5-7 歪み

 カキドがここまで怯え取り乱すのは、そうあることではない。リャンの方も、気難しいところはあるものの、わりあい穏やかで、些細なことでは感情を動かさない質だ。

 ジェラールには、そんな二人をかき乱すものが何なのか、わからなかった。



 今でこそ不仲で知れているが、二人の関係は、はじめからこうだったわけではない。

 かつてのリャンは、実の子のようにカキドを愛していた。カキドもまた、控えめながらも彼を慕っていたはずだ。


「お前、リャンに何したんだ? あのリャンを怒らせるなんて、相当だぜ」


「間違ったことは、何も。でも……ジェロアにもわかるでしょ? 彼、おかしくなっちゃったんだよ。七年前のあの時から。キースあのひとが、いなくなってから」


 いつものようにはぐらかされるだろうと思いながら投げかけた問いには、意外にも手応えがあった。

 ジェラールは、そうとも否とも言えず、口を閉ざす。



 リャンは、他の誰よりも、前支部長キースと親しい仲にあった。キースが〈つがい〉を持たなかったこともあって、「夫婦のようだ」と言われたほどだ。


 そのキースが、一般民に奪われ、手の届かないところで殺された直後のリャンの悲しみは、彼自身も周囲も焼き尽くさんばかりだった。

 

「できることなら、ジェロアにも彼とは関わらずにいてほしいよ。だって、恐ろしい人だもの」


「あのな……。タンクのことを知ってるのは、リャンしかいないだろ」


「タンクの件だけを言ってるんじゃないよ」


 カキドが、ため息交じりに言う。

 ジェラールは、タンクの件を思い、いまだ苦しみの渦中にいるリャンを思い……カキドの〈わがまま〉に、わずかないらだちを覚えた。



 七年の時が経っても、リャンの心は、キースとの日々の中に置き去りにされたままだ。

 ただ彼は、ジェラールにだけは心を開いてくれる。ジェラールがリャンから離れることは、彼を孤独のままに捨て置くことと同義だ。


「お前にもわかるだろ? リャンには、俺がいないとダメなんだ。……もう、キースはいないんだから」


「あなたにそんな風に思わせる奴が、〈まとも〉なわけないでしょ」――カキドのつぶやきに、ジェラールは聞かなかったふりをした。

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