第33話


 戦いやすいことが不満であった。


 常人では持つことも一仕事な大剣を軽々と振るい、群がる子蜘蛛をなぎ倒す。

 狭い洞窟を進んでいたときよりも格段に早い一歩をどんどん踏み出しながら、アドラは感じる感情にはっきりと理由が分かりながら不満を感じていた。


 時々思い出したかのように視界に入れる彼は、彼女からすれば危なっかしい所はあるものの、子蜘蛛程度であれば問題がない動きを取っていた。

 持ち前の筋力と無尽蔵とネタにされた体力で鉄の塊のような大剣を振り回す自分とは異なり、彼は自分と相手の立ち位置を常に考慮し、自分だけではなく相手の力も利用しながら器用に杖で相手を倒していく。


 そんななかでも、彼は抜け目なく魔法で親玉である母蜘蛛を狙っているのだが、その狙うタイミングが毎度毎度彼女を囲む子蜘蛛の数が増えた時ばかりなのであった。

 当然、魔法から母蜘蛛を守るために多少ではあるが、子蜘蛛の数が減る。それもすぐに元に戻るが、彼女からすればその一瞬さえあれば大群に風穴をこじ開けて先に進むことが出来る。


「チッ」


 母蜘蛛を狙っているのはそれはそれで本気だろう。その上で、しっかりと彼女の援護になるタイミングで残り少ない魔力を温存しながら魔法を放つ。

 なんとも動きやすい環境を作り上げていく彼の行動に、いけ好かないどこぞの馬鹿の顔を思い出し、かつ、それを敵であるはずの魔族が作り上げてくれているということ、

 なにより、

 自分自身に対して苛立ちという名の不満が彼女の中でどんどんと膨れ上がっていた。


「あぁ……ッ」


 顔を伏せた彼女に、好機と見て多数の子蜘蛛が飛び掛かる。


「鬱陶しィ!!」


 その結果、多数の子蜘蛛が怒りの暴風と化した彼女によって粉砕されていった。

 また一歩。

 彼女は母蜘蛛へと近づいた。



 ※※※



「落ち着いて退治しろ! 落ち着けば簡単に倒せる相手だ!」

「塀越しに槍で突け! 乗り越えてきたヤツらは一匹ずつ棍棒で叩くんだ!」

「女子供怪我人は親父の家へ! 窓も全部閉じて一匹も中へ入れるな!!」


 アドラ達が母蜘蛛のもとにたどり着いていた頃、ハコブの村には危機が迫っていた。囮となってくれているハコブ達を無視した一部の鬼蜘蛛オグリージャが村を襲っていたのである。


 戦えない者たちが混乱に陥るなか、ハコブが残した手練れたちの行動は早く、そして落ち着いたものであった。

 戦えない者、怪我をした者たちを村で一番頑丈なハコブの屋敷へと先導し、下っ端たちを指揮して村を囲む塀を頼りに一匹ずつ確実に仕留めていったのである。

 彼らの村は、背後が岩山になっている天然の要塞であり、守るべき箇所が少ないこともまた一度混乱に陥った者たちが落ち着きを取り戻しやすくなる要因にもなっていた。


「大丈夫だよ、モニカちゃん。僕がついているからね」


「おー……」


 村の女子供たちがどんどんと入ってくる状況に不安げになるモニカの手を、レオが優しく握ってあげる。

 左手に感じる少年の温かさに安心しながらも、彼女は逆の手で脱げてしまわないように必死で帽子を守る。


 少し早熟な少女の照れ隠しも合わさって行動だったのだが、帽子を押さえて顔を隠す彼女の行動を恐怖からだと勘違いしてしまったレオは、握る手により力を込めて彼女に可能な限り優しい声をかけていく。


「ママほどじゃないけど、僕も少しだけ戦えるんだよ。だから、もし鬼蜘蛛オグリージャが来ても僕がやっつけてあげる!」


「……きたいしている」


「うん!」


 勇敢な少年と一見すると恥ずかしがり屋な少女の言動に、屋敷に避難していた人たちが微笑ましい笑みを浮かべてしまっているのを彼らは気付いていなかった。


 館の中に広がる不安を取り除いていたとは知りもしないで、彼はどんどんと少女に話を投げ続ける。

 飛び跳ね続ける会話の内容は、ついには好きなシチューの具材にまで発展しているのだが、そこまで行くと村の子どもたちも黙っていることが出来なかったようで、襲撃を受けているというにも関わらず、屋敷のなかで子供たちによる大討論会が開催されてしまっていた。


「……レオ」


「うん?」


 くいくい、と彼の服の裾を引っ張りながら少女が小さい声で呼んでくる。

 シチューの肉は鶏肉党と牛肉党、そして少数精鋭のトカゲ肉党の三党が大接戦を繰り広げているなか、少年と少女はこっそりと部屋の隅へと移動していく。


「ありがとう」


「え? なにが?」


「手。あったかい」


「ああ」


 少女が言う感謝の意味を理解して、彼は微笑む。アドラがこの場にいれば、我が子は天使のようだと泣き叫んでいたことであろう。


「全然大丈夫だよ! だって、僕は……、あー……」


「おー?」


 珍しく言いよどんでしまった彼の顔をモニカは不思議そうに覗き込む。

 やっちゃったァ……、とまさに顔に書いてある彼であったが、少し悩んだあと、まあいいかと少女の瞳をしっかりと捉えて、


「だって、僕は勇者だもん!」


 元気いっぱいに胸を張った。

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