかく、夏菜はまだ高校一年生なんだし、そもそも十五歳だから結婚なんて出来ないでしょうに。それに夏菜に好かれているとしたら嬉しいことではあるが、俺はまだ新しい恋愛をする気にはなれない。
「お客様、お待たせ致しました。旦那様、奥様、お嬢様、お食事のご用意が整いました」
そこへ使用人さんが呼びにきてくれたので、幸か不幸か俺は口にしようとした言葉を呑み込むしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます