十三歳のわたし第18話
『でもまずはお前を八つ裂きにしてやる! 二十万の機械兵と機械人形で! 引き裂いてェ! 千切ってェ! 魔物の餌にしてやるゥ! さあ、行け! ボクちゃまの恨みを晴らすために——』
『喋り終わった? じゃあもういい? 本体に伝えておいてくれる?』
『————。なにを?』
『『今度はお前の存在そのものを完全に焼失させる』って』
『っ……!』
意にも介さないレンゲくん。
右手の人差し指をちょっと上に上げると、地面に巨大な魔法陣が一瞬で現れる。
え? 詠唱とか唱えてないよね?
と、わたしが口にするよりも早く魔法陣が光り、自称メフィスト・グディールが叫んでいた『二十万の機械兵と機械人形』はズシン、という振動とともに浮かび上がり始めた。
自称メフィスト・グディールも、その魔法陣の中。
『ああぁぁ……!?』と情けのない声を上げながらあっという間に宙に浮かぶ。
そして、機械兵と機械人形はその自称メフィスト・グディールに引き寄せられるようにーー磁石にくっつく砂鉄のように……一箇所へと塊になっていった。
ドドンドドドン!
わたしたちの背後に大きなものが積み重なる音がして、驚いて振り返る。
五メートル以上ありそうな檻が、次々に現れては重なっていく。
え?
あ、あのどさくさに紛れて、魔物の檻をこっちに転送してるの!?
そ、そんなことできるものなの!?
鏡を振り向く。
「嘘だろ……」
漏れる声。
お父さんの呟きはそのまま連合軍の総意ではないだろうか。
二十万と驕った自称メフィスト・グディール。
自信満々、自慢していたその機械兵と機械人形は超巨大な塊として宙に浮かんでいる。
連合軍をまるごと覆えそうな大きさの影が、平原に広がっていた。
『焼失して』
黒い炎が鏡の中のレンゲくんの腕を覆うように燃え上がる。
それに呼応するように、巨大な塊と化した『エデサ・クーラ』軍に黒い炎が点った。
瞬く間に全体に燃え広がった黒い炎。
でもそれでは終わらなかった。
その直後だ。
ガン、ガン、ガン。
三回の、音。
三段階で塊は縮み、最後の音の後には空間にはなにもなくなっていた。
炎が、本当になにも遺さず…………消える。
「さっすがレンゲ兄様ー!」
「「さすがレンゲ様!」」
レヴィさんたちの賞賛の声。
いや、まあ、そりゃ、ええ、すごいわよ?
すごすぎるわよ?
桁というよりもはや次元が違う。
強いとか、もうそういうものを超越してない? ってくらい……。
「どうだ、俺様の言った通り戦いにもならなかっただろー!」
「あ、あ、ぁ、あぁ」
「あれこそが幻獣の頂点! 王獣種たる幻獣ケルベロスの血を引くレンゲ兄様の真なる力! 『ウィスティー・エア』最強! レンゲ兄様は創世神『エア』の下で修行したこともあるし、なんと『エア』の兄弟の息子の息子なんだからな! あのくらいわけないぐらい強いんだ! ふははははははは!」
「え、『エア』の兄弟の、なんだって?」
「余計なことは言わなくていいって、いつも言ってるよね……レヴィ」
「ヒッ!」
胸を張っての高笑い。
レヴィさんのレンゲくん自慢はそろそろ慣れてきた。
なにやら聞き捨てならないことを言っていた気がするけれど、レンゲくんが転移して戻ってきて、レヴィさんの頭をアイアンクローするもんだから喉が詰まる。
き、聞いてはいけないのね。
お父さんもわたしも命が惜しいので聞き流すことにした。
「マルコスさん」
「ひぇ! お、おう」
「悪いんだけど、シンセンと一緒に連合軍へ『
「!」
『壺の中の小人』。
確か、意思を持った『
え? なんで?
それはレンゲくんが燃やしてしまったって……。
「多分『エデサ・クーラ』は作ってしまったんだ。新しい『壺の中の小人』を。……二千年前の記憶があったのには僕も驚いたけど……『
「そ、そうだな……あんなデカブツに惑星ごと呑まれたら、それは全ての生き物の危機だもんな……。わかった、俺にできることはやる。シンセン、頼む」
「承知」
「ティナは浄化の効果範囲の確認をしよう。馴染んでいたとしても最初のうちは大した距離ではないと思う。エウレの背中に隠れて近づいてみて」
「う、うん、わかったけど……」
ギリギリギリギリ……。
背後に立ったレンゲくんにより、首に右腕が回され、額に左手があてがわれてうわ向かされているレヴィさん。
声も発することができず、綺麗に締め上げられている。
シンセンさんは名指しされたことをこれ幸いとばかりにお父さんと『連合軍』側へ転移していき、エウレさんはシレッとわたしの前に立つと「さあ、参りましょう! 聖女様!」と片手を腰にあて、指先を掲げて進み出す。
こ、この力関係……。
「ほ、ほどほどにしてあげて……」
「うん、すぐ終わるよ」
ごき。
……直後に随分物騒な音がした。
ブクブク白い泡を吹き、膝から崩れ落ちるレヴィさん。
お尻だけを残し、沈んだ。
「ティナに攻撃しようとした魔物は消炭も残さないから安心して」
「…………うん」
さあ、と笑顔でエウレさんの背後へ促される。
エウレさんは親指を立てているが、レンゲくんは笑顔のまま「エウレとシンセンはレヴィが余計なことを言うのを、いつもとめないよね?」と言われて顔を青くしていた。
*********
「五メートル?」
「う、うん」
その日の夜。
『デイシュメール要塞』、四階の食堂でお父さんに効果範囲を告げた。
わたしの『
効果そのものは出たのよ?
