第15話
佐久間は、アパートに戻ると、物語の続きを書き始めた。どうせ後から書き直して、この部分もなくなるわけだが。この前、完成したと思っていた第1話を見直したら、ここの表現よくないな、説明ばっかりでつまらんな、テンポが悪いな、様々な思いが胸に押し寄せ、結局かなり時間をかけて書き直し、そしてその次の日も大部分を書き直し、最初の完成版は跡形もなくなってしまったのだった。
いつものことであるにしても、かなり非効率な気がした。3000字5000字を書くのに、一体何時間かけているのか。勉強も別でしなければならないし、本も読みたいし、物語作成に割けられる時間も限られているのだった。
しかし一方で、「そんなに完璧を目指しているといつまで経っても完成しないぞ!」と言う言葉も、お姉さん系美少女ボイスで聞こえるものの、佐久間には信じられなかった。ゴミを投棄するにも最低限のルールがあるというものだ。排泄物は下水道で処理すべきである。そんな自分のモットーを佐久間がつぶやき型SNS「ついつい」でつぶやいたら、ここがその下水道だぞとリプライが来た。
前回は、警備組織に捕まるところまで書いていたので、その続きを書いていた。そもそも、この国の言語を考えようとしていたが、すでに心が折れそうであった。文字が決まっていてもそのつなげ方、切り方をどうしたらいいか分からない。誰がこんなことをやろうと考えたのか。今までそんな本を読んできたことがなかった理由がようやく分かった気がした。
ひとまず相手の想定される台詞を日本語で考えて進めていく。おそらく、というよりは絶対に良くないことだと思っていたが。そうすると、不思議と筆が進むのだった。そして、言葉が分からず困惑している主人公と警備員が滑稽に見える。
公的施設「ルウマ」の管理人さんが迎えに来たところで、第2話の幕を閉じた。ここまでかなり時間がかかったように思えた。佐久間は、もう風呂に入って寝るかなと思い、時計を一度見た。そしてもう一度見直した。いつの間にか、日付が変わっていた。佐久間は驚いて、慌てて風呂に入った。
眠い目をこすりながら2限の講義を受けるために大学へ行くと、すでに横山さんは教室にいた。こちらに気づいて小さく手を振ってくれるので、佐久間もおはようと声を掛けた。これだけで一日が幸せになれる。充実した大学生活であった。
彼女よりもう少し奥の位置に座ると、それに合わせたのか、美少女が隣に座った。以前の美少女である。佐久間は驚いて、軽く会釈した。向こうもニコニコしておはようと挨拶をした。
「この前はボールペンありがとう、あの日返しそびれちゃったんやけど、あやから返してもらえた?」
「ああ、はい、横山さんから返してもらえました」
「よかったぁ~。あ、はいこれ。お礼といってはなんやけど、チョコレート!」
美少女は、銀紙に包まれた丸いチョコレートを持った手を伸ばすと、ほれと言って手を広げるように指示した。佐久間が左手を広げると、そこにぽとっと落とした。
「あ、ありがとう」
「いえいえ~」
美少女は楽しそうだった。佐久間は、困惑した。というのは嘘で、ニヤニヤしてた。チョコの銀紙を取って、チョコを一口に口の中へ入れる。
講義が始まると、2人は黙々と教授の話を聞いていたが、ふと、美少女がルーズリーフの端に何かを書いて、その部分をちぎり、丸めて佐久間の方へ放り投げた。丸められた紙の切れ端が、佐久間の目の前で転がる。
佐久間が切れ端の飛んできた方を見ると、美少女がその切れ端を指さしていた。どうやら開いて見ろ、ということだった。佐久間は、胸が高鳴った。ラブレターか? 切れ端で知り合いと話をするなどということは中学生のころも高校生のころもしなかった。これが初めてなのだった。ラブレターか? 佐久間は再度自分に問うた。それしか中身が考えられない。いやいや、ともう一人の自分が諫める。これは、いたずらかもしれん、慎重になるべきだ。「アホ」と書いてあるに違いない。さっきチョコレートをもらって喜んでいたことがばれているのだ。
しかし、佐久間の中で、いたずらであるという可能性は現実的には考えられず、ラブレターである可能性が合理的な疑いを越えない程度に証明された。なお、証明したのは佐久間であり、根拠となるべき証拠はなかった。
佐久間は意を決して開いた。思わず目をしっかりとつむる。手の感覚で紙を開いていき、完全に開いたと思ったところで、そっと目を開けた。
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