第22話 お子様のお手伝い

「病気なのか呪いなのか……話だけだと全く分からないわね」


 スイが形のいい顎へ指先を当て考え込む。

 直接俺たちが彼の母であるバタフライフェアリーの元へ赴いてもいいんだけど、俺には道先案内人という仕事があるのだ。

 彼女はどうなんだろう? なんとしてでもこの子の母を助けたいと思っているんだろうか。

 

「俺たちはここにいるから、祈りを捧げて来なよ」


 子供を外へ促し、スイへ目配せをする。


「ここまで来たんだったら、場所は分かるわよね? 私達はあなたをちゃんと待っているから、ね」


 スイの言う通り、一階層の入り口からすぐ北側に広場があって、そこの中央にえむりん像がある。えむりん像から真っ直ぐ北に冒険者の宿「ヘブンズドア」があるんだ。

 なので、見て見ぬフリをしようにも必ずえむりん像へ気が付く。

 

「うん、もう一度、お母さんが元気になるように願ってくる!」


 子供が出て行くのを目で追う。

 彼の姿が見えなくなってから、スイへ目を向けた。


「スイ、どうする?」

「このまま帰しちゃうのも可哀そうよね。あんだけ泥だらけになってここまで来たんだもの」

「つっても、アイテムをいきなり渡したり、アヤカの魔法で治療するのは無しだと思ってる」

「そうね。それだとカルマが入らないばかりか、第二第三のあの子みたいな子を引き受けることになるわ」


 ひっきりなしに無償の助けを求める者に来られたら身動きできなくなる。

 後続に対し無碍に断ったりすると、今度は恨まれることになるからなあ。こういうのは舵取りが難しい。


「一つ確認だけど、アイテム譲渡や回復魔法でどーんだとカルマは上がらないんだっけ?」

「回復魔法だと状況によるけど、スキルで直接何とかするのは上がったとしてもごくわずかよ」

「だよなあ」


 ならなおさら、安易な供与は無しだ。

 

「ただいま! ソウシ、僕、ソウシに依頼したいんだ」


 戻るなり子供はそんなことをのたまった。

 

「依頼? それって道先案内か?」

「うん! お母さんの病状が良くなるように大迷宮の中へ行きたいんだ!」

「それは……」

「いいんじゃない。それなら私も行くわ」

「ちょ、スイ」


 思ってもみないことを提案したスイへ顔を向ける。

 すると彼女は俺の耳を細い指先でぐいっと引っ張り、耳元で囁く。

 

「このやり方ならきっとカルマは入るわ。足腰の悪い人の荷物持ちと同じよ」

「……なるほど」


 頷いてみたものの、何でこのやり方ならカルマが稼げるのか全く分からない。でも、スイが確信しているならそれでいいさ。

 失敗しても特に後悔はない。

 

 スイが子供の頭へ手をやりニコリと微笑む。


「私達が大迷宮でやったことを他言しないと約束できる? 私達はあくまで荷物持ちと案内をやるだけ。いいかしら?」


 スイは暗に自分と俺が彼の代わりに戦うことを示唆する。

 分かっているのか分かってないのか不明だけど、彼はすぐさまこぼれんばかりの笑顔を見せた。


「うん! ソウシ、受けてくれるの?」

「分かった。やってやるぜ」


 子供に向け力強く頷きを返す。

 

「行く前に、まず君の名前を教えてくれないか」

「ごめん、すっかり忘れてたよ。僕はハル。よろしく!」


 名前でも男女の区別ができねえ。

 ま、少女であったとしても俺の欲望対象外だ。どっちでも構わないって気持ちに変化はないぜ。

 

 ◆◆◆

 

 てなわけで、大迷宮の二階層にやってまいりました。

 ハルも戦う気なのか、時折ナイフを抜き放ち前方へ睨みを利かせている。

 一度パーティを組んで彼のレベルを確かめてみたけど、彼のレベルは五だった。

 子供ながらにレベル一じゃないことに驚いたが、三階層より下になると危険だな……。

 

 さてさてどうしたものか。

 二階層だけで手に入るアイテムって……低級ポーションくらいだよなあ。

 