蛇や鳥や獣が、元になった動物になった時は感動すらした。
人畜無害な家畜たちもいてちょっと驚いたくらい。
とりあえず、それらの動物は野生はそのままリリース。
家畜は『連合軍』に預けてきた。
「……想定していたより距離が短いな」
「うん。でもまあ、馴染みたてでは仕方ないよ。むしろ人格に影響もなさそうだから安心した。ただ、『魔寄せの結界』はもう少しティナに『
「それまではどうするんだ?」
「『ダ・マール』他、各国で魔物に関して対処依頼がきているよね? それを僕ら……というか、ティナに処理してもらおう。護衛は僕らがするから心配しなくていい。……それとも、心配?」
「いや、全く」
お父さんが真顔で首を横に振る。
そうね、わたしもそこは心配全くこれっぽっちも心配じゃないわ!
あんなものを見せられたあとでは……。
「もちろんティナが『いいよ』って言えばの話だけど……」
「もちろんいいわよ」
「「さすが聖女様……!」」
後ろでエウレさんとシンセンさんが呟く。
振り返って『聖女』呼びを訂正させようとしたが、そのあまりにも腫れた顔を直視できずに姿勢を元へ戻す。
レンゲくん、過剰報復すぎではないでしょうか。
治療薬、下級と上級の二つしか持ってきてないのよね……。
聖魔法で治るかしら、あの腫れ。
痛々しくて見てられない。
あと、失礼にも少し笑いそうになる!
「じゃあ『ダ・マール』などの国々との橋渡し役は、シンセンとマルコスさんにお願いするよ」
「お前さんはやらないのか?」
「僕はクリアレウス様の代理にすぎないし、絶対怖がられるもの」
「…………まあ、そうだな」
否定しないお父さん。
前のめりになりつつ、顎を右手でさする。
昼間のアレを、『連合軍』は見せつけられたのだ。
助けられた側であるにしても、初見のインパクトは拭えない。
わたしとお父さんはレンゲくんが幻獣で、次期幻獣王に指名されるほど強いと知っていた。
そんなわたしたちですら、驚きすぎて声も出なかったのだ。
『連合軍』側からすれば『エデサ・クーラ』よりも危険な脅威が現れた、と感じるだろう。
お父さんとシンセンさんが昼間フォローを入れたが、人型のレンゲくんと面識のあるリコさんと、獣型を見たことのあるギルディアス団長以外、恐怖で固まったままだったらしい。
というか、あんな力を持つレンゲくんが全能力を注いでも、宇宙の『
そう思うと、『
あんなものをこれ以上、大きく、そして近づけてはならない。
あれをなんとかする術が……希望がわたしの持つ『
「あ……けど、そうなると『ロフォーラのやどり木』が……」
わたしと、そして幻獣と人間の国々の交渉役を行うとなると、お父さんも宿屋の運営は難しくなるのではないかしら。
するとお父さんは肩をすくめて見せる。
仕方ないさ、ってこと?
でも……。
「それなら元奴隷だった人たちを何人か雇ってあげたら?」
「へ?」
レンゲくんがソファーへ背を沈めながら微笑む。
あ、そう、いえば……。
「その人たちは今どこにいるの? ご飯とか食べてる?」
「兵士用の部屋がたくさんあるでしょ? ただ食糧は不安かな。幻獣大陸から持ってきたけど、百人近くいるからね……」
「そんなにいたのか」
「レヴィが壊した上階部が直るのはおかげで早かったよ」
にっこり。
横に座るレヴィさんがまた顔を背ける。
レンゲくんは微笑みながらもまだそのネタ引きずるのか。
昼間に一度落とされたレヴィさんは、だいぶ静かになったんだし、許してあげればいいのに。
「『ロフォーラのやどり木』で何人か雇ってあげたら、いいよ。あの地は霊脈が通っていて実りも豊かだしね」
「そうだな。人手不足はそれで解消するが……そもそも街道が閉鎖されてて今は客足が、なあ」
「そ、そうですね……」
ナコナとレネ&モネでも十分回りそうな客足のなさ!
