第86話 副団長御一行様/Cliente non invitato

 ヴェールの予想外の態度にテスターは明らかに動揺しているようだったが、後方に控える部下達の怪訝な視線に気づいたのか、咳払いをするとすぐさま気を取り直したように高圧的な口調に戻る。


「ゴホン、で、この村の代表は誰だ?」


「はい。村長のサンノと申します。この度はこのような辺境の村へ、お越し頂きありがとうございます」

 村を侮辱され、一番腹を立てていてもおかしくない村長が、そんなことは微塵も感じさせない笑顔で、礼儀正しく頭を下げながら挨拶をした。


「来たくて来たわけじゃない・・・聖女様たっての願いだ。とりあえず明日までは滞在するゆえ、寝床と食事を提供するように。あと酌が出来る女も寄こすように」

 テスターは、侮蔑するような視線で村長を馬上から見下ろすと、鼻で笑いながら命令した。


「えっ、女・・ですか?」

 予想外の要求に、村長が一瞬戸惑ったような様子を見せた。


「フン、用意出来ないのか?」

 テスターの口元がいやらしく歪む。


「あの・・いえ、大丈夫・・・です。では、馬はあちらに馬小屋がありますのでそこに繋いで頂き、部屋はそちらの空き家をお使い下さい。必要なものは全て揃っていますので、ゆっくりして頂ければと思います。それと聖女様は・・・」

 村長は笑顔を絶やさず、テスターに丁寧に説明していく。


「あ、私はこちらのルージュさんの家に泊まらせて頂くので大丈夫です」

 ヴェールが少し慌てた口調で言った。テスター達と一緒に泊まるのはまっぴらごめんなのだろう。


「えっ!? でも、ルージュの家は・・・」

 村長がルージュの家は玄人クロードの家だと言いかけたが、思い直したように言葉を飲み込んだ。


「聖女様、そのようなどこの馬の骨ともわからない者の家に泊まられては、私の立場というものがありません。それに魔物が出る危険もあれば・・・」

 テスターは、面倒くさそうな態度を隠そうともせず、呆れた口調でヴェールに告げた。


「いえ、大丈夫です。ルージュさんは先程もお話もしましたが聡明な女性です。ですから、こちらに泊まりますのでテスター副団長もどうぞお気遣い無きようお願いします」

 ヴェールの言葉は、口調こそ穏やかだが強い意志を秘めていた。テスターが何かを感じたのか彼女をジッと見つめてこう言った。


「また、そのようなワガママを・・・百歩譲ってその娘が問題ないとしても、魔物が夜に出る危険もありますからな・・・」


「まぁまぁ、まぁまぁ・・・お話中、申し訳ありませんな。村長の母親のケナと申しますじゃ。ルージュちょっと下ろしてくれ・・・あぁ、すまんな。で、教会騎士団の方々、ご挨拶が遅れ申し訳ありませぬ。この村は辺境にあり、何も無いような村ではありますが、魔物に対する備えだけはどこにも負けないと自負しております」

 ケナ婆がゆっくりとルージュの背中から降りると、眩しそうな顔をしながらテスターを見上げる。


「は? こんな辺鄙な村がか? クッ・・はっははははっはっ それは笑わせる」

 テスターがおかしそうに声を上げて笑う。奴はどこまでも俺たちを不快にさせるつもりらしい。


「いや、しかし・・・」

 ケナ婆が口を開こうとすると、テスターはケナ婆を一瞥して大きな声で遮るように言った。


「まあいい! どうせこんな辺境には、たいした魔物もいないだろうしな。 おい、そこの娘達! この馬たちを馬小屋に繋いでおけ」


 ルージュとアマリージョが一瞬息を呑んだが、何も言わずに2人で馬を引き取り、馬屋に連れていった。一瞬振り返ったルージュの顔が般若のようだったのは見なかったことにしよう。


「では、騎士団の方々はこちらへ。家まで案内致しますので」

 村長はルージュ達が馬屋に入るのを確認してから、テスター達に移動を促す。


「あっ! テスター副団長・・では、私はこちらの方たちのお世話になりますので・・・」

 ヴェールが、再確認するようにテスターの後ろ姿に声をかけた。テスターは振り向きもせず「仰せのままに」と一言言うと、足早に行ってしまった。


「なんなんだアイツ! 本当に、心底イヤな奴だな・・大体ここまでは護衛の役目で来てるのだろうに・・・」

 ヴェールの前だったが、我慢出来ずに思わず吐き捨てるように言ってしまう。


「そうですね・・でも、いつものことですから。それに、枢機卿は良くも悪くも私が必要と考えてくださっています。ですが・・副団長は、私のことがお嫌いなのでしょう。恐らく結婚の件も親が言うからであって、本人にはその気がないかと。ですから、私の勝手でこのような所まで来て、私の勝手で事故で死ぬような事があれば、それはそれで嬉しいのかも知れませんね」

