十五歳のわたし第1話



 わたしが『原始星ステラ』を受け継いで二年の月日が流れました。

 先日わたしは無事に十五歳の誕生日を迎え……。



「聖女様〜! 魔物が接近してきました〜!」

「は、はぁーい! 今行きまーす!」


 城壁の見張台から騎士さんが叫ぶ。

 聖女と呼ばれることを受け入れて、二年経ちました。

 悲しくも、もう慣れてきた自分がいる……。

 植えようと思っていた苗を地面に置いて、近くにいたおじさんに「これ、この畑にお願いします」と頼み、見張の騎士さんに呼ばれた方へと走る。

 苦手な駆け足。

 でも早く行かないとね……。


「はあ、はあ……」

「相変わらず体力のない聖女だ」

「レ、レヴィ様……きゃあ!」


 腰を掴まれる。

 バサァ、とレヴィ様の背中から翼が生え、荷物のように抱えられて飛びあがられたら地面はあっという間に遠くなっていく。

 い、いやぁあぁぁあぁ!

 わたし、高所恐怖症だって言ってるじゃないですかぁぁぁ!

 ……と、叫びたいけど我慢。

 目を閉じて手を組み、とにかく祈った。

 この二年で、わたしの『原始星ステラ』は効果範囲をだいぶ広げたのだ。


「エ、エアよ。この世で唯一絶対の神よ。命に慈悲をお与えください」


 信仰しているというよりも、なんというか、創世神『エア』は実在する。

 だってレンゲくんが『エア』のところで修行してきたことがあるよ、とさらりと言ってくれたんだもの。

 だから、なんか神様に祈る、とは……微妙に違う。

 そう、祈るというよりはもう、これは頼むだわ。


「おお!」


 見張台の騎士が感嘆の声を上げる。

 わたしが今どこを飛んでいるかわからないし、どんな魔物が現れたのかも見てないっていうか怖くて目を瞑ったままだから見えないけど……あの声は無事に浄化が終わったということよね?

 じゃあ早く降ろしてレヴィ様〜!


「よし、では次だ!」

「つ、次!? まだいるんですか!?」

「ああ、西から群れが駆けてくるぞ」

「う、ううう……」


 レンゲくんならこんな雑に腰を抱えられて飛びながら浄化……なんてことはないんだけど……。


「まあ、しかし近隣の魔物はひと段落ついたと判断していいんじゃあねぇか? 一日に現れる数も十頭行かなくなってきた。群が出る場合は別だがな」

「そ、そうですね、うえ、あの、ちょっと、お腹が圧迫されて苦しっ、レヴィ様、一度降ろしてください〜」

「文句の多い聖女だな」


 普通よ!

 というか、わたしが高所恐怖症なのは何度も説明したじゃない!

 自分が飛べるからってみんな高いところが平気だと思ってるんだから〜!

 その足首まである尻尾のような長い三つ編み、根元からこっそりハサミで切っちゃうわよ⁉︎


「レヴィ、ティナの抱え方が雑すぎるって、前にも言っただろう?」

「レンゲ様!」

「レンゲくんっ」


 もっと言ってやって!

 ……声はするけど怖くて目を開けられないので状況がわからない。

 でもとりあえずレンゲくんが来てくれたなら、この無体な状況は終わるはず……あれ? 急に手にもふもふが……。

 そして、ゆっくりと体がそのもふもふに包まれる。


「あ……」


 恐る恐る目を開けると、目の前は真っ黒なもふもふ毛。

 景色があまりにも綺麗で一瞬見とれたけれど、そうではなくて。


「レンゲくん……」

『ごめんね、ティナ。前方から魔物化したラックの群れが来る! 総数およそ三十』

「さ、三十!?」


 それでなくともラックは大きくて凶暴なのに⁉︎

 それが魔物化して、更には数が三十!

 そして結構場所が高い! 怖い!


『レヴィは後方を見張っていて』

「了解だ! 任せろレンゲ様!」


 この、わたしとの……差……レヴィ様め。


「はっ! ひぇ! レ、レンゲくん! 高い! 高いよ! 早く降りて!」

『あ、うん』


 足がつかないのは、まあいい。

 レンゲくんに跨ってる状態だもの、仕方ないわ。

 でも! 高所に佇まれると……! 景色は綺麗だけど!

