十五歳のわたし第4話



 出鼻を挫かれた!

 つい酔った勢いでお父さんにプロポーズされて照れ照れしまくるリコさんを三十分も眺めてしまった!

 本来の目的は、わたしが! レンゲくんに! 告白してサクッと振られることだったわ!


「…………」


 はたと、廊下のど真ん中で立ち止まる。

 いやいや、わたしよ、ちょっと落ち着け。

 振られることを目的に告白って、なに?


「寝よう!」


 ぐるん! 元来た道を戻る。

 あれかな? やっぱり少しのぼせていたのかしら?

 冷静じゃなかったわよね!

 初恋を自覚して混乱したんだわ、きっと!

 うん、一度ゆっくり休んで、今後の対策を練るべきよね。

 わたしはレンゲくんが好きである。

 この事実は間違いない。

 では、それに基づいて今後どのように行動していくべきなのか。

 これに関してはとりあえず保留!

 今日は寝る!

 それに、自分自身どうなりたいのかは明白!


 レンゲくんと恋人になりたい!


 い、いいじゃない、そういうこと考えたって!

 初恋よ、初恋!

 前世の年齢と合わせてアラサーなわたしの初恋なんだもの。

 別にそういう願望を持ったっていいじゃない!

 そ、それにティナリスは十五歳!

 恋したっていいわよね、ね!?

 そういうこと妄想しちゃっても、別に変じゃないわよね!? ね!

 お年頃だもん、このくらい普通のはず!


「…………」


 そうよ、普通よ。

 変じゃないわ。

 十五歳の女の子なら好きな人の一人や二人、できて当たり前よ。

 告白云々は、今日はやめておくとしても……タイミングが合えば、してしまおう。

 お父さんみたいに何年も抱え込んでても仕方ないものね。

 も、もしかしたら両思いということも……。

 い、いやあ、それはさすがにないかな〜?

 ふ、ふふふふふ、もはや自分でもこのテンションとわけのわからない思考回路はどうしたらいいのか……。

 恋ってこんなに人を混乱させるものなのね。


「ティナ? まだ起きてたの?」

「ひええぇ!?」


 食堂を通り過ぎて、自室への曲がり角。

 まだワイワイざわざわしていた食堂からレンゲくん!

 あれ!? さっき通った時はいなかったような!?


「レンゲくん、食堂にいたの!?」

「マルコスさんに明日以降の予定を聞いてなかったから、聞きに来たんだ。そしたら変などんちゃん騒ぎになってて、話せそうな人が誰もいなくて? ついでにティナも廊下歩いてるし?」

「あ、ああ……」


 お父さんのリコさんへのプロポーズのせいだろうな、とすぐに察しがついた。

 酔っ払いへの余計な燃料投下だったに違いない。

 しかし、話せそうにないぐらい酔っ払いになってるって……ギャガさんたち明日には発つって言ってなかった?

 レンゲくんがお薬を転送したから、急ぐ必要はなくなったってこと?

 ううん、良し悪し〜。


「わたしはあの、ちょっと散歩?」

「そう? じゃあもう寝るの?」

「う、うん」


 レンゲくんは、と聞くと「僕は城壁に戻るよ」と少し困った顔で微笑まれる。

 わたしが寝る時間は、必ず確保してくれるんだもの。

 その間はレンゲくんとレヴィ様が空間魔法とやらで、魔物を集めて封じてくれている。

 朝にまとめて浄化するのだ。

 そんな生活ももう二年と続いている。

 疲れないの? 辛くないの?

 そう聞けば「幻獣は寝なくても平気だからね」と二人にケロリとした様子で言われてしまった。

 だから、ずっと甘えてきたけど……。


「わたしに、もっとできることって、ないのかな?」

「え?」

「な、なんか毎日申し訳ないというか……」

「そんな、気にしなくていいよ。むしろちゃんと休んで。君が体調を崩して起きられない方が大変だよ」

「うっ」


 そう言われると、その通り。

 わたしが体調を崩したら、魔物の浄化ができなくな——。


「ところでその頭どうしたの?」

「!」


 ふふ、と笑い声。

 顔を上げると、二歩、レンゲくんが近づいてきた。

 ハチマキのように巻いたタオルを解かれた?