 ヴェールは、諦めたような寂しい笑顔を浮かべながら言う。こんな時の彼女はおそろしいまでに儚く可憐で、俺の庇護本能を激しく掻き立てる。


「・・・そんなことは・・・あっ! ですが! 聖女様のお命は、私達エンハンブレがいつでもお守りしますので!!」

 ヴェールを少しでも笑顔にしたくて、おどけながらポーズを取ると恭しく頭を下げる。


「ふふっ、嬉しいです・・では、よろしくお願いいたしますわ」

 ヴェールが笑いをこらえながら、わざと貴婦人風な口調で答えた。その言い方がおかしくて、二人で顔を見合わせてクスクス笑う。


「なに〜?  何二人でイチャついてんのよ!」

「キャ~、あ・や・し・いですよ~」

 突然、ルージュとアマリージョの声がして驚く。


「べ、べ、べっ別にイチャついてなんかないよ!」

 激しくうろたえながら、しどろもどろで答える俺をこの上なくニヤニヤした顔で見ているルージュとアマリージョ。なんでこのタイミングで戻ってくるんだよ・・。


「でも、鼻の下伸ばしてデレデレしてたわよ! ねっ、アマリ?」

「はい。クロードさん、あんなに鼻の下長かったかな? って思いました」

 ルージュの問いかけに、アマリージョがうなずきながら言った。


「えっ、え? そ、そんな事、ないって! ・・・な、ヴェール?」

 思わず鼻の下を指で触りながら、ヴェールに助け船を出してもらおうと、すがるような目で彼女を見る。


「ウフフッ、内緒です・・・」

 ヴェールがいたずらっ子のように笑いながら、シーッと言うように人差し指を口に当てた。


「ちょっ! ヴェール!」

 俺がそりゃないよ~と言わんばかりの情けない声を出すと、ヴェール、ルージュ、アマリージョが同時に吹き出した。


「クロード! なんて声出してんのよ! ヴェールも内緒だって〜? 素直に言わないと、こうしてやるわよ~」

 ルージュはそう言うと、ヴェールの後ろに素早く回り込み、脇腹をコチョコチョし始めた。


「!! きゃははっ、はははっ! ルージュっ、ダメだったら! きゃはは、や、やめてぇ」

 楽しそうに笑いながら身体をよじるヴェールに、ルージュの魔の手は止まらない。

 隙を見てヴェールが逃げ出すが、すぐさま追いかけるルージュ。ヴェールの笑顔は生き生きと輝いている。


「姉さんったら・・・」

 アマリージョが少し呆れたような、でもしょうがないわねぇと言って見守るよう母のような優しい笑顔で二人を見ている。


「まあ、あれがルージュの優しさなんだろうね。さっきだって・・ずいぶん我慢したんじゃない? いつ、ルージュがテスターにブチ切れるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたよ」

 はしゃぐヴェールとルージュの声を聞きながら、アマリージョの横顔に声をかける。


「私もです! 姉さんが、飛びかかる前に止めなきゃと思って様子を見てたんですけど、ずっと歯を食いしばって我慢してたみたいです。拳は少しぷるぷるしてましたけど・・あとで馬小屋で手のひらを見たら爪の跡がくっきりで血が滲んでました」

 アマリージョが苦笑しながら優しい声で言った。


「そうなんだ・・」


 アマリージョの話を聞きながら、ルージュは短気だし無鉄砲なところもあるけれど、やはりいざというときには絶対に外さない天才的な感覚があるんだなと改めて思った。自分がここで手を出せば、ヴェールの必死な思いを無駄にしてしまう。そういうことがちゃんとわかっていて、それを血の滲む思いをしても我慢していたのだと思うと、やはりルージュは凄い奴だとなぜか誇らしい気持ちになっていた。


 その後、みんなで家に戻り、ビデオを見たりゲームをしたりしながら夜まで楽しく過ごした。

ルージュが渋々提供したゲフー鳥の塩漬けは、生肉の時とは違った旨味に溢れ、ヴェールは「こんなに美味しいもの食べたことありません!」と、目を白黒させながら嬉しそうに頬張り、俺たち三人はその光景を微笑ましく眺めていた。


 お腹がいっぱいになった俺は、昼間の疲れもあって、いつの間にか倒れ込むように寝てしまったが、ルージュ、アマリージョ、ヴェールの3人は、夜更けまで男子禁制の〝秘密の女子会〟を楽しんでいたらしいと聞いて、なんだかひどくもったない事をしたな・・・と後悔した翌日の朝だった。

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