第2話
一応クラスが団結し、動き始めた展望台作成は早くも壁にぶち当たる。学校全体の椅子だけでは標高四千メートルまで積めないのだ。浅岡が追加の椅子を発注しようと当校の椅子を製造している会社に連絡するも、クラスに割り当てられた予算では到底足りない。クラス一同これは困ったと唸り、何かいい案は無いかと互いに顔を見合わす。教室の椅子ではなく、パイプ椅子ではどうかという案も出たが、物理の先生に相談したところ、パイプ椅子では積む際に安定感に欠けるということで没となった。
考えることに限界が来たのか、できる範囲の高さにしようということで標高千メートルはどうだという話になった。標高千メートルなら校内にある椅子で事足りる。みんながそうしようという流れになった時、峯野は父から見せてもらったギアナ高地の写真を思い出した。
「みんな、ギアナ高地の景色見たことあるか?」
普段寡黙な峯野が急に何か話だしたことにポカンとしていたが、その峯野が話したこともあって、みんなは峯野を見つめ、話す内容を聞き洩らさないように耳を立てて聞いている。
急にみんなに注目され、恥ずかしくなり、言った事に後悔した。しかし、言ってしまったからには続けるしかない。
「俺は写真でしか見たことは無い。だけどその写真は凄く幻想的で雲の上には実は別世界があるんじゃないかって思えてくるんだ。俺は親父が見せようとした景色をこの目で見たい。実際はテーブルマウンテンじゃなくて椅子の上からだけど……。だけど、緯度経度は違くても、同じ高さからなら近い景色は見れるんじゃないかって。だから――」
峯野は歯と頬の間に溜まった唾を、ゴクリと飲み込む。家に飾ってある写真を思い出しながら、自分の話を真剣に聞いてくれているみんなに向かって普段からは想像できないくらい熱く語る。
「俺は諦めたくない。この前まで冷めてたやつが何言ってんだって思うかもしれない。俺だってなんでこんなに熱くなってるのか分からない。だけど、ふと、標高千メートルと四千メートルの景色を比べてみた時、千メートルの景色なら中学の時見たこと思い出したんだ。それから親父に見せてもらった写真が頭に浮かんできてそれで……。だから、みんなにお願いする。もうちょっとでいい、諦めないで何か方法が無いか考えてほしい。標高も四千じゃなく三千でいい。あのテーブルマウンテンも確かそのくらいだったはずだから。どうかお願いします」
峯野はまくし立てていったせいか、恥ずかしさのせいか、身体中が火照り、毛穴と言う毛穴から汗が噴き出し、学ランの下のシャツと肌が汗で張り付いているのが分かる。しかし、シャツが張り付いて気持ち悪いという気持ちより、言いたいことを言えてスカッとした気持ちの方が強い。
教室は峯野の熱い思いが熱を孕んで伝播していく。訪れる沈黙。しかし、それは直ぐに教室を抜けていく。誰かがたたき出した手の音によって。それは波となって教室全体に広がり、最後は共鳴する。みんな、峯野の熱い思いが届いたのだ。
「あてもなくここまで貯めていた貯金が生きるときが来たのかもしれない」
担任はそう言ってポケットから通帳を取り出し、浅岡に託す。
「暗唱番号はゼロナナイチイチだ」
記帳履歴を見ると、足りない椅子を買える金額は十分入っていた。
「先生でも――」
浅岡の口に人差し指を立てる担任。
「これもお前らのためだ。高校最後の文化祭、いいものにしろよ」
担任のこの一言によって、金銭問題は解決し、こうしてようやく生徒たちは展望台作成に取り掛かれるのだった。
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