第32話 勇者うそ
「ふもお」
図々しい鳴き声と共に姿を現したのは、白と黒のホルスタイン柄をしたうしだった。
比喩とかそんなんじゃなくて、牧場で見るあの牛と全く見た目が同じである。
ノンビリしたうしの歩みにレストランにいる全員が固まってしまった。
そらそうだ。まさかここでうしが出て来るなんて誰も想像できねえよ。
勇者ってうしなのか?
いやいやまさかそんなあ。
「きゅ、っきゅ。うそ」
ん、何やらうしとは違う鳴き声が聞こえたな。
うお、うしの背にかわうそが乗っかっているじゃねえか。
こっちも良く見るコメツキカワウソそのものだ。灰色に近い茶色の毛皮を持つペットショップでも最近人気のあいつ。
何だよ、もう意味不明だよ。
誰か説明してくれ!
「勇者様、長旅お疲れさまでした」
騎士が声をかけると、かわうそが「うそ」とだけ呟き鼻をヒクヒクと震わせる。
このカワウソ……喋るのか?
『あああ、ダリい。何で俺様がこんなクソ田舎に来なきゃならねえんだよ』
「ん、誰だ」
声のした方へ目を向けるが、つぶらな瞳で周囲に愛想を振りまいているかわうその姿しか見えん。
俺とかわうその目が合う。
すると奴はうしの背中から降りて、テクテクとこちらに向かってくるじゃあねえか。
「うそ」
くるりと首だけ騎士の方へ向けると、何を察したのか分からんが騎士様はどうぞと深々と礼を行う。
「な、何だよ」
『お前、俺様の言葉が分かるうそ?』
「やっぱり、かわうそだったのか!」
ビックリだよ。かわうそが喋ってるよ。しかもとんでもなく偉そうだ。
「ソウシ、『うそうそ』言ってどうしたの?」
スイが可哀そうな人を見る目で可愛らしいため息をつく。
「え? このかわうそが喋ったんだよ」
「そう……」
え、何この空気。
スイだけじゃなくユウまで生暖かい目をしているじゃねえか。
鈴木? 奴はいつも通り自分に酔っているだけだ。
不穏なモノを感じた俺はかわうその尻尾を掴んで二階へ登る。
客室のベッドへかわうそを放り投げ一息ついた。
『何するうそ! この俺様を何だと心得るうそ?』
「かわうそだろ」
『その通りうそ。敬うがよいうそ』
「……で、ここに何をしに来たんだ?」
『ここには良い素材があると言うから連れて来られたうそ』
「へえ……頑張れよ」
さあ、一階に戻ろっか。
『待つうそ』
「ん?」
『俺様についてくるうそ。俺様と喋ることができるのはここにいる中だとお前と「うし」だけうそ』
「うしも喋るの?」
『ふもおって喋るうそ』
「そ、そっか。でも俺も仕事があるんだよね。迷宮案内人っていうさ」
そう言うなり、しまったと思うがもう遅かった。
ふてぶてしいかわうそが俺の肩に乗っかり我が物顔で立ち上がって俺の髪の毛を右脚で掴む。
『金ならあるうそ。迷宮案内を依頼するうそ!』
「え、えええ……髪の毛引っ張ったら痛い」
『人間の癖に細かいうそ。そんなんじゃモテないうそ』
「悪かったな……モテなくて……」
『俺様はモテモテうそ。もう毎日とっかえひっかえ』
「嘘つくな。うしと騎士の人しかいなかったじゃねえか」
『こ、故郷の話うそ』
「嘘?」
『うそうそ』
嘘なのか語尾なのか分からねえ。まあいいや。
かわうその首根っこを掴んで、ベッドに放り投げる。
しかし奴は一回転してベッドに着地すると、華麗にジャンプして俺の肩……ではなく頭の上に着地した。
「こら、爪をたてるな!」
『今晩は宿に泊まるうそ。明日から頼むうそ』
「え、えええ」
『下へ降りるうそ』
依頼を受けるなんて一言も言ってないよな。
そもそも明日はミーニャ達から依頼を受けてるんだしさ。
「待て、かわうそ」
『何うそ?』
「明日は依頼が入っている」
『なら明後日からうそ。明日は武器と防具を見ておくうそ』
「毛皮……」
『うそ?』
こいつの毛皮を取ったら防具になるんじゃねえの?
