4-13 敗走
ティア・エルシア・ウィットランドという少女は、自分の事を取り立てて優秀だと思った事は無かった。
彼女の前には、常に兄であるアーチライト・コルア・ウィットランドがいた。兄妹として常に彼と比べられ、あるいは自ら自分と兄を比べ続けてきたティアは、自分自身に劣等感すら抱いていたはずだった。
「私は、負けたのか……」
それでも、今まさに立ち上がる事すら出来ない現状は、ただ衝撃だった。
腕は動く。足にも力が入らないわけではない。思考は乱れ、時々飛びもするが、意識は保ち続ける事が出来ている。まだ動けるはずの身体、それでもティアが地面に突っ伏しているのは、精神的な要因によるものが大きい。
どこかで、自分はアンナよりも上だと思っていたのだろう。大陸式魔術等級では十二と判別され、十一のアンナを一つ上回る事に加え、ティアはアンナが身体の一部にしか適応できない変成術を全身に展開する事が出来る。それだけの理由で、内心では一対一で戦って負ける事は無いと思っていたのかもしれない。
アンナに敗北した事実よりも、むしろ、自分がそう思っていたという事実、そしてその見立ての甘さに、ティアは衝撃を受けていた。
「……いつまでも、こうしているわけにはいかないな」
軽く呟き、身体に力を入れる。意外なほど軽く持ち上がった胴体を、それほど労せず下半身が支える。
立ち上がる事は出来た。そして、その体勢を保つ事も。痛みや疲労感は全身を覆い続けているが、肉体的な損傷としてはその程度であり、立ち続けられない道理はない。
だが、立ち上がったティアは、そこでまた動きを止めてしまう。
何をすればいいのか、どこに行けばいいのか。目的を見失ったからこそティアは先程まで地に伏していたのであり、どうにか身体は起こせても、その根本の部分は変わらない。
「考えろ、か……」
どこかはぐらかすようだった、アンナとの会話を思い出す。結局、当初の目的であった決闘についての事はほとんど語られず、代わりにアンナは諭すように幾度もその言葉を口にしていた。今、これからの指針については、その言葉通りティアが考えるしかない。
「……ニグルに会いに行こう」
今から闘技場に向かったところで、今度こそアンナに行動不能にさせられるのが目に見えている。仮にそうならずとも、今の状態のティアに出来る事はほとんど無い。それならせめて、アンナから聞けなかった決闘の詳細だけでも知っておきたい。
目的を定めたところで、しかしティアの足は動けない。ニグルと連絡の付かない現状では、その居場所を推測する必要がある。
「どちらにしろ、同じか」
闘技場にいる可能性を考えたところで、そちらに向かう選択肢は最初から無いと切り捨てる。そうと決めてしまえば、そこからは騎士団本部に向かうだけだ。
「……レーニア?」
早足に歩き始めたティアは、その先の路地に無造作に転がっていた自身の愛剣を視界に収め、立ち止まる。戦闘手段としての短剣を奪っていったアンナが、ティアの主兵装である魔術剣をこの場に置き去るような事がありえるだろうか。想定の外の事態に戸惑いながらも、戦闘の最中にティアが手元から失って以降、魔術剣がそこにそのまま放置されていた事は揺るぎない事実だった。
剣をゆっくりと手に取り、試すように二度振ってから、腰の鞘に収める。剣を手にした事で、それでもティアの足の向く方向は変わる事はなかった。
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