第8話 ミスタードーナツは魚の味
「オイこの電車と白いの何とかしろよ!」「嫌よ!!触りたくもない。」「ていうかこの電車開かないよな・・・?」「そんなこと言うなよ!」
聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない。
「いいから逃げるぞ!」「どこに!外にはアイツらがいるのよ!」「ここよりはマシだろ!」
キコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイキコエナイ
ホームから出ていく人たちの声が聞こえる。何を言っているのかわからない。
足音が聞こえる。どこに逃げ場があるのかなんて知らない。
ただ、お前たちの声を聴きたくないんだ。
あまりの周囲の騒音に耳という名の心を塞ぐ。
その時、聞いてはいけない音ともに地獄の蓋が開いた。
お決まりの電車の音声とともに、プシーッ。という空気の抜ける音がする。
電車は寸分の狂いもなくドアにピタリと合うように停車している。
音に合わせてドアがスライドしてゆき、隠せてなかった血の匂いをこれでもかと地下空間に充満させる。
その音と臭いは一時飛んだ俺の思考を戻してくれるのに十分すぎるほどの情報量だった。
「なんでだよ、車掌は何やってんだ。」
電車のドアは運転室のスイッチで開くシステムのはずで、そのコントロール権限は車掌にしかない。
それが開くとなれば車掌は生きていてスイッチを押したことになる。
だがあんな血の箱の中で人間は生きていられるのか?生き残れたとして正気でいられるのか?
いや、そんなことより電車の中身のほうがヤバい。
鮮血を全身に浴びて元の文様がわからなくなってしまったゴマモンガラたちが恍惚の表情のようなものを浮かべたまま降車してくる。
俺には魚の表情なんてどれも同じにしか見えない。だけれどもこいつらはドアが開いた瞬間ニタァ、と笑ったように感じた。
「ひいいいいいいいいいいい!」
あまりの恐怖に動けない。無類のサメ映画マニアでスプラッタもグロも耐性がある俺であったが、実際に目の当たりにするとこうなるのか。
目の前にある圧倒的な赤色に脳を汚染される。
下半身は力が入らないどころか制御も効かずに温かな尿素の臭いを漂わせ、かろうじて稼働する腕で後退しようにも何の足しにもならない距離しか動けない。
やられる。殺される。俺はまたこいつらに食われるのか————————
浮かんでくる走馬灯。走馬灯というものは命の危機にある時脳細胞がオーバークロックして過去の記憶を思い出して最適な選択肢を選ぶために浮かぶものらしい。
だがそれがこんな訳も分からないやつらに通じるわけがない。
なにせこいつらは未知の物質を使って未知の法則で動いてやがるんだから————
————だが、無駄に終わるはずの走馬灯は無意味には終わらなかった。
大切なことを思い出す。大切なものを想起する。
そうだ、俺は何のためにここに来たんだ。誰を追ってあの病室から飛び降りたのか。
それは、————————
動かない下半身に無理矢理喝を入れる。もはや使い物にならないと思っていた腰から下の神経細胞は活動を止めてはいない。ちゃんと感覚は帰ってきている。
問題ない。敵は既に2匹も殺している奴だ。何を恐れる必要がある。
それに俺の中に宿ったもう一つの染色体が教えてくれる。
多少マシになった脳みそで状況の把握に努める。
降車するゴマモンガラたちの多くは俺を無視して血の足跡を残しながら階段を上って改札に向かって走っていった。
その中の数匹はいまだホームにいて自動販売機を噛み抉って中身のペットボトルをまるごと貪っている。
ホームには俺以外生きている人間は存在せず、ただゴマモンガラたちの遊び場と化した。
だが朱鷺子もおふくろも見つかっていない。
つくば駅のホームは1つだけだ。逆側のホームがない以上あいつらは一体どこにいる?
モシカシタラモウ食ワレタンジャナイカ。コンナ無意味ナコトシテ何ニナル。
アイツラニトッテオマエモ敵ナンダゾ————————
「うるせえ!うるせえ!うるせえ!」
悪い考えを頭から追い出して階段を上って地上に出る。
地上に上がったすぐのところにあるミスタードーナツに10匹ほどのゴマモンガラが集まっている。
その奥に見覚えのある少女が椅子やテーブルで必死にバリケードを作りながら魚群を押しとどめているのを目にした。 間違いない、朱鷺子だ。
しかし拙いことになった。俺は何故かゴマモンガラの捕食対象になっていないが人間は奴らの餌だ。
ゴマモンガラがドーナツを食べるかはわからないが、駅から逃げていた人や調理用の油が大量にあるミスタードーナツは奴らにとっての食糧庫だ。
鉄すら食い破る奴らを前にあんなバリケード数分と持たないだろう。
「うおおおおおおおおおお!朱鷺子おおおおおおおおおおおおおお!」
チェーンソーの刃はフルスロットルで回転し、俺の意識と筋肉は遅すぎる覚醒を迎えた。
脳は沸騰し、麻痺していた足は今までで最も効率よくエネルギーを燃やし始める。
片手で扱うにはいささか重いチェーンソーを振り上げて白黒青の半魚人が走りだした姿がガラス窓に映る。
目にもとまらぬ速度で空を切る鈍色の刃を俺はゴマモンガラたちの無防備な背中に叩きつけた。
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