第34話 店の開業イベントで、愛する妻と女性客を泣かせた感動の演出
4月の第一月曜日、子育てカフェのグランドオープン日である。
10時から始まる子育てカフェのグランドオープンのイベントには、開業へ支援を頂いた関係者と常連客になってほしい方々を招待している。
また、サプライズの特別ゲストを招待していて、特別ゲストは10時15分に店前に来て頂き、お呼びするまで店前で少し待って頂く段取りになっている。だから、今日の天気が快晴であることに私は安堵している。
豊洲にあるタワーマンション22階の自宅から、子育てカフェへ歩いて向かう途中にある公園の桜は満開を迎えていた。桜を眺めながら歩くと、高揚していた私の気持ちは少し和む。
子育てカフェに9時半前に着くと、入店開始は9時45分なのだが、もう店前には30人を超えるマスコミの行列ができている。マスコミには、子育てカフェのグランドオープンのイベントは何時やるのか、と質問してきた社にのみ「4月の第一月曜日10時から招待客のみで行います。狭い店なので招待客以外のマスコミ等には先着10人の客席が残る」とだけ答え、招待はしていない。理由は、子育てカフェと代表の私は、もうマスコミから十分すぎるほど注目されているから。お世話になった関係者および常連客という大切な方々を、おもてなししたいからである。
私が店前に到着すると、香織さんがマスコミらしき大勢の人たちに取り囲まれていた。香織さんは私を見つけると「代表、お待ちしていました。マスコミさんが大勢きています。私、いろいろ言われて、どうしたらいいか困っていました」と私へ助けを求める。
「香織さん、ご迷惑おかけして、ごめんなさい。さあ、店の中に入って準備に戻ってください。由美は私より30分は早く家を出たから、もう来て準備をしていますよね。洋子さんと、今日はシフト勤務ではない3人は来ていますか?」
香織さんは「私を入れて6人全員、もう来ています。この場は代表にお任せして、私は準備に戻ります」と言い、店の中へ戻る。
マスコミの或る男性が「山口さん、マスコミはもう30人以上は来ていますよ。マスコミには先着10人の席しか用意しないなんて、どうしてくれるんですか?」と私へ詰め寄る。
私は、ヤッホー・トピックスに代表の私が約1週間前に掲載された反響が、まだ続いていることに驚きつつ、次のように答えた。
「どうもしません。事前に質問してきたマスコミの方々に、お伝えしたように、グランドオープンのイベントは招待客のみで行います。狭い店なので招待客以外のマスコミ等には先着10人の客席が残る。つまり、何か注文してくれる普通の、お客様として先着10人の席が残る、ということです。入店開始は本当なら9時45分で未だ早いですが、顧客サービスの一環として、先着順にお客様としてご入店して頂ける方を今から店中へご案内します」
マスコミの或る年配の男性が、いかにも不満そうな表情で
「マスコミから、金を取るのか?」と言う。
「金を取るのかって、言葉遣いと常識は、すごく問題ありますよ。逆に質問しますが、金を払わないのに、消費しないのに、飲食店に入店する気ですか?
ふらっと誰でも入店できて、入店した後に、消費するか否かを決めて良いのは物販店だけです。飲食店は入店する時点で、消費をすると決めて、入店後に可能な裁量は何を注文するかだけです。今の私には、こんな当たり前な議論をしている余裕はありません。もうすぐグランドオープンのイベントが始まります。代表の私は早く入店して、準備すべきことが山ほど控えています。さあ早く、お客様としてご入店して頂ける方お並びください」と私は答える。
マスコミから金を取る気か、と暴言を吐いた男性は
「もう二度と、おまえらのことは記事に書いてやらないからな」と、捨て台詞を残して店前から去っていく。
嫌われる勇気を持つ今の私は、このような暴言や捨て台詞に何ら動揺しない。
30人以上も集まったマスコミは過半が、暴言を吐いた同業者に、同調したのか、恥ずかしくなったのか、店前からいなくなる。
店前に残ったマスコミは丁度10人。店前から去った理由は、マスコミ特有の同調もあるだろうが、先着10人に入れていない者は、もめ事を避けたのかもしれない。私は残った10人のマスコミと共に店中へ入る。
香織さんには再び、来客のエスコート担当として店前に戻ってもらう。その後、続々と招待客が訪れ、いよいよ10時にグランドオープンのイベントが始まる。
まず、代表の私が予定通り15分間のスピーチを行う。
次に、今日の月曜日に店長を担う由美が、6人のママ友経営者の代表としてスピーチを行う。私は長男の健と次男の康を連れて、店前へ行く。サプライズの特別ゲストを招待していて、10時15分に店前へ到着するようにお願いしていて、特別ゲストを迎えにいくためだ。店前へ行くと、特別ゲストは既に到着してくれていて、香織さんと談笑していた。特別ゲストの2人は、健と康の姿を見て、口元がほころぶ。
健と特別ゲストの男性には、用意していた花束をもたせる。特別ゲストの女性は康を抱きかかえる。この4人をイベント会場入口の手前に誘導する。特別ゲストの2人には、私が「花束贈呈役として、サプライズの特別ゲストを招待しています。皆さん、拍手でお迎えください」と言って、拍手が起きたら会場へ入る段取りの念を押した。準備は整った。
由美のスピーチは10分強の予定で、10時半には終わる。私は10時25分にスピーチを続ける由美の横へ戻る。2分後、由美のスピーチが終わる。招待客から拍手が鳴りやむと、私は会場で次のように話し始める。
「それでは、6人のママ友経営者へお祝いの花束を贈呈する儀式を始めます。
この儀式は今日から土曜日まで6日間続けて行います。理由は、さきほど私のスピーチで話したように、子育てカフェは6人のママ友経営者が月曜日から土曜日まで1日ずつ日替わりで店長を担う働き方を採用しています。だから、本日は月曜日の店長である山口由美さんへの花束贈呈となります。花束贈呈役として、サプライズの特別ゲストを招待しています。皆さん、拍手でお迎えください」
拍手が起きると、まず、特別ゲストの男性が左手に花束を抱え、右手で大きな花束を抱える健をエスコートしながら入場。続いて、特別ゲストの女性が康を抱きかかえて入場する。
入場する4人を見た由美は、目を大きく見開いて「お父さん、お母さん、どうして? 今日は大切な用事があるって言ったから、来ないと思ってのに、どうして?」と叫ぶ。
義父と義母は由美の問いには答えず、健に花束を由美へ渡すように促す。
健は「ママ、おめでとう。かっこういいよ」と言い、花束を由美へ渡す。会場から拍手が起き「健くんも、かっこういいよ」という掛け声がとぶ。
涙もろい由美の目が潤み始める。続いて、義父が由美へ花束を贈呈する出番である。
「由美、今日は大切な用事があって、母さんとここに来た。由美、おめでとう。すばらしい仲間に支えられて念願の店を開業できて、こんなに多くの人に祝福してもらえる由美を見て、父さん、すごく嬉しいぞ」
義父は、涙をぼろぼろこぼす由美の肩を右手で抱きながら、左手で花束を由美へ渡す。私は、会場の拍手が鳴りやむのを確認して、会場の皆へ次のように語りかけた。
「ここで、月曜日の店長である山口由美さんのご両親から、子育てカフェ開業にあたり、お祝いのスピーチを頂きたいと存じます。お義父さんから、お願いします」
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