 それに、髪の毛がほんわか暖かな風に包まれる。


「はい、乾いたよ」

「あ、ありがとう……」


 毛先が赤い髪が、はらはらと肩に落ちていく。

 魔法、こんなこともできるのね……。

 レンゲくん、こんなこともできるんだ。

 タオルを差し出されて、両手で受け取る。

 ああ、もう、ずるいなぁ。


「おやすみ、ティナ」

「おやすみなさい」


 足元近くまであるマフラーを、ゆらゆら揺らしながら立ち去るレンゲくん。

 わたしは少しの間、その背中を眺めた。

 あなたと両想いになりたいと思うのは、おこがましいのだろうか。

 変なことではないと思うの。

 だって一応、十五歳の乙女だもん、わたし。


「寝よう……」


 今夜は絶対いい夢が見られる気がする。





 *********



「まあ、どうしたのン、聖女ちゃん」

「すごい顔なのだわん」

「あ、ジリルさん、ミラージェさん、おはようございます……」


 朝、二階の食堂に入ると昨日の酒盛りの片付けをするジリルさんとミラージェさんがいた。

 二人は幻獣大陸からデイシュメールの守護にレンゲくんから選抜された幻獣。

 ジリルさんがドライアド。

 ミラージェさんはラミアという幻獣なんですって。

 二人とも美人だし、肌の露出がすごい。

 まあ、わたしと違って露出してもなんら問題ない抜群スタイルなのでむしろ見せつけるために肩もおへそも脚も出しているのだろうけれど。


「いやぁ、夢見が……」

「まあ、どんな夢?」

「わらわたち夢占いも得意なのよん! 占ってあげるわん」

「え? ほんとですか? じゃ、じゃあ……」


 朝食作りの準備をしながら、今朝見た恐ろしい夢の内容を相談することにした。

 ほら、悪い夢や怖い夢って相談するといいって言うし!


「じ、実は……空を飛ぶ夢を見ました」

「まあ! …………。……なにが悪いのン?」

「わたし高所恐怖症なんです! すっごく怖かったです!」

「あらん……」


 二人は左右対象に頰に手を当てる。

 種族が違うのにまるで双子の姉妹のようだ。

 夢を思い出して腕をさするわたしは、そんな二人のニヤッとした笑みにむっとした。

 だって、わたしの怖い夢をあんな、ニヤッて!

 絶対昨日レヴィ様に小脇に抱えられて飛んだせいだと思うのよね。

 もう! 本当にわたしが高いところ苦手ってことわかってくれないんだから!

 なんにしても今日はベリージャム食べちゃうわ!

 そろそろナコナがロフォーラでできた果物持ってきてくれる頃合いだし!


「空を飛ぶ夢のことだけどン」

「は、はい」

「大きく分けて三つの意味があるわん。一つ目はより高みを目指したい願望。二つ目は縛られているものから逃れたい願望。三つ目は欲求不満ねん」

「よっ!?」


 それはない!

 一つ目と二つ目なら思い当たるところがある。

 一つ目はわたしの目標!

 万能治療薬や、いろんな病気に効く薬を開発したい。

 ついでにもっと品質の良いお薬を作りたいし〜、量産もしたいし〜。

 そういえば魔力回復薬、リコさんにレシピはいろんな錬金薬師に回してもらったらしいけど……そろそろ結果出た頃かな?

 それと二つ目に思い当たるところは、今まさにわたしの現状だ。

 わたしは魔物の浄化のためにここ二年、この『デイシュメール』から離れていない。

 別にロフォーラに住んでいた頃から、さほど宿からそっちこっちへ行っていたわけじゃないけど……ロフォーラとはなんかこう、色々違うのよ。

 ロフォーラは山が裏にあるし、湖が手前にあったり、空気は綺麗、景色も綺麗、ついでにお客は程よく来ない!