 下をうっかり見てしまうと! いや、見なきゃいいだけなのはわかってるけど、でも見ちゃったのよ〜!

 背中に顔を埋めてもふもふを堪能しつつ恐怖を紛らわせる。

 レンゲくんに『降りたよ』と言われるまでしがみついた。

 だって高い所は怖い!

 小さい頃からほんとにダメなのよ〜っ。


「ティナ」

「はう……」


 獣型の時は少しくぐもって聞こえるレンゲくんの声が、マフラーでくぐもってる声に……。

 顔を上げると、だいぶ近くに顔がある。

 マフラー様がなければ、きっと失神するような状況だろう。

 ま、マフラー様、今日もありがとうございますっ。


「大丈夫? 来るよ」

「え? え? な、なにが?」


 なにが来るの。

 と、少しどころではなく熱い顔を右手で包む。

 顔を背ける。

 最近、ますますレンゲくんの、この距離感が苦手だ。

 胸がドクドク、体が緊張でプルプルしてしまう。

 やっぱりこれは、なんというか、前世でも特に感じたことはなかったけれど……この気持ちは——。


「魔物が来るよ」

「そうでした!」


 魔物化したラックの群れが近づいてきているんだった。

 草原を見渡すと、地面に揺れを感じ始める。

 あ、ああ、あの黒い塊……間違いない!

 すごいスピードで近づいてくる!


防御壁バリアを張る。ラックは気づかずに激突してくると思うから、その隙に!」

「う、うん!」


 群れで、勢いよく駆けてくる系はレンゲくんとレヴィ様が一度足止めしてくれる。

 その間に、エアへ『お願い』するのだ。

 ズドドドドー、という振動と足音は、レンゲくんが張ったバリアへ見事に激突したのかどどーん、という音に変わっていく。

 いつも一瞬笑いそうになるんだけど——いや、だって前世のお笑い番組みたいな感じで、つい——集中集中!


「エアよ。この世で唯一絶対の神よ。命に慈悲をお与えください」


 瞳を開ける。

 そこには気絶した三十頭近いラックがゴロンと倒れていた。

 よかった、無事浄化できた。


「ラックもったいないね。デイシュメールに持って帰ろうか」

「あ、そうね!」


 コケェ……と虚しく鳴くラックを転移魔法でデイシュメールへと転送するレンゲくん。

 若干、デイシュメール内のどこへ転送したのだろう……と不安になる。

 でもまあ、従業員の皆様がきっとなんとかしてくれるわよね。


「ごめんね、ティナ。もう少し付き合ってくれる?」

「魔物の気配がするの?」

「うん、近くはないけど遠くもない。というよりこの匂いは『無魂肉ゾンビ』かな……。ほら、あれ臭いでしょ?」

「匂いがわかるほど近くに来てるの?」

「いや、僕は割と匂いに敏感な方だから? それに『無魂肉ゾンビ』は動きも遅いしね」

「そ、そっか」


 風に乗って匂いが流れてくるのだろう。

 あまりデイシュメールから離れすぎてもいけないし、ここで少し待つことにした。

 木の下に移動して、草原を見渡す。

 誰も歩いていない街道。

 この二年で魔物の数は一定数になってた。

 そう、増加が止ままりつつあるのだ。

 でも巨大化は進行中で、どちらかというとそちらの方が今は問題になっている。

 商人のキャラバンは国と契約して、騎士団に護衛されなければ旅ができなくなり、そうなれば当然一般人への流通はほぼ止まってしまう。

 それでも中には、冒険者に護衛してもらいながら供給を止めないように頑張っている商人さんもいるらしい。

 しかし、魔物の巨大化はイコールより強く凶悪になるということ。

 普通の冒険者でも……倒すのは極めて困難になっている。


「どうかした?」

「わたしがここで頑張れば……いずれロフォーラにも旅人さんが戻ってくる。頑張らなきゃって思ってたの!」

「なるほど。確かにそうだね」

「でしょ!」


 魔物が減れば、商人も冒険者も普通の旅人もまた安心して旅ができるようになる。

 物流も戻ってくるし、わたしも作った薬が売れるようになるわ!

