11-白うさぎ
ああ、駄目だ。マー、俺、お前を食っちまいそうだよ。
その柔らかそうな二の腕も、白くてふっくらしたふくらはぎも、目に入るだけで涎があふれ出してくる。マー、どうしてお前、人間なんだよ。お前が白うさぎなら、とっくに捌いて食ってるはずなのに。
いや、駄目だ。誰も見ていないから、なんて理由にしちゃいけない。
年端も行かない幼い頭で、俺が日に日に衰弱していくのをちゃんと感じ取って、彼女なりに必死で看病してくれてるんだぞ。食い残しの骨や皮を鍋で煮込んで、必死で俺に飲ませようとしてくれてるんだぞ。寝床の枯草まで入れられるのは、ちょっと勘弁だけど。だからと言って、いくら俺が神なんか信じないからって、マー、俺はお前を食い殺したくはないんだよ。
やばいな。ナイフ持ってるのも危うくなってきた。発作的に、やっちまいそうだ。
餓死したことは今までだってある。でもそれは、手の届く場所に食えるものがひとつもなかったからで、圧倒的な飢餓に腹を抉り込まれながら、目の前のご馳走を我慢するような拷問は初めてだ。いっそ自分で喉首かっ切っていっぺん死んじまったほうが、一時的にはラクになれる。生き返れば左腕も、どうせ生えてくるんだし。
でも、取り残されたマーはどうなる。あいつは、自分で火を起こすことができない。たき火の管理もへたくそだ。俺が見て、指示してやらなかったらきっと、火種を切らして凍え死ぬだろう。
結局二人とも死ぬんだ、ラクな道を選ぶか?
動けないなら自分の足でも食うかと思ったが、衰弱した身体にこれ以上傷口を増やしたら間違いなく死ぬ。俺が死ねばマーも死ぬんだし、だったら、俺がマーを食って残りの食料も確保したほうが、いくらか生産的じゃないか? もともとマーだって、獣に食い殺される運命だったんだ。その獣が、たまたま俺だったというだけの話じゃないか。
馬鹿。落ち着け。駄目だ駄目だ。
それなら最初から、マーが転がり込んできたそのときに、さっさと始末しておくべきだったんだ。追い払っておけば、それで済んだはずだ。なんの問題もなかった。そうしなかったのはつまり、俺の責任だ。
「ねぇ、ねぇ、ター見て、うさちゃん!」
飲み水の雪を採りに行っていたマーが帰ってきた。雪うさぎ。彼女の両腕に余るほどの大作だ。
ああ、本当に、こいつが白うさぎだったら、どんなに良かったか。
「……いい出来だな。早速で悪いが、そのうさぎ、鍋にしてくれないか。それから、しもやけにならないように手はよく温めるんだぞ」
火にかけられた雪うさぎはすぐに崩れ、骨と皮の浮く土鍋の中に跡形もなく溶けていった。
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