と思ったが、煩そうだから言わないでおいてやる。
明後日は依頼が入ってなかったな……仕方ない、依頼を受けないとずっとまとわりつかれそうだから、とっととかわうその目的を達成してお帰りいただくとするか。
『明後日の朝からでいいうそ?』
「分かった。分かった。明後日な」
『分かればいいうそ』
尊大に胸をそらすかわうそである。
なんでこうも俺のところには変な奴ばっか来るんだよ……。
憤りつつ頭にかわうそを乗せたまま下へ降りる。
◆◆◆
下に行くと何やらユウと騎士様が何か話をしているな。
ユウが困ったように眉尻をさげている。
「どうした?」
「ソウシくんー。ちょっと変わってえー」
ユウに無理やり手を開かされ、両手でタッチされた。いやん、柔らかなお手ての感触が。
『こら、人間。いちいち発情するなうそ』
「発情してねえわ。お前らと違うんだよ!」
頭の上のかわうそがいちいちうるせえ。
「勇者様。その人間が気に入ったのですね」
騎士様がかわうそへ向け片膝を立て感極まった様子だ。
「あ、あの。騎士さん、何があったんですか?」
「これは失礼した。私はゲオルグ・フォーフハイマーと申します。以後お見知りおきを」
優雅な礼をされ背中がむず痒くなる。
曖昧な笑みを浮かべ、ゲオルグへ軽く頭を下げた。
「俺はソウシです。初めまして」
「ソウシ殿。今晩ここへ泊めて頂こうと、そこの麗しきフロイラインへお聞きしたところ……」
「フロイライン……」
あのぽやああんとしたユウにフロイライン(お嬢様)とか、吹き出しそうになったがぐっとこらえる。
俺の内心をよそにゲオルグの言葉が続く。
「宿泊が難しいとおっしゃられるのです」
「えっとゲオルグさんが宿泊されるのですよね?」
「私は野宿でも構わないのですが、勇者様とうし様がお泊りできないと……」
「かわうそはともかく、うしは無理ですよ!」
「な、なんというおいたわしい……」
ガクリと膝をつくゲオルグ。
マジか、マジでやってんのか。もう俺、突っ込むのに疲れてきたよ。
「うしだと床が抜けちゃうかもしれないんで、外の厩舎で頼みます」
「ソウシくんー。厩舎なんてあったっけー?」
「い、今から突貫工事をしようか……」
ハンター達がいる手前、トランスできないから少し手間だけどアヤカ以外の三人に手伝ってもらえばすぐできるさ。
「うんー。そうしようー。スイちゃんとレンくんもいいかなー?」
「仕方ない」
「分かったわ。いずれ作ろうと思っていたし、やっちゃいましょう」
ユウの呼びかけに鈴木とスイが賛成してくれた。
「ゲオルグさん、厩舎でもよいですか?」
「かたじけない。感謝いたします」
だ、だからあ。
平服しないでくれますか……。
ゲオルグは栗色の髪をした涼やかな顔をしたイケメンだ。歳の頃は三十歳過ぎくらいで、長身痩躯の鎧が似合う人である。
固い口調も相まってどこか高貴さを漂わせる彼に恭しい態度をされるとこちらが困ってしまう。
「かわうそ、うしと一緒に待っててくれ」
『おもしろそうだから俺様も行くうそ』
「どっちでもいいや。邪魔するなよ」
『分かったうそ』
かわうそも一緒に俺たちは宿の外に出る。
ついでにうしが店内にいると他のお客様の迷惑となるので外に出てもらった。
迷惑というか、うしが店内にいるとこいつを捌くのかとか思われてしまうってのが大きい。
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