 …………でも。


「『原喰星スグラ』、縮まないね」


 見上げた空には二年前より遥かに肥大化した『原喰星スグラ』が見える。

 もう太陽や月よりも大きい。

 着実に成長している。

 その成長速度はわたしの想像を超えていた。

 最近では、成長しているのが目に見えるような気さえする。

 じわじわと、インクの垂れた紙のように……。

 空に染み込むように……。


「そうだね。でも、まだ僕が壊せるほどじゃない」

「そ、そんなに遠くにあるの?」

「うん。この星と同じくらいの大きさになって、初めて近づいてくるんだ。でもそのぐらい大きくなると、僕の黒炎でも全て焼失させるのは……」

「…………」


 あれでもまだ、レンゲくんには破壊できない。

原喰星スグラ』の原材料となるのは『原始悪カミラ』や『原始罪カスラ』。

 この『ウィスティー・エア』に充満する魔物の素。

 それを宇宙から吸い上げている。

 今の『ウィスティー・エア』はそれほどまでに澱んでいるということ。

 魔法は亜人大陸でも使えなくなってきていると、先日デイシュメールに立ち寄ったお父さんが言っていた。

 ああ、お父さんは今、シンセンさんに手伝ってもらいながら世界中の種族へ説明を行なっているの。

 さすがに亜人大陸も空の上の黒点——『原喰星スグラ』の異常性には気づいている。

『ダ・マール』をはじめとする人間の国々と、亜人の国々。

 みんなでこれからどうしていくのがいいか、情報共有と話し合いが行われているのだ。

 お父さんはその橋渡し役。

 とても、とても大変な役目だけど……『ダ・マール』の元騎士で、亜人大陸でも名を馳せたお父さんは幻獣たち……主にレンゲくんの依頼もあってか適任者なのだ。

『ロフォーラのやどり木』はナコナとレネとモネ、そして新しく雇われたスーさんとルーさんというウサギのコボルトさんたちが運営している。

 スーさんは立ち耳ウサギ、ルーさんは垂れ耳ウサギさんよ。

 あと、わたしとお父さんの身内がいるということもあり、護衛として幻獣のフウゴさんとシシオルさんが滞在してくれている。

 フウゴさんはケンタウロス。

 シシオルさんはフェンリルなんですって。


「……父さんなら、今の状態の『原喰星スグラ』を破壊し尽くすこともできたと思うけど」

「レンゲくんのお父さん……異世界に帰ってしまったんだよね」

「うん。もしくは父さんより上の、もっと上のケルベロスなら多分」

「わたしケルベロスって頭が三つあると思ってた」

「それは魔獣ケルベロスかな。同じ名前でも種が違うことってあるよ。レヴィもドラゴンだけど、クリアレウス様とは種類が違うでしょ」

「同じドラゴンで、しかも親子なのに違うんだね」


 クリアレウス様は幻獣大陸の幻獣王。

 ドラゴンだけど、白亜竜という聖属性のドラゴン。

 息子のレヴィレウス様は烈火竜。

 火属性のドラゴンね。


「ドラゴンは持って生まれた属性で種類が決まったりするみたいだからね。亜種が多いのはそのせいだと思うな。あと、最初は全くの無属性で生まれてきて、成長環境なんかで属性が決まったりする種もいるらしいよ」

「へぇ〜」


 でもわたし、今のところレヴィ様とクリアレウス様以外にドラゴンを見たことないし、他のドラゴンの話を聞いたことないわ。

 他にもいるのかしら?

 それに、他にもドラゴンがいるなら次期幻獣王ってレヴィ様やレンゲくんじゃなくてもいいんじゃない?

 そりゃクリアレウス様はレンゲくんより強い生き物は現れない、とまで言ってたけど、レンゲくんは王様になるの、嫌がってるわけだし……。

 それならやりたいっていうドラゴンさんに任せた方がいいと思うのよね。

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