第12話 ヘブンズドア

『ヘブンズドア

 ・変身形態の変更

 ・十八歳まで若返り

 ・帰還』

 

 お、おお。

 ゲームと異なり、メニューが二つ追加されている。

 選ぶのはただ一つ。

 帰還を選ぶとコマンドが切り替わる。

 

『カルマが不足しています。

 パーティ人数 五名

 必要カルマ 百万』

 

「ちょ、ま、待って……」


 思わず頭を抱える。

 カルマが必要だとおお。盲点だった。まさかカルマとは。

 

「まさかこう来るとは思っていなかったわ……」


 スイもげんなりした顔でペタンとその場で座り込んでしまった。


「ただの遊び要素だったカルマなんて溜めているわけねえだろお!」

「お金なら一千万でも一億でも大丈夫なんだけど……」

「お金でカルマは買えないからな」


 どうするか。カルマの稼ぎ方を知らないわけじゃない。だけど、効率よく大量に稼ぐ手段がすぐに思いつかないな。

 俺たちの中で一番カルマを稼いでいるユウでもたったの五千。百万とは桁が違い過ぎるんだ。

 鈴木に至ってはたったの三だぞ。アヤカも五だし……。

 ゲームを進めるにあたって全く関係ない要素だからカルマをあげていなくて当然だけど、あの二人はカルマの稼ぎ方さえ知らないんじゃないだろうか?


「スイ、一つ聞きたい」

「カルマの上げ方よね? ウィキと同じようなことしか把握していないわよ」

「俺もそんな感じだけど、確認の意味でみんなにも聞いてもらいたいかなと思ってね」

「わかったわ」


 スイが背伸びをして可愛らしく両手を振り、アヤカ、ユウ、鈴木の三人を扉の前まで呼ぶ。

 

「はあい、みんな注目! スイ先生のカルマ講座始まるよ!」


 楽し気に告げたんだけど、三人は首を捻っている。

 

「先に扉へ触れて、『帰還』を選んでみて欲しい」


 扉に触れると少し目を見開く三人だったが、帰還を選んでウィンドウを見たのだろう……アヤカとユウの顔が曇る。

 鈴木は相変わらず変な顔をしたままだ。

 

「カルマときたのかー。どうしたもんかね、ソウシくんー」

「お、俺に言われても……」


 ユウよ。ぐでえっとしなだれられても困るってば……。どこから取り出したのか「よよよ」っと扇子を頬に当てているし。

 芸が細かい。

 

「では、理解したところで改めて。スイ先生、お願いします」

「仕方ないわね」


 と言いつつ顔が悪い気はしないのかやけるスイなのであった。

 察したのかキッと睨まれたので、慌てて「俺、何も、知らない」とたどたどしく首を振って誤魔化す。

 

「カルマは善行を行うことで増えるわ。でも、お金をばら撒くことで感謝されるといった施しはダメなのね」

「うんうん」

「一言で言うと、人から感謝されること」

「おばあさんの荷物を持ったりとかだよな?」

「あなたが横断歩道でおばあさんの荷物を持ったことは分かったわ」

「え、なんでバレた」


 スイの奴、実は名探偵なのかもしれねえな。


「あ、そういえば。えむりんにバナナを渡したらカルマが増えたよー」

「え?」

 

 ぽやあと顎に人差し指を当てて呟くユウへ思わず聞き返してしまう。

 物をあげてもカルマは上がらないはずなんだけど……。

 

「えっと、『カルマを五獲得しました』って出たよ」

「えむりんだけの特別サービスなのかもな」

「いまはお腹いっぱいみたいだから、明日またバナナをえむりんに渡してみるねー」

「分かった」


 獲得値は少ないけど、確実に得ることができるポイントは大きい。


「カルマの効率的な稼ぎ方は……残念だけど無いわ」


 スイはそう言って締めくくる。

 そうなんだ。人から感謝されることという「たまたま」起こることだから、安定してカルマを上げていくことは難しい。

 一番カルマの上昇値が高いのは、命の危機にある人を救い出すこと。

 モンスターに襲われてあわやって人を横からさっそうと「くまああ!」と行けば……カルマゲットだ。

 しっかし、鈴木にストーキングしてもらうにしてもピンチの人を探すってなかなかタフだぞ。

 それなら、ハンターのパーティに入れてもらって危機に陥るのを待ち構える方がまだ効率がいい。

 

