第10話 ジェイソンはあまりチェーンソーを使っていない

プロレスラーのような空中殺法を喰らった俺に追撃が迫る。

おかっぱゴマモンガラはそのまま馬乗りになって俺に臭い口を近づけてくる。美脚は暴れる俺の足をからめとって動けないように拘束する。


────────────────また俺は殺されるのか。この醜い化け物に。



ガチガチ、ガチガチと台風の下にも関わらずゴマモンガラたちの歯が鳴り響く。

不揃いで音程もリズムもあったものじゃあなかった。

だが俺にはそれがゴマモンガラから旧支配者人類に向けての歌にも聞こえた。

地球を侵略せんとする軍靴の行進曲マーチに。人類文明の崩壊の前奏曲プレリュードに。

そしてこれから滅びゆく人類に向けての鎮魂歌レクイエムに。


ガチガチ、カチカチ、カチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチカチガチ


表情筋のないはずのただ噛み千切るためにある口は醜くゆがみ、笑う。哂う。嗤う。

せわしなく動く視線は『人間』を嘲るように俺やミスドの店内をなめまわすように見つめる。

鰓呼吸しかしないはずの魚の口から血と唾液のにおいが混じった呼気が漏れる。

倒れた獲物を喰らいつくさんとバリケードを攻略していた個体すらこちらに向き直って焦点の定まらない瞳を向ける。


まるで発声器官のない魚類の口は雄弁に「我らこそがこの惑星ほしの霊長、支配者である。」と謳うように。

「我らこそが消費するばかりの人類に裁きを下すこの地球ほしの使徒だ」と名乗るように。




「────────────────舐めるな。」


傲慢極まる魚の戯言。どこまでも俺たちを舐め腐った態度と目つき。

気持ちの悪い模様は朱に染まって更に悪趣味な見た目をしてやがる。

そんな奴らに、五郎は殺されたのか。


「────────────────人類俺たちを舐めるな。」


こいつらのせいで朱鷺子は泣いたのか。こいつらのせいで俺は体中食いちぎられた挙句人間をやめる羽目になったのか。

こいつらのせいでたくさんの人たちが食い殺されて多くの人が悲しんだのか。

許せない。許せるものか。たとえこの世のすべての罪を許す神様がいようともこいつらのやったことは許すわけにはいかない。

殺してやる。滅ぼしてやる。殲滅してやる。駆逐してやる。

殺して殺して殺して、たとえ深海だろうが便所だろうが探し出して一匹残らずぶち殺してやる。


「────────────────半魚人を、舐めるんじゃねえええええええええ!」


ダイヤモンドすら喰らいかねない醜い口に左手の指を突っ込む。

咽頭部を突き上げられて流石のゴマモンガラも一瞬ひるんだ。しかしすぐに口の中の中指と薬指を噛み千切ってくる。

万力のような力で指が骨ごと叩き潰され、皮膚のつながりが遮断される。

不思議と痛みは我慢できた。こんなもの、あの海水浴場に比べれば屁でもない。


「これを使ってください!」


店内から何かが俺の手元に投げ込まれる。包丁だ。

こいつを拾って指を代価に稼いだ時間で包丁を拾って横っ面に何度も何度も突き刺す。

急所も何も把握していないただそのにあるものをグチョグチョにするような刺突に魚肉と鮮血が飛び散って、俺を縛めていたゴマモンガラのクラッチが外れる。


「熱いですけど我慢してくださーい!!」


ミスド店内からセミロングヘアの店員のおねえさんがバリケードの隙間からバケツに入った黄金色の液体を俺を押さえつける『おかっぱ』と『美脚』にぶっかける。

液体はゴマモンガラに着弾するとジュワアアアアアアアアアア!という快音を鳴らしてはじける。

浴びせられたゴマモンガラたちは湯気を出してもだえ苦しむ。

油だ。ドーナツを揚げるための煮えたぎった油がゴマモンガラたちを生きたまま素揚げにしたのだ。

多少俺にもかかったが、マウントをとっていたゴマモンガラ達の被害のほうが大きい。

高熱でひるんだゴマモンガラの拘束から逃れ、『おかっぱ』の脳天に包丁を突き刺す。

既に何度も突き刺されていても手を緩めない強靭な生命力を持った『おかっぱ』だったが、今回ばかりは脳漿をまき散らして動かなくなった。


店内を見ると避難していた人たちが俺を援護しようと沸点まで上昇した油を次々にバケツリレーで運んで、それを店員のおねえさんがぶっかけている。

素揚げにされるたびにゴマモンガラはもだえ苦しみ、バリケードを壊すための陣形を崩す。

店内からゴマモンガラと戦おうとする人たちの中に朱鷺子とおふくろの姿もあった。

「人間は全員敵じゃない、味方になってくれる人もいるんだ」そう思ったら勇気がわいた。

そして誓った、必ずこいつらを倒してミスドの人たちを救って見せると。


おかっぱ頭に深々と刺さりすぎた包丁は抜けなかった。

包丁に見切りをつけて足元の美脚を蹴り飛ばして足元に転がっているチェーンソーを回収する。

立ち上がった時、蹴り飛ばされた毛深い腕付きのゴマモンガラが戦線復帰して真っ正面から走ってきた。

そいつに向かってチェーンソーを突き出して突進の勢いを利用して正中線を貫きに行く。

マンガみたいな突き技だったが、大型犬サイズの相手に外すほうが難しい。

しかし、ゴマモンガラは自慢の歯を盾にチェーンソーの刃を拒む。

