9-1 廃倉庫

 エントランスの扉から数歩行くと、闇の中に、出口らしい長方形のシルエットが浮かび上がってくる。

 近づいてみると、〈出口〉を通して、ぼんやりと外界の様子が覗える。向こう側にあるのは、薄暗い、ごく小さな空間だ。


 ジェラールは深く息を吸ってから、〈出口〉に張る薄膜を通り抜ける。



 〈出口〉から顔を出したジェラールを出迎えたのは、すぐ目の前に迫る、古い木扉だった。

 ジェラールが通った〈出口〉は、扉を外された木枠の姿をしており、扉の方はというと、木枠に斜めに立てかけられて、火の都フラメリア支部への道をうまく隠していた。



 〈出口〉が置かれているのは、狭い廃屋だった。広さからすれば、住居というよりは、倉庫のように見える。


 実際、壁沿いに木箱が積まれ、掃除用具や工具、壊れた荷車のパーツなどが、床を埋めつくさんばかりに散らばったまま、埃や塵をかぶっていた。白く塗られた四方の壁にも、うっすらと埃が張りついている。



 足元に転がる障害物は、足の不自由なジェラールには大きな困難だった。


 ぼろの箒や、元々は何だったのかさえわからない木片をかき分け、ようやく出入り口の取っ手に手を伸ばしたとき――ジェラールは、取っ手が汚れていないことに気がついた。


 最近、〈誰か〉がここを訪れている。けれども、そこらの荷物に人が触れた痕跡はない。

 となれば、その〈誰か〉の正体は明らかだ。この取っ手に最後に触れたのは、カキドに違いない。



 ジェラールは、最後に見たカキドの背中を思い返しながら、廃倉庫の出入り口を開けた。


 ――と。ジェラールの頬をかすめ、ひとすじの風が流れていく。

 窓のない火の都フラメリア支部では生まれようのない、澄んだ風の流動。ジェラールは思わず、目には見えないそれを追うように振り返った。

 


 小さな高窓がひとつあるだけの薄暗い廃倉庫の中、ジェラールが通ってきた〈出口〉が、静かに佇んでいる。



 立てかけられた木扉のおかげで、ドア枠に囲われた内側の様子はうかがえないが、ドア枠の向こうに見えるのは、倉庫の内壁のみになっているはずだ。

 

 エントランスの扉に描かれた魔法陣により、通る資格のある者――継承者マケイアが近づいた時にだけ、火の都フラメリア支部への通路は開かれるようになっているのだから。

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