「厄介だな。カルマって」

「そうね。強い人ほどピンチにならないけど、助け出した時のカルマは大きくなるわね」

「ん、んー」

「ソウシ、名案が浮かんだぞ」


 悩んでいたところに鈴木が口を挟む。

 極々稀に彼も妙案を出すことがあるから、最初から否定せずに聞いてみるとするか。

 

「おう、どんな案なんだ?」

「いいか。駄熊が山賊をやるんだ」

「あ、うん」

「そして、危機に陥った旅人を我がさっそうと救う」

「いい案なんだけど、完全なる自作自演だとおそらくカルマが入らない」


 ん、待てよ。

 悪くない。ただ、俺たちだけで自作自演をしたらダメだ。間にモンスターを挟んだら成立するんじゃないか?

 

「思いついたぞ。こういうのはどうだ?」


 身振り手振りを交えて、みんなに説明していく。

 俺たちが持つ強力なスキルを使って、大迷宮をハンターにとって魅力的な場所にするんだ。

 沢山のハンターを大迷宮に呼び込むことができれば、彼らを陰ながら監視するだけでモンスターとの戦闘で敗れそうになった彼らを救い出すことができる。

 

「悪くないわね。でも、大迷宮でやらなくてもいいんじゃない?」


 スイがポンと手を打つが、暗にもっと階層が少ないダンジョンでもいいのでは? と示す。


「大迷宮じゃなくてもいいんだけど、大迷宮でやると二つのメリットがある」

「待って。考えたいから」


 うんうんと小首をかしげるスイのうなじをじーっと見ていたら、ちょんちょんと誰かに背中を突かれた。

 振り向くとにへえっとユウが笑顔を見せているじゃあないか。

 

「ん?」


 内心の動揺を抑え、ユウと目を合わす。

 

「ソウシくんも男の子なんだねー」

「え、ええと。ちょ、ちょっと、からかわないでくれます!」

「すごい視線が動くんだねーわかりやすーい」


 く、くうう。谷間や、谷間が見えよったで。

 そんなんされたら、嫌がおうにでも視線が動くだろうに。

 

「わかったわ!」

「お、おう」


 これ幸いにスイへ目を向ける。

 

「一つ目。大迷宮は街から近いこと」

「正解!」

「二つ目。低階層は超初心者でも冒険可能で、レベルに応じた階層があること」

「おお、正解だ!」

「さすが私!」

「おう」


 珍しく感情を露わにしてはしゃぐスイとハイタッチをした。


「んー。だったら、街の近くにある初心者向けダンジョンでもいいんじゃないのかなー」

「それだと普段からハンターがちょくちょくと訪れているのがよくないんだよ」


 ザ・ワンは一階層が広すぎるため、街から近いにも関わらず閑散としている。

 それが俺たちにとって都合がいいんだ。 


「ユウ。一つ思い出して欲しい。俺と鈴木が以前掴んできた宝箱の情報を」

「ほう。我がか」


 名前を出すんじゃなかった。変に絡まれると話がややこしくなるじゃねえか。

 にじりよる鈴木の顔をぞんざいに押しのけ、言葉を続ける。

 

「ゲームと異なり、この世界のハンターはめったに宝箱へありつけることがない」


 異世界では自然に宝箱が湧き出てくることはない。

 つまり、誰かが一度訪れて宝箱を取得してしまうと、宝箱は無くなってしまう。

 だから、未踏の地から帰還した極一部のハンターだけ宝箱にお目にかかることができるんだ。


「んー。わかったー。わたしたちで宝箱を作っちゃおうってことだね!」


 ユウがぽんぽんと俺の肩を叩く。そこは自分の手と手を打つところだけど……それはまあいい。


「そういうこと! ザ・ワンは殆ど知られていないみたいだからさ、宝箱が涌く大迷宮としてアピールできると思ってさ」

「すごーい! 宝箱を求めてハンターさんたちが集まってくるってことよね!」

「うまくいけば……だけど。うお」


 ユウさん、喜ぶのはいいんだけど……抱き着かれると、そ、その。ぽよーんと。

 ぐ、ぐお。凍り付くような視線を感じる。

 ギギギっと顔を横に向けると、スイがいい笑顔でこちらを見ていた。

 目が笑っていないがな。

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