第34話 来るうそ
さっそうと前に出るかわうそ。
ゲオルグが奴を護ろうと壁際からヨロヨロと歩きだすが……。
「うそうそ」
とか言って右前脚をあげゲオルグをその場に留まらせた。
大丈夫かよ……。
いくら生意気でいけ好かない奴だとは言え、目の前で赤いうしに捕食されたら気分がいいもんじゃない。
いざという時は助けに入らないとな。
「無理すんなよ……」
『レッドデビルなら俺様に任せるうそ』
「お、おう……」
あの赤いうしはレッドデビルとか大層な名前がついているのか。
聞いたことないなあ……。異世界独自のモンスター?
ちょ、危ない!
呑気に会話なんてしていたもんだから、レッドデビルが唸り声をあげてかわうそへ突進してきた。
しかし、かわうそはその場で飛び上がり、レッドデビルの背に着地する。
「お、おお」
俺の張り手を回避しただけはあるぜ。あいつ、かなり身軽だ。体が小さいから攻撃を当て辛いってのもあるけど。
かわうそは後ろ脚の爪をレッドデビルの毛皮に引っかけて、両前脚の手のひらを合わせる。
すると、かわうその体から柔らかな黄色みがかった光が湧き出てきた。
『セイクリッド・グラビティ』
な、何だとおお。
かわうそが、かわうそが聖魔法を使うとは……。こいつ神官職には見えんが。
この聖魔法は十ランクある聖魔法スキルのうちの八ランク目のカテゴリーに含まれる。
これまで出会ったハンターに目を向けると、最高で五ランクまでだった。もっとも……アヤカはカンストまでスキルの熟練度をあげているけどな。
かわうその体を包む光はレッドデビルの全身を覆う。
聖なるって頭文字がついてるけど、あの魔法は結構えげつないんだよな。
セイクリッド・グラビティの抵抗に失敗すると、HPの半分を失う。
「勇者様!」
感激したようにゲオルグが呟いた。
「な、何だと!」
かわうそがセイクリッド・グラビティを使ったことより、レッドデビルの変化に驚愕する。
光が晴れたその時、レッドデビルはまるでダメージを受けた様子がなかった。
しかし、血のような赤色だったレッドデビルの毛色が純白になっているではないか。
『ホーリー・ピュリフィケーション』
かわうそは更に聖魔法を唱える。
これって浄化の効果を持っていたよな。浄化といっても、水や衣類を綺麗にするだけの効果だ。
ゲームでは完全なネタ魔法だったけど、異世界ではなかなか使える。そう、洗濯にな。
だが、レッドデビルが光の粒子に変わっていくじゃねえか!
「ふんもお」
その時、うしの呑気な鳴き声が。
うしが口を開くと、奴に光の粒子が吸い込まれていった。
訳が分からない……。なんだこれ。
かわうそとうしに関して、俺のゲーム知識とまるで異なる動きを見せている。
『カルマを四百五十獲得しました』
な……な、なんだと……。
モンスターを倒した。だから、経験値が入るのなら分かる。
だって俺はかわうそ達とパーティを組んでいたからな。嫌々だったけど……かわうその奴がうるさいからさ。
「惚れ惚れいたしました。勇者様、うし殿」
ゲオルグの心からの拍手に俺も相槌を打ちたくなってしまったよ。
『俺様にかかれば、レッドデビルなんて瞬殺うそ』
えらそうに胸をそらすかわうそへ今なら腹を立てずに許してやることができそうだ。
「おい、かわうそ」
『何うそ?』
「赤うし……いや、レッドデビルってやつはその辺に沢山いるのか?」
『うそうそ』
こいつに聞いた俺がバカだった。
気を取り直して、感涙にむせぶゲオルグへ目を向ける。
「ゲオルグさん、レッドデビルってどこにいるんですか?」
「奴らはどこにでもいます。部屋の角の影から浮き出るように……モンスターに取りつき実体化するのです。その姿はうしに似ますが、まるで別物です」
「悪魔ってわけですか。発生源があるんですかね?」
「おそらくは……魔王の仕業ではないかと。しかし、勇者様がいらせば悪魔など恐るるに足りません!」
「は、はあ……」
魔王か……ゲームの世界には魔王なんて奴はいなかった。
レッドデビルといい、異世界独自のモンスターはそれなりにいそうだよな。かわうそだってゲーム世界にはいなかった。
……うしはいたが……。
しかし、うしは家畜枠で決して勇者やら賢者やらそんなプレイヤーやNPCみたいな役目を持っていたわけじゃあない。
鶏とか羊と同じだし、「もおー」とは鳴くけど「ふんもお」なんて鳴かなかったんだよ。
「かわうそ。一つ取引がしたい」
『うそ?』
「目的は武器と防具だったよな? 欲しい物を言え」
『ゲオルグ用うそ。ゲオルグに聞くといいうそ』
「……お前の装備はないのかよ!」
『かわうそが武器や防具を持てるとでもうそ?』
「言われてみればそうだな。ポーションやらは必要だろ」
『うそうそ。ゲオルグに任せるうそ』
「分かった」
この後俺たちはリポップした階層ボス「トレント」を打倒し、帰還する。
◆◆◆
帰還した俺はかわうそらを連れてユウの店へ直行した。
ゲオルグの欲しい装備を聞いて、ユウに準備できるか尋ねると「問題ないよー」と返してくれる。
明日は予定通り、二十階から二十五階まで踏破することとしてこの日は解散となった。
できれば明日、もう一度レッドデビルに会えればいいんだけど……。
今度は何が起こっているのか確かめてやる。
――翌朝。
鈴木にも声をかけ、彼を俺の後ろへ潜ませたまま二十一階……二十二階と進むが、レッドデビルに出会うことはなかった。
相も変わらずノンビリしたうしの歩調に合わせているから、なかなか進まなくてヤキモキしてくる。しかし、こいつらがいなきゃ事の次第を確かめることはできないから、我慢だ。我慢。
結局レッドデビルに会えないまま、二十五階の階層ボス「ブラックスライム」の元まで到着してしまった。
ゲオルグがブラックスライムへ何度も斬りつけているけど、こいつは時間がかかりそうだ。ブラックスライムはとにかく硬くて体力も高いからなあ……。
獣耳パーティでもかなり手間取る相手だしさ。
俺? 俺は案内人の務めを果たしている。
つまり、ぼーっとゲオルグとブラックスライムを眺めているだけだ。
『長い。長すぎるぞ。駄熊』
頭の中に鈴木からのメッセージが届く。
『仕方ないだろ。ブラックスライムは固いんだから』
鈴木へ返信っと。
『駄熊が仕留めてしまえ。なあに、眠らせればいいのだろう?』
『それやったら案内人の意味なくね?』
『時間を節約すべきだ』
『飽きただけだろ?』
あ、鈴木からのメッセージが途絶えた。どうやら図星だったようだ。
確かに、超地味なんだよなあ。
ブラックスライムの攻撃は動きが遅すぎてゲオルグは軽々と回避する。
一方でゲオルグの剣は簡単にブラックスライムにヒットするときたものだ。
となるとだな。
単調な動きを繰り返すことになる。
「ふああ」
ついついあくびがでてしまった。
『奴が来るうそ』
「痛てえ。突然髪の毛を引っ張るんじゃねえ」
いつの間にか指定席になった俺の頭の上でかわうそが何やらさえずっている。
ん?
「奴って?」
『見れば分かるうそ』
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