骨董術者は依代に唄う

白瀬曜

Prologue;re

 地上に大きく描かれた魔法陣が歪む。その随所に設置された魔術結晶も、そしてその中心の亡骸も。つまりは、空間全体が歪んでいた。

 曰く、転生術。現存する魔術の中でも最高に近い難度を要する大魔術であり、倫理的な問題、もしくは単に術式のコストと実用性を天秤に掛けた結果、あるいはただその難度ゆえか、今この瞬間に至るまで公式にその成功例は残っていなかった。

 それほどまでの労力を払い、引き起こされる現象は死者の転生。それも複数ではなくただ一人のみ。無論、それが魔術的、宗教的、現実的に及ぼす影響は決して術式の難度に見劣りするものではないが、死者の霊魂を肉体に憑依させる術式の性質上、空間に歪みが生じるような力は発生しようはずもない。

 ゆえに、今この時、空間に生じた歪みに理由を見出そうとするなら、それは転生された人物に依るものという事になる。つい先刻までそこに存在しなかった強大な魔術師の現出が、世界を形作る五大元素に一時的な偏りを生じさせていたのだ、と。

 転生術の成功を裏付けるかのように、歪みの中心、祭壇に横たえられた躯にも目に見えて明らかな変化が生じ始める。

 首元まで伸びた髪、艶を失っていた金色は、脱色するというよりは塗り替えられるように鮮やかな白色に。緩やかに開かれた瞼の奥、元は緑色だった瞳は赤、紫、青、と緩やかに虹色の変色を繰り返す。

 まだ体に馴染んでいないのか、立ち上がる動作はどことなくぎこちなく、身を起こした事で明らかになった体躯は肉体の元の持ち主のそれより一回り以上小さい。

 だが、それら肉体的な脆弱性とすら言える点を差し引いても、祭壇の中心に立つ男の纏う風格はその場に並んだ高位の魔術師達をも圧倒していた。

「……なるほど。まぁ、こんなものだろう」

 上質な鈴の音を連想させる澄んだ声が男の口から零れた瞬間、その場にいた魔術師達の間に安堵と歓喜の波が訪れる。

 転生術は成功した。

 祭壇の中心に顕現したのは、魔術黎明期より現代まで並び立つ者の無いとされる等級十七の大魔術師、アルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクの、伝説に記された通りの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る