第19話 地域の問題を解決する社会起業、まちづくりへNPO設立

 空き家を見学した後の10月の下旬は、子育てカフェの開業へ向けて、申請と契約が4つも重なり、会社の仕事が手につかないほど慌ただしい日が続いた。4つとは、東京都へ、創業助成の申請。江東区へ、江東区まちづくり助成の申請。江東区と住宅の空き家物件の賃貸契約。この3つの申請・契約の相手は全て役所であり、役所との申請・契約を行う法人として、NPO法人の設立である。

  

 NPOの名称は「NPO法人子育て豊洲まちづくり」に決めた。最初に実践する事業は、子育てカフェに絞る。しかし、将来的には豊洲という地域の問題を解決する「まちづくり」に貢献する社会起業も行いたいという希望を秘めた名称にした。


 3つの申請・契約の目的は、江東区職員と知り合う前の当初は、経営収益の改善という、お金の魅力だけだった。経営収益の改善は大きく2つに分けることができる。収入という、入ってくる金を増やすこと。支出という、出ていく金を減らすこと。2つの助成金はタダで貰えるので、収入が増える。住宅の空き家物件の賃貸契約は、貸し店舗を借りることに比べると、大幅に支出を減らすことができる。私には、このような金の魅力しか見えなかった。子育てカフェの経営収益を改善するという私益しか眼中になかったからである。


 しかし、江東区職員と知り合って以降は、子育てカフェの開業・経営は、地域の問題を解決する社会起業であり、まちづくりである、と江東区職員から何度も称賛・共感された。これは私にとって、大きな発見である。


 自分の店の私益だけを追求した方が、店の経営収益は良くなると以前は考えていた。しかし、このように私益だけを考える店に、お客さまは共感してくれないし、魅力を感じてくれない。だから、経営収益は上がりにくい。こうして多くの店は、経営に失敗する。


 一方、私も当初は自分の店の私益しか見えなかったが、子育てカフェという店を開業する前に幸運にも、まちづくりや社会起業という公益が見えるようになった。そんな今、私は子育てカフェという店の開業に自信を深めている。


 経営収益の改善策として開業前の最後に、角紅へネーミングライツのスポンサーになってもらう提案が残っている。自分の所属する会社への提案が最後に残ったのは、私にとって幸運である。なぜなら、江東区職員と知り合う前のように、自分の店の私益だけを追求する提案をすれば、角紅の役員クラスから私は、経営者失格の烙印を押されてしまうからだ。


 角紅へネーミングライツのスポンサーになってもらう提案の方法として、ボトムアップではなく、12月に行われる社内ビジネスプランコンテストを選ぶことにした。

 ボトムアップとは、役職の低い上司から一段階ずつ上へ一人ずつ説明して承認を得る方法である。鳥のオウムのように、同じ説明を何度も繰り返すボトムアップの弊害は多い。

 まず、生産性が低い。日本の生産性が低い原因の一つとも言われる。

 次に、素晴らしい企画が上層部へ辿り着く前の過程で、つぶされることが多い。


 社内ビジネスプランコンテストは、ボトムアップのこのような弊害を回避する狙いがある。コンテストの審査員は社長をはじめ役員が担う。部課長はスルーして、いきなり社長へビジネスプランという企画を提案できる。

 角紅の社内ビジネスプランコンテストは、20%ルール実践の義務化、という制度の一環でもある。コンテストで優秀賞に選ばれると、会社の新規事業として認められて、経営に専念する時間と、数百万円の予算が配分される。


 私の狙いは、まさにこの2つである。20%ルールの範囲内では、経営に使える時間は勤務時間の20%に限られる。しかし、優秀賞に選ばれると、50%以上あるいは100%に増えるかもしれない。予算というお金の場合に至っては、20%ルールの範囲内では、お金は配分されない。しかし、優秀賞に選ばれると、数百万円の予算が配分される。その予算として私は、子育てカフェのネーミングライツとして5年で300万円を考えている。この案は、子育てカフェを経営する6人のママ友たちから期待されているので、なんとしても優秀賞を取りたい。


 社内ビジネスプランコンテストで優秀賞をとれるか、時間と予算を獲得できるか、という総論の鍵は、大手総合商社5位の角紅にとって、子育てカフェが提供できる「地域の問題を解決する社会起業による、まちづくりへの貢献」という価値を示すことにあると、私は考える。


 この価値は、海外で大きなビジネスを手掛ける大手総合商社には一見、無縁と思われやすい。しかし、大手総合商社は「ラーメンからロケットまで」と揶揄されるように、なんでも扱う。

 私は大手総合商社の角紅で、マンション開発の仕事をしている。マンションを開発するとき、地域から開発への反対運動が起きることが多い。反対運動が無い場合でも、マンションを開発した後に、地域内で軋轢が生じることも少なくない。特に、子育て世代に住んでもらいたいファミリータイプの大型マンションを開発すると、近隣に保育園など子育て施設も併せて建設されるので、反対や軋轢が起きやすい。子育て施設は、子育て世代にとっては絶対に必要な施設と位置付けられるが、高齢者にとっては静けさを最も求めるがゆえに、子供の声が煩い迷惑施設という位置づけになってしまう。


 このような背景から、角紅の今後マンション開発にとって、子育てカフェが提供できる「地域の問題を解決する社会起業による、まちづくりへの貢献」という価値は大きい。

 子育てカフェが、豊洲という地域で成功できれば、その成功ノウハウを今後にマンションを開発する地域へ展開していくことができる。つまり、私たちの子育てカフェ1号店の成功ノウハウを継承するフランチャイズ店のような2号店、3号店として増やしていける。

 フランチャイズ展開する場合、フランチャイズの名称やブランドは通常、1号店の名称やブランドを継承する。だから、私たちの子育てカフェ1号店のブランドに相当するネーミングライツを取得しておかないと、角紅は将来的に損する、という総論を角紅へ提案しようと決めた。

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