第6話:王女殿下の悩み事
「…そういえば、お茶会の方はよろしいのですか?」
ティターニアとアロンダイトは図書室の窓辺にある読書スペースに向かい合って座っている。
取り止めのない話をしばらく続けていた2人だったが、お茶会に招待されているはずのアロンダイトが図書室にいることをティターニアは不思議に思ったようだった。
「…かしこまった場所は苦手なので、挨拶だけ済ませて抜けて来てしまいました。」
はい、ダウト。
本当はアロンダイトは令嬢から逃げて図書室に辿り着いたのだが、本当のことを言うのもあれなので適当に誤魔化したのだ。ティターニアはそんなアロンダイトの嘘に気づくことなく納得している様子だ。
「…ご存知かもしれませんが…、わたくしも社交は苦手で…。ですが、今度行われる王家主催のパーティーには参加しなければならないんですの…。」
ティターニアは眉尻を下げ、困ったというような表情をアロンダイトに向けている。前髪を耳にかけている今日のティターニアは表情が読み取りやすい。
「…王女殿下の誕生日と成人をお祝いするパーティーですね?」
「ええ、さすがにわたくしの成人を祝うためのパーティーで本人が欠席という訳にはいかなくて…。」
この国では女性は16歳、男性は18歳で成人を迎える。ティターニアは今年の誕生日で16歳になるのだ。
昔、この国は大干ばつに見舞われ大飢饉が起き、そのうえ流行病が蔓延して国民の半数が亡くなるという事態が起こった。その中には成人を迎える前に亡くなる者がたくさんいた。
それ以来、成人を迎えられたことを神々に感謝するという意味もあって、成人の儀というものはこの国ではとても大切にされるようになった。
毎年のティターニアの誕生日のパーティーは身内のみのささやかなものであったが、さすがに王女の成人を祝う大切な儀式を身内のみで済ませる訳にはいかないらしい。
そして自分の成人を祝うパーティーを欠席する訳にもいかない。
王家主催の公的な行事もほとんど欠席していたティターニア。稀に参加しても軽く挨拶だけして体調不良を理由にすぐ退席していた。
だが今回はティターニアの成人を祝うパーティーであり、主役はもちろん彼女である。そうなるとティターニアも主催の側として来賓たちをもてなさねばならない。
ほとんど公の場に顔を出すことのなかったティターニアには荷が重過ぎた。
「王女殿下の成人を皆で祝う催しでしょう?」
「ええ…。」
「なら、主役である王女殿下は堂々と胸を張っていれば良いのですよ。」
「…ですが…。」
やはり気にしているのは自身の見た目と【黒百合の魔女】の噂だろうか。
本来ならば王女であるティターニアがそのような噂を気に病む必要は無い。むしろそのような噂をする者を不敬だと罰することも出来るハズだ。
だがティターニアは左右の色の違う彼女の瞳を見てしまったアロンダイトに対し、「見苦しいものを見せた」と謝罪してしまうような人なのだ。
「王女殿下は俺が怖いですか?」
「…え?」
ティターニアはアロンダイトの問いの意味をはかれずに首を傾げる。
「初めてお会いした時、殿下は俺を…俺と話すことを、怖がっているように感じました。ですが、」
アロンダイトはティターニアの大きな瞳を真っ直ぐに見つめる。
「…ですが、今はこうやって目を合わせてお話ししてくださっています。今でも俺が、俺と話すことが、怖いですか?」
アロンダイトの問いかけにティターニアは目を見開いた。…そうだ、ティターニアは最初アロンダイトと話すのが怖かった。
本当は彼も自分と話すのが嫌なのではないか、自分のことを気味が悪いと感じているのではないか…そう思っていたから。でも。
今は目を見て、恐れることなく普通にアロンダイトと話せている。その事実にティターニアは驚いていた。
「…俺も最初は貴女を恐れていました。王女殿下のことを何も知らなかったから。噂のうえでの貴女しか知らなかったから。」
アロンダイトの話をティターニアは黙って聞いている。王女に対して「貴女を恐れていました」などと言うのはもちろん不敬なのだが、もう今更である。
それに嘘を吐いたところでティターニアの心を動かすことは出来ないだろう。
「でも、本当の貴女は噂と全然違った。恐ろしくもなんともない、普通の女の子だった。」
普通の女の子。ティターニアをそんな風に言ったのはアロンダイトが初めてだった。ティターニアはいつも外見だけを見て、化け物だと、魔女だと蔑まれてきたから。
「何も恐れずにありのままの貴女でいれば良いのです。殿下は、とても魅力的な女性なのだから。」
「みみみ…みりょ…っ…!?……あ、えっと…あの…ありがとうございます…。」
ティターニアの目を見ながらニッコリ微笑むアロンダイトと、真っ赤になって取り乱すティターニア。
ティターニアのそんな反応をアロンダイトが「可愛い」と言えば、更に顔を赤くして俯いてしまった。
そんな話をしているうちにいつの間にかお茶会はお開きとなっており、図書室の窓からは夕日が差し込んで2人を照らし、ティターニアをいっそう赤く染めたのだった。
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