「ハル。三階のクリーピングバインをやるわ。あなたは後ろで自分の身を護ることに集中してもらえるかしら?」


 グリーンスライムを踵落としで潰したスイが、ハルへ言葉をかける。


「で、でも。姉ちゃん」

「大丈夫。私とソウシのレベルを見たでしょ?」

「う、うん。だけど、二人に頼んだのは僕だし」


 健気な態度を見せるハルへスイが慈母のように微笑み、彼の頭を優しく撫でた。


「三階のミニボスはまだあなたには早い。でも、あなたのお母さんを治さないとだから、あなたが修行をしている時間はない。気持ちは分かるけど、我慢してね?」

「う、うん……ありがとう、ソウシ、スイ姉ちゃん」


 鼻をさすり涙目であったが、ハルはしっかりと俺とスイと目を合わせ、ペコリとお辞儀をする。

 いい子だ。いい親に大事に育てられたんだろうなあ。

 

「スイ、クリーピングバインって……」

「ハイポーションの材料になるわ」

「で、でもそれじゃあ……」

「この後のお楽しみよ」


 スイは可愛らしくウインクして、俺の背中を押す。

 早く三階層のミニボスエリアまで案内しろってことだ。

 ハイポーションって、中級ポーションの一種だけどHPを回復させる効果しかないんだけど……。ま、いいか。彼女に考えがあるのなら。

 

 ◆◆◆

 

「この先だ。じゃあ、行くぞ」


 三階層のミニボス「クリーピングバイン」のいる小部屋の前で二人へ言葉を投げかける。

 

「ええ」

「うん」


 俺が先頭で、真ん中にハルがいて後ろにスイという隊列で部屋の中に入った。

 中には高さ八メートル、横幅三メートルほどの巨大な蔦の塊が鎮座している。これがクリーピングバインだ。

 名前の通り、植物系のモンスターで攻撃力はそれほどでもないけど体力だけはバカ高い。

 倒すのに時間がかかるから、ハンター達には人気がないミニボスだな。

 

「ちょ、待て」


 緊張感からかハルが前に飛び出てしまった。

 焦って手を前にやるが、遅い。


「任せて」


 でも、スイがちゃんと目を光らせ追いかけてくれていた。

 ホッと胸を撫でおろすが、長い蔦がハルに迫る!

 

「危ない!」


 叫ぶことしかできなかった。

 しかし、スイが追いついて彼を抱きしめるようにして転がり、蔦から背を向ける。

 ――ヒュン。

 蔦は彼女らが逃げた方向へ向きを変えてスイの背中へ……。

 

 あれ、蔦の鞭で叩きつけるかと思いきや……スイの体に蔦が絡まってしまった。

 

「きゃ、きゃあああ」


 スルスルと更に二本の蔦が彼女に迫り、そのまま彼女を絡めとる。

 三本の蔦に引き上げられ、地面から浮き上がってしまうスイ。

 

「い、いま助ける」


 ハルを抱え上げ、扉の前に座らせ前を向く。

 あ、ああ。

 助けなくてもいいかなあ。

 

「絶景かな。まさか三階層にも桃源郷があったなんて」


 ありやたやーと両手を合わせ、なむなむと祈りを捧げる。


「ちょ、ちょっと、見てないで助けなさいよ!」

「なむなむー」

「ん、んんっ。だ、ダメ……そこは……」

「うほ」


 素晴らしい。素晴らしいぞ。クリーピングバイン。


「こ、この。いい加減にしなさい。ん、んんっ」


 スイの口からくぐもった声が漏れる。

 そろそろ助けるかあ。そうしないと後で酷い目にあるからな。

 でもさ、クリーピングバイン程度だったら彼女ならあっさりと力で振りほどけると思うんだけどな。

 動揺してその発想がない?

 俺の予感は的中する。

 

「喰らいなさい! ファイアストーム!」


 上級攻撃魔法を容赦なく放つスイ。

 哀れ炎に巻かれたクリーピングバインはあっさりと灰と化したのだった。

 

 あれ、俺たちの設定であるレベル六十の破壊力じゃないってば……。

 それだけスイは大混乱してたってわけだな。うん。

 さあ、終わり終わりとばかりにハルの座っている入口へと踵を返す俺。

 

「ソウシ……」


 後ろから肩をポンと叩かれた。

 体の芯から冷えるような声と共に。

 

 ギギギギと首を後ろに……。

 

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