第88話 別れ/addio

 テスター御一行を追い抜き、30分ほど走ったところで冒険者や騎士団がキャンプを張っていた場所に合流する。

 テスターたちは、砂嵐のせいで更に遅れをとったようで、まだ合流しそうな気配は感じられなかった。


 キャンプの端のスペースに馬車を留め、三人娘を降ろしていると、一番手前の大きいテントから、くすんだ金色の鎧を着た人物が出てきて、足早にこちらに向かってくるのが見えた。


「ジェラルド団長! おはようございます。昨日は私のわがままを聞いて頂いて本当にありがとうございました」

 馬車から降りたヴェールが、いち早くジェラルドに気づくと、親愛のこもった瞳で挨拶した。


「おお、やはり皆さんでしたか。おはようございます。無事に到着されて何よりです」

 ジェラルドが相変わらずの爽やかな笑顔で、胸の位置に拳を当てながら頭を下げて挨拶をしてきた。


「あ、おはようございます」

「「おはようございます」」

 俺とルージュ、アマリージョが続けて挨拶しながら頭を下げる。


「ヴェール様。お早い到着でなによりです。それで・・・村の様子はいかがでしたでしょうか?」

 ジェラルドは頭を上げ、ヴェールに歩み寄ると、人の良さそうな笑顔を浮かべて彼女に尋ねた。彼の笑顔は嫌味のない、本当にいい笑顔だ。


「はい。お陰様で有意義な時間を過ごすことができました」

 ヴェールはにっこり微笑むと、うれしそうに答えた。


「それは、なによりですね」

ジェラルドがさらに目尻を下げて、優しく微笑んだ。


――テスターより、こっちの方が100万倍お似合いに見えるけど・・・

 そんなことを思いながら、ぼんやりとヴェールとジェラルドのやりとりを見ていると

「それと・・おや?  テスター達の姿が見当たらないようですが?」

 ジェラルドが眉間に皺を寄せると、怪訝そうな顔をして辺りをキョロキョロと見回す。


「あ、アイツ・・いえ、あの人たちなら、来る途中に出た魔物を追っ払うって言ってたわよ」

 ルージュが、あわてて言い直しながら、ジェラルドに告げた。


「魔物!?  を・・・ですか? あのテスターが? おぉ! それは、それは。やっと彼にも副団長としての自覚が芽生えてきたか・・・うんうん」

 ルージュは、テスターが俺たちに投げかけてきた言葉をそのまま伝えたが、とてもじゃないがアイツにそんな気概があるわけがない。俺たちに嫌味が言いたかった故の言葉だったのだろうが、真実を知らないジェラルドは嬉しそうに納得している。


――まあ、そんな事を言っていたのは確かだし、実際、魔物と出会わないとは限らない。

 基本的に嘘はついてないし、これ以上余計なことは言わずそっとしておくほうが良さそうだ。


「では、ヴェール様はこちらへ。出来ましたら、冒険者たちに労いの言葉をかけて頂けると皆、喜びますので。それと君たち、この度はご助力、そしてヴェール様の護衛、改めて感謝したい。たいした礼は出来ないが、ハンク市の冒険者ギルドの方へ口を利いておくので、全額とまでは行かないが、少しばかり討伐金を出せるよう計らっておこう。いつでもいいので機会がある時に顔を出して欲しい。えーと、チーム名は・・・」

 ジェラルドがスマートな仕草でヴェールを促す。そして改めてこちらを向き直すと、真摯な瞳で俺たちに感謝の意を述べた。


「エンハンブレです!!」

 俺が口を開くよりも先に、ルージュが胸を張って答えた。


「エンハンブレ・・・星屑・・・なるほど。いい名前だ。いずれ君たちなら、星屑ではなく、大きな星になるだろうな。期待しているよ。ではヴェール様、参りましょうか」

 ジェラルドが爽やかに微笑むと、俺たち三人の顔を見渡し力強く頷いた。


「はい・・・ではクロードさん、ルージュさん、アマリージョさん。今回は何から何までお世話になり、ありがとうございました。では、また必ず・・・」

 ヴェールは、一瞬寂しそうな笑顔を浮かべると、名残惜しそうに頭を下げた。


「団長さん、お気遣い感謝します。報酬の件もありがとうございます。すぐ取りに行くことは出来ないかも知れませんが、必ずギルドの方に顔を出すようにしますので。それからヴェー・・・シスターもお元気で」

 俺はジェラルドにお礼を言い、ヴェールに別れを告げた。

 別れと言っても、スマホがある以上、会話だけはすぐに出来るわけだが・・・


「シスター・・・救って頂いた命、大事にします。本当にありがとうございました」

 アマリージョがヴェールの手を両手で握りながら、頭を下げた。


「どこにいても、困った時はすぐ連絡しなさいよ。すぐ駆けつけるから!!」

 ルージュは耳のイヤホンを指さしながらヴェールに向かってウインクし、アマリージョの手の上からさらにヴェールの手を握りしめた。


「はい。皆さん、ありがとうございました。あと、ヒカリさんも」

 ヴェールは、潤んだ瞳でそう言いながら髪をかき上げて、ジェラルドに見えないように耳に着けたイヤホンをこちらに見せてきた。


『はい。こちらかも話しかけたりしますが、いつでも、連絡してくださいね』

 ヒカリが皆に聞こえるようにイヤホンを通じて返事をする。

 4人で視線を交わし、微笑み合う。一瞬にしてこの場に温かい空気が流れる。キザな言い方かも知れないが、離れていても俺たちはいつだって繋がっている。全員が同じ事を思っているのがわかった。


――ああ、これで、しばらくお別れか。次に会えるのは、いつ頃になるかな・・

 一瞬、寂しい気持ちが胸をよぎるが、努めて明るく別れるようにしよう。二度と会えないわけじゃないんだし。


「では、皆さん、お元気で」

 ヴェールが頭を下げると、寂しそうな顔をしてこちらを見た。


「じゃあねー!! まったねー!」

「お元気で・・いずれまた!」

 ルージュとアマリージョが、寂しさを振り払うように元気に手を振る。


――俺も、年長者として、最後に何かカッコイイ言葉をかけて別れなければ・・どうしよう、何て言おう・・そうだっ!