 でもデイシュメールは城壁に囲まれ、閉鎖的な空間。

 最上階に行かないと景色は見れない。

 空気もロフォーラよりは乾燥している。

 なにより、元奴隷でデイシュメールに就職した人たちは、二十四時間必ずデイシュメール城の中にいるのよ。

 家族以外の人が階は違えどたくさんいるという、この状況。

 頼れる幻獣さんたちはいるけれど、お父さんもナコナもレネもモネも、あとムジュムジュもいない。

 これは自分で思っていたよりもストレスだった。

 ナコナが気を利かせて「収穫できた果物、そっちに持ってくね」と言ってくれなかったら体調崩してたかも。

 でもって、そんな夢を見たとなると……。


「ホームシックなんでしょうか、わたし……」

「あら、最後の可能性もあるんじゃなぁいン?」

「ありません!」

「ちなみに飛び方はどんな感じだったのん? 高い所へ気持ちよく舞い上がってた感じん? それともふわふわ〜って舞い上がっていた感じん?」

「え? こ、怖くてあんまり覚えてませんけど……そんなに高くはなかったような……?」


 どちらかというとふわふわかしら?

 そういうと、二人のニマニマがより楽しそうになった。

 なんというか「あらあら〜」みたいな。

 な、なんなの。


「聖女ちゃん、それは異性との距離が縮まる吉兆よン! 気になる男子を誘ってピクニックでも行ってきたらどうかしらン!」

「え、えええぇ!?」

「あーん、それがいいのだわん! お姉さんたちが男の子の誘い方を教えちゃうのだわん!」

「け、結構ですぅ〜!」


 完全に『良いおもちゃを見つけた!』みたいな表情じゃな〜い!?

 作り置きしていたパンを温め直し、ベーコンエッグを作ってから水とジャムをトレーに乗せてテーブルへ持っていく。

 若干、まだお酒くさい。

 いやいや、気にしない。

 今日は昨日植えた苗に肥料を撒かないと。


「聖女ちゃんにも春がきたのねぇン! いいと思うわン! やっぱり女の子は恋しなきゃだわン!」

「そーねそーねぇん。女は恋を経験しなきゃ大人にはなれないのだわん。それで、誰が気になるのん? こっそりお姉さんたちに教えて欲しいのだわん」

「そ、そんな人いません」


 絶対言えないわよ、特にこの二人には!

 だってこの二人はレンゲくん目当てでデイシュメールに来たのよ?

 わたしが好きな人はそのレンゲくんなの。

 い、え、る、かっ!

 勝てる気がしないわよ!


「失礼。おはよう、ティナリス」

「あ、リコさん、おはようございます! 早いですね!」

「ああ、この時間帯でないとゆっくり話ができなさそうだったからな」


 私服姿のリコさん。

 ズンズンとわたしのいるテーブルへ近づき、手前に座る。

 そして紙の束を差し出してきた。

 これは?


「ここ二年で全国の錬金薬師に『魔力回復薬』のレシピを試してもらったデータだ」

「あ、ありがとうございます!」


 そろそろ出るとは思っていたけど!

 ようやくだわ!

 魔力回復薬は名の通り魔力回復技術が苦手な人も、飲めばたちまち魔力が回復する薬よ。

 作り方は超簡単。

 水に魔力を注ぐだけ!

 なんで今まで誰もやらなかったのか、不思議なくらいの簡単レシピ。

 でも、だからこそ一つ不安があったし、二年という検証時間を要したのだ。


「…………やっぱりまたゼロですか……」

「ああ。水やお湯に魔力を注いでも、魔力回復薬にはならなかった。“つなぎ”になにかが必要なのかもしれないと、塩や砂糖を試してみたがどれも失敗。今のところティナリス、お前が作れたという成功例のみだな」

「ううぅ……」


 紙の束を置く。

 そう、今のところこのレシピで魔力回復薬を成功させられたのはわたしだけなのだ。

 リコさんもアリシスさんも失敗。

 そして、あまりにも簡単すぎるレシピのためむしろ慎重に検証を進めざるを得なかった。

 なぜか?