お客さんとして泊めるのもなにか違うし、百人近い元奴隷か……。
「あ、リコさんたちに頼んで……」
「いや、『ダ・マール』にその余裕はないだろう。難民の受け入れだってまともにしていないんだぞ」
「そ、そうか……」
なんでもかんでも『ダ・マール』を頼ることはできないのね。
困ったな〜。
「ここで養うことは無理なのか?」
「ん? どういう意味?」
「表に使ってない平地がたくさんあっただろう? 要塞なんだからいくつか畑や厩舎があるのは普通だろうに、それもない。あの平地を畑にして自給自足はできないのかってことだ。部屋数は余ってるだろうし……」
「そ、そうか!」
わたしも表のすっからかんな平地は気になっていた。
こんなに土地を持て余してもったいない。
畑にすればいいのに、って!
そうだわ!
「それに、ここはロフォーラとは土地質が違うからロフォーラで育てられない植物も育つかもしれない! 香辛料の材料や、コヒ豆とか!」
コヒ豆。
いわゆるコーヒー豆。
焙煎には錬金術を用いる。
ちなみに、コヒ豆の焙煎専門の錬金焙煎師というのも存在する。
それほどまでに上流階級から愛される嗜好品なのだ。
もちろん平民にも出回ってるけどね。
もしかしたら一般人に最も身近な錬金術師の中では、錬金焙煎師の数が最も多いかもしれない。
リコさんやわたしのような錬金薬師からすると、微妙に一括りにされるのは「うーん?」となる人たちではあるけど。
それでもやはり職人レベルではすごい人も多いらしいしね。
「そ、それってチョコレートの原料も!?」
がた、っとレンゲくんが立ち上がる。
ちょ、チョコレートの原料。
そ、そうね、数種類の香辛料の原材料……確かにこの土地ならロフォーラよりは育ちそう。
「う、うん。そうね」
「じゃあちょっと地震を起こして土地を柔らかくしてくる」
「レンゲ様!?」
「お、お待ちくださいレンゲ様!?」
「じ、地震!? ちょっと待ってなんかそれは違うと思う!」
地震ってちょっと規模がおかしいし、土地を柔らかくするって液状化じゃないわよね!?
液状化って埋立地とかに起こる現象だと思ってたけど、レンゲくんならやりそう!
「無理やり土地質を変えたら、育たなくなるかもしれないよ!」
「え……! じゃ、じゃあやめておく……」
そんな軽いノリで地震起こされたらたまらないわよ!
も、もう、甘いもののことになると見境いがなくなるんだから。
………………なるほど、確かに『甘いものに目がない』わね。
ちょっと甘く見てた。
甘いものだけに。
「ま、まあ、それならこの土地で香辛料の原材料生産をしてもらって、それで生計を立ててもらうってのはどうだ?」
「あ、それはいい考えですお父さん! 香辛料の原材料は亜人大陸に行かないと手に入らないものもあるし、生産地や生産量がバラバラだったりで集まりにくいんですよね……」
「これだけ高くて頑丈な壁の中なら、ラックも育てられるかもしれないな」
「それは名案です!」
ラック。
この世界の代表的な家畜。
牛のように大きくて、豚のように丸々として、鳥のように鳴き、猪のように強い。
味は生産者によって大きな差が生まれ、牛のようだったり豚のようだったり鳥のようだったり羊のようだったり魚のようだったりする。
この世界のチーズやバターは主にラックのお乳が使用されるのよ。
こちらも生産者によって形や味や食感など、差がすごい。
万能に思えるが、大きくて性格が凶暴な個体だと襲われれば死者を出すほどなので生育はなかなか難しいのだそうだ。
……なのでまあ、高くて頑丈な壁が、ね?
「それに立地も悪くない。『ダ・マール』から『エデサ・クーラ』へ攻める時には、必ずこの要塞が邪魔になっていた。だがこっちのもんになっちまえばここほど優秀な砦はない。『連合軍』の駐屯地としても使えるだろう。人手もあることだしな」
「そうだね、ここは『世界のおへそ』。特に大きな霊脈がある地だ。野菜や果物、穀物などの農作物はよく育つだろうね」
「ほんと!?」
じゃあ定番のポーテトやキャロロト、オニュオン、ティマートを作って、香辛料系とコヒ豆と、あとロフォーラでは気候の合わない野菜や果物と……。
きゃー、色々作りたいものが〜!
あとでリスト作っておかなきゃ〜!
「だが人が集まればティナの存在を隠すのは難しくなる。珠霊人であることは隠せても、『
「!?」
「難しいだろうね。でも、ティナに手を出すイコール僕らを敵に回す、だよ? そこは周知してもらわないと……」
ゆらりとレヴィさんが頭を上げる。
レンゲくんの目元の笑みは先程レヴィさんたちへ向けられたものと、また質が違う。
わたしの背後に控えていたエウレさんとシンセンさんからも、薄ら寒いものを発している気配……!
「………………。ん、んん、そ、そうだな……」
『デイシュメール要塞』にいた元奴隷さんたちは、レヴィさんがこの要塞を落とすところを見ている。
そして、今日のレンゲくんのアレは各国の騎士が集まった『連合軍』がしっかり目撃していたわけで……。
お父さんが言葉に詰まった後、表情を引きつらせつつしぼり出す。
「そんなバカはいないだろうな……」と。
十三歳のわたし 了
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