金属と金属がこすれ合う嫌な音を鳴らして互いの攻撃は弾かれる。

しかし刃は歯に阻まれたものの、『毛深い腕』は口をズタズタにされて地面に叩きつけられた。


「後ろです!白い人!」


店内から店員のおねえさんの声が背後から迫る『スネ毛』の存在を教えてくれる。

振り返る勢いそのままチェーンソーをぶん回すとラッキーなことに『スネ毛』の横っ面にチェーンソーがクリーンヒットした。

走る小さな刃の群れがウロコを砕き、肉を切り裂いて『スネ毛』を車道まで吹き飛ばす。

『スネ毛』は口から鰓まで切り裂かれ、死に体の状態で立ち上がろうとするが、そのままこと切れた。


反対側では入り口付近の5匹ほどのゴマモンガラたちが煮えたぎった油で悶え、油で摩擦がなくなったことでさらに釜揚げ地獄のなかで七転八倒している。

止めといわんばかりにミスドの店員のおねえさんが火のついたライターを油の中に放り込んでゴマモンガラたちを焼き尽くす。


「よっしゃあ、これで・・・」


これで残り2匹、そう思って安堵していたが、その油断が追い詰められたゴマモンガラの反撃を許した。

残った『美脚』は俺が『スネ毛』に対応していた隙をついて飛びついて右肩に噛みつく。

”食いちぎる”ためではなく”喰らい付く”ための咬合。

こいつらにとっては甘噛み程度の力しか込めていないのだろうが、俺はショックでチェーンソーを落としてしまう。

俺は落としたチェーンソーに構わずに肩を炎上するミスドの入口に向けて『美脚』ごとタックルするようにして肩の『美脚』を焼く。

高熱にさらされた『美脚』はとっさに噛む力を強めてしまい、俺とのつながりを自ら断ち切ってしまう。

俺の肩の肉という支えを失った『美脚』は炎の海に落ちて一瞬で焼き魚になり、動かなくなった。


俺に殴り飛ばされた『毛深い腕』は体勢を立て直して再度襲い掛かってきた。

だがそれは何度も見た光景。しかも腕を生やしたコイツより『美脚』や『スネ毛』のほうが早い。


「ワンパターンなんだよ!それだけ進化できんならちったあ学習しやがれ!」


身をひねって突進を回避すると『毛深い腕』は炎の海に自ら突っ込んでいき、アクリル製のガラス窓に体当たりした後弾かれて焼け死んだ。


これでミスド近辺のゴマモンガラは全滅した。


「終わった・・・のか・・・・・・」


入口の炎から距離をとった後、雨と鮮血と魚肉にまみれた石畳の上にへたり込む。

俺は生き延びた。俺たちは勝った。

あの凶悪で凶暴で獰猛なゴマモンガラどもに勝ったんだ。

周囲を見渡すと駅近辺には多少のゴマモンガラが残っているものの、まばらに数匹だけ単独で行動している。

あいつらは一匹一匹はそこまで強力な存在じゃない。

それにニーナの話ではエーゴマ隊というものが存在するらしいし、そいつらに任せて休んでもいいだろう。

そう思ったら気が抜けて動けなくなった。駅のホームでは緊張で稼働しない筋肉が今度は弛緩して機能しない。


「はは・・・やった、やってやったぞ俺たちは・・・」


背後のミスドからはファイアウォールを消火する消火器の音とともに、「ありがとう!白い人!」「助かったぜ白い人!」「すごかったです!ホンソメワケベラっぽい人!」という歓声が上がる。


最後の俺をホンソメワケベラと評したのは油をぶっかけてくれた店員のおねえさんだ。


「なんで気づいてんだよあの人。カン良すぎだろ。あの人・・・」


ちょっと疲れた。左手はやくざ映画よりもむごい手段で指を詰められたし、右肩も深くえぐられて右手はもう動く気力もないし動かない。

周囲のゴマモンガラをすべて倒して安心しきった俺は後ろの観衆に親指を立てて応えた。

その油断がいけなかった。


「優二危ない!!」


朱鷺子の絶叫が響く。

途端に後ろからくるすさまじい衝撃。石畳におでこを強打した。

油断したところに来る打撃に意識がぐらつく。

正体不明、どこから来たのかもわからないその攻撃を放った敵は空にいた。

俺を襲ったのは漆黒の翼をはためかせ、嵐の空に君臨する魚。

恐らくは鳥をモデルに進化したその個体は台風という環境も気にせずに空を飛び回って俺たちを嘲笑う。

頭部の負傷と流れる血が目に入って視界がぼやける。

ミスドの中の人達は炎の壁に阻まれて俺の下には来れない。

やるしかない。第2ラウンド、飛行するゴマモンガラとの戦いの始まりだ。


「糞、まずはチェーンソーを・・・・・・」


ふらつく足元で武器を取りに行く。しかしそれは当然のごとく阻まれた。

黒翼のゴマモンガラは追い風を利用してチェーンソーを拾おうとする俺に突撃し、体当たりを敢行する。

はるか空から落下するボディスラムに俺はまたもや弾き飛ばされて側頭部を強打する。


「がっ・・・・・・」

「優二ぃ!!」


もはや絶叫や悲鳴すら上げられる体力が残っていない。

朱鷺子の心配そうな声にも返せる言葉が見当たらない。

完全なる絶望、孤立無援。俺は結局この黒翼のゴマモンガラに殺されるのか・・・・・・

そんなときおぼろげな意識に「大丈夫かい?ここは任せてくれ」という幻聴が聞こえた。

かすむ俺の視界には何故か全身縞々の男が映っていた。

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