『エデサ・クーラ』に知られたら、それはそれで厄介だからよ。

 あの国にも魔法騎士はいる。

 まあ、あの国の場合はわたしの故郷から採取した珠霊石もたくさんあるだろうけれど、ね。

 でも、どう考えたって『水』に魔力を注ぐだけの魔力回復薬の方がお手軽でしょう?


「本当に水以外は入れていないのか?」

「は、はい」

「ではなにか他の要因があるのだろう。心当たりはないか?」

「よ、要因ですか〜……」


 心当たりがありすぎる!

 わたしが『珠霊人』だから!

 うわぁ、絶対そうとしか考えられないよ〜!

 で、でも、リコさんになら話しても良いかな?

 お父さんやナコナに話しても平気だったし……リコさんとお父さんが結婚したらリコさんは『おかあさん』になるわけだし……。


「え、ええと、実は……」

「いたいた。おはよー義姉さん」

「!」

「リス」


 おはよう、とリコさんが振り返る。

 わたしは肩をが跳ねた。

 あ、危なかった! リスさんは口軽そうなんだものっ。


「ティナリスもおはよ。ちょうど良いや〜、二人に言おうと思ってたんだよ」

「なんだ?」

「わたしにも、ですか?」

「そうそう。昨日は色々あってタイミング逃してたんだけど」


 ああ、レンゲくんの「転送する?」とかお父さんのリコさんへのプロポーズとか……。


「アリシスさんが倒れたんだよ」

「な、なんだと!?」

「アリシスさんがっ!?」


 アリシスさん。

『ダ・マール』の国家錬金薬師。

 わたしにも錬金薬師として大切なことを教えてくれた人だ。

 お年を召されてたから……まさか!


「あ、今は元気になってるけどね?」

「な、なんだ……」

「ご病気ですか?」

「いや、徹夜が原因」

「「て、徹夜!?」」


 なにしてんのアリシスさん!?


「多分元老院のゴンゾレールさんが具合悪いから、その薬作りじゃないかな。あの二人、確か仲よかったじゃん? お茶飲み仲間的な」

「ああ……。ゴンゾレール公もご病気が悪化されたらしいな。まだ引退は……」

「してないねぇ。今引退するわけにはいかーん! とかってしがみついてるよ。歳なんだし、さっさと引退すればいーのにねー」


 ほ、ほんとだわ。

 病気ならちゃんと休んだ方がいいわよ。

 アリシスさんも、その人のために薬作りで徹夜って……。

 と、歳を考えない人が多いわね『ダ・マール』!


「引退か。私もそろそろ引退して後は後進に任せるか」

「そーしなそーしな。マルコスさんのところなら僕も義父様も安心だし」

「そ、その話は今関係ないだろうっ!」


 ニタニタと、さっきのジリルさんとミラージェさんみたいな笑顔!

 リコさんが引退。

 そしてお父さんと結婚!

 なるほど!


「大歓迎です」

「や、いや、な、ななななにを言ってっ」

「あはは〜。まあ、そんな感じでさ。二人ともアリシスさんとは仲よかったじゃん? だから伝えておこうかと思って」

「あ、ああ。ありがとう」

「ありがとうございます、リスさん」

「アリシスさんも歳だしね。僕も倒れたって聞いた時は『ついに』って思っちゃったもん。会える時にもう一度くらい会っておいた方がいいかも」

「…………」


 アリシスさん。

 ……クリアレウス様もあまり体調が良くないとレンゲくんが言ってたし……。

 会えるうちに、か。

 そうね、会えるうちにもう一度会っておきたいな。

 クリアレウス様には『暁の輝石』のことも聞きたいし。

 でも出かけるならレヴィ様……は、多分決定権がないからレンゲくんに相談しないと。


「ところでご飯ちょうだい」

「リス、お前……」

「あ、今用意しますね」


 もちろんリコさんの分も!

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