「お、お達者でっ・・!!」


「「「!?」」」


 ルージュとアマリージョが同時に吹き出す。ヴェールも吹き出すのは何とか堪え、笑顔で一礼すると踵を返し、ジェラルドと共に歩き出して行った。


 ヴェールの後ろ姿を見送りながら、ルージュとアマリージョに散々バカにされ笑われたが、


「でも、笑顔で別れられて、結果良かっただろ?」

 と俺が言うと、ふたりとも「それもそうね」と妙に納得してくれた。

 最後に俺の言葉で笑ったヴェールの笑顔は最高だったし、瞳はいきいきと輝いていたことに彼女たちも気づいていたらしかった。


     ♣


「さて、帰るか・・・」

「でも、クロードさん、このまま帰ると、途中で会っちゃいますよ・・」

 アマリージョが嫌そうに顔をしかめると、俺の袖を引っ張った。


「あっ、そうか・・・せっかく、いい感じのお別れだったのにな・・・」

 良い気分を一瞬で台無しにされた気がして、アマリージョと二人でどんよりしていると


「それならさぁ、途中で待ち伏せして、ちょっとイタズラしない?」

 ルージュがニヤニヤしながら、声をひそめて提案してくる。


「「えっ!?」」

 俺とアマリージョが同時に声を上げた。


「ルージュ!! なんて素晴らしい事を思いつくんだ君は! 天才か!」

 思わずルージュの手をとって喜ぶ。


「えっ!?  クロードさん! 何言ってるんですか?」

 アマリージョは、俺と真反対の意見だったらしく明らかに戸惑っているようだったが、ルージュと二人でお構いなしに話を進め、作戦を練っていく。


「よし! そうと決まれば、ヒカリ、テスター達の現在位置と待ち伏せに適した地点と割り出しを」

 ヒカリによると待ち伏せ地点は、5分程村へ戻った途中の森の中だった。

 イタズラといえば可愛らしいが、これは完全にイタズラという名の仕返しだった。アマリージョをルージュと二人で説き伏せて、3人で森の中で待機する。

 ほどなくして、村の方から人影が近づいてくるのが見えた。


「お、見えてきた。ん? けど・・・なんかおかしくない?」

 俺は、明らかに速度が遅いその一行を不審に思い、ルージュとアマリージョに声をかけた。


「ほんとね、何かあったのかしら?」

 よくよく見てみれば、テスター達は見るからに調子が悪そうで、部下も含めて一様に青白い顔をしている。

 ルージュもそのことに気づいたようだ。


「何か・・・話をしているみたいですけど、ここまでは聞こえませんね」

 アマリージョも、俺たちと同様に異変に気づき不審に思ったようだった。


 するとヒカリから3人に対して通信が入った。

『今、話していた内容から察するに、テスター達は〝ウマヅラー〟を被って走っていたようです。最初は部下から。ところが誰一人、早く走れなかったと。それどころか、呼吸が出来ずに、現在は低酸素の状態のようですね。おそらく吐き気や頭痛といった症状に耐えているのがやっとといった感じです』


「え!? ヒカリ、あれ聞こえるの?」


『スマホで通信する感じの応用ですかね。周辺の魔素を介して読み取っています』

 ヒカリは俺の問いに当たり前のように答えてきた。


「へぇ・・すごいね。なんかもう・・・まあいいか。それよりもアレ。あいつら、とりあえずどうする?」

 仕返しする気を一気に削がれ、むしろ気の毒な気さえしてくるほど、テスター御一行様は壊滅状態だった。


「なんか私はもう、いい・・・かな」

 ルージュもあからさまに興味を失ったのか、つまらなそうに答えた。


「私は最初から、別に・・・」

 アマリージョもそう言いながら、憮然とした表情を浮かべた。


 思いも寄らないテスター達の状況に、全員が肩すかしを食らったような、不完全燃焼な思いをくすぶらせたまま、複雑な気持ちを抱いていた。


「そうだよね・・・まあ、自業自得というやつなのかな・・・じゃあ、帰ろうか」

 俺がボソッと呟くと、


「うん・・」

「はい・・」

 ルージュとアマリージョが同時に、力なく返事をした。


 結局俺たちは、後味の悪さだけが残る、やり切れないような気持ちと、溜まったストレスを解消するため、村まで森の中を真っ直ぐ抜けながら、狩りをして帰ることにした。

 魔物は見当たらず、野うさぎや野ねずみなどが数匹しか取れなかったが、それでもストレスを解消するには充分だった。


 村に戻り、村長に家に向かう。

 そして帰りに取った獲物を捌いてもらい、それをおかずにして早めの夕食を取ることになった。


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