第83話 緑/verdura

 ヴェールの歓迎会というべきか、ピーチティーでの乾杯の会が一段落ついたのを見計らって、戸棚に向かい引き出しを開ける。


「じゃあ、ヴェール・・・スマホ、この中から好きな色をどれでもいいから選んでよ」

 ヴェールに声をかけながら、引き出しの中から数台のスマホを取り出し、机に置く。


「私は情熱の赤、アマリが希望の黄色で、クロードは腹黒の黒よ。同じ色が無いから早い者勝ちになっちゃったけど・・・ヴェールは好きな色とかあるの?」

 ルージュが、ヴェールの前にスマホを綺麗に並べながら尋ねた。


――え? 俺、腹黒だったのか・・・


「えーと・・では、私は青にします・・・」

 ヴェールが、遠慮がちに青色のスマホに手を伸ばす。


「あ、その青、空の色みたいで綺麗ですよね! なんだか・・ヴェールさんっぽい感じの綺麗な色です」

 アマリージョが、ヴェールの手に取った青色のスマホを見ながら嬉しそうに言った。


「あぁ・・・青空・・そうですよね。私は、涙の色みたいだなと思ってしまって。これまでの事を思い返せば、悲しい事も多かったんですけど・・・立場上、自由に泣くことも許されなくて・・・」

 ヴェールが苦しい胸の内を打ち明けるように、切なそうな表情で呟く。


「ヴェール! そんな・・そんな理由で青を選んだらダメよ! せっかくなんだから、悲しくない・・・楽しい色にしたほうが絶対いいわ! 元気が出る色っていうか・・。なんなら、私と同じ赤に塗り直してもらうっていうのもいいわね!」

 ルージュは真剣な顔をしてヴェールの手を握りしめ、必死に訴えかける。


「・・・よね。そんなの、ダメですよね・・・ごめんなさい」

 ヴェールが自嘲するように笑いながら、ルージュを見つめる。


「私は、別にダメじゃないと思いますよ。姉さんも・・心配なのはわかるけど、そんな言い方したらヴェールさんがびっくりしちゃうでしょ。それで、私に一つ提案があるんですけど・・」

 アマリージョが、絶妙なタイミングで口を開いた。彼女は常に、物事の全体を見ていて、ここぞと言う時に必ず、みんなが納得できる形で落としどころをつけられる、天才的な感覚を持ったバランサーと言えるだろう。

 これまで、彼女に救われたことが何度あったことか。


「提案って?」

 ルージュは、まだ不服そうではあったが、こういう時のアマリージョの話は聞くべきだと本能的にわかっているらしく、小さく「ごめん」と言って、ヴェールの手を離した。


「確かに・・ヴェールさんが青を選んだ理由はとても悲しいと思います。でも、それを真っ向から否定するんじゃなくて・・その色に、何か他の色を足すっていうのはどうですか?涙だって、悲しい涙だけじゃなくて、うれし涙もあるし、笑いすぎちゃって流す涙もあるでしょ? それに、涙のぶんだけ強くも優しくもなれるって言うし・・。例えば、青に姉さんの赤を足して紫、私の黄色を足して緑とか・・・」

 アマリージョは控えめながらも、この上なく素晴らしいと思える提案を口にした。


「アマリっ!! それいい! すごくいいわ、さすが私の妹っ!!」

 ルージュがアマリージョに駆け寄り、もの凄い勢いで抱きつきながら言った。


「色を足す・・。すごくいい発想ですね。・・情熱の赤、希望の黄色・・・そうですね、それぞれを足すと、紫・・、緑・・・」

 ヴェールは何でも真面目に考えすぎるところあるようで、色一つ決めるにも、難しい顔をして考え込んでいる。


「あっ! ヴェール・・青に、俺の黒を足して藍色っていうのも、落ち着いたいい色かもよ? なんかシックでさ・・・って、おい!」

 誰一人俺の話を聞いちゃいない。

 ヴェールは顎に手をやり、真剣なまなざしでスマホを見つめているし、ルージュとアマリージョにいたっては抱き合って、きゃあきゃあ騒いでふざけている。

 はいはい、また俺は透明なんですねと一人、肩をすくめていると、突然ヴェールが大声でこう言った。


「うん・・決めました!! 緑にします! 青色の涙に、希望の黄色を混ぜて緑。どんな涙であっても、決して希望を失わないように・・。私が、子供の頃に住んでいた孤児院の周りは豊かな緑の木々に覆われ、いつも遊びに行っていた丘は一面、緑の草原でした。そこが私の原点で目標・・・希望なのかも知れないです。それに、緑は人々の癒やしでもありますから・・・」

 ヴェールは、何かが吹っ切れたように清々しい笑顔を浮かべると、緑のスマホを手にとり大切そうに両手で包み込む。


「いいじゃない! でも、青のベースは譲らないのね・・赤でも良かったと思うけど・・・ヴェールって意外と頑固なのね。でも、ヴェールらしい、いい色だわ! まあ、そもそも紫は・・・綺麗だけど聖女って色じゃないものね」

 ルージュが笑顔でそう言うと、アマリージョも横で嬉しそうにウンウンとうなずいている。


「はい! これからは・・もし、涙を流すことがあっても、決して希望を捨てない・・そして、私の原点である緑を忘れないように。それで、いつか・・ルージュたちに、私はこんなに幸せなんだって笑顔で、胸を張って言えるような・・そういう人生を送れるように頑張ります!」

 そう宣言したヴェールは、相変わらず小さく、可憐な姿のままのはずなのに、なぜか、別人のように逞しく見えた。強い意志を持った彼女は、まるで小さな巨人のように頼もしい。


「そうよ! ヴェール。いい感じだわ!! じゃ・・そろそろ、お腹も空いたことだし、みんなで晩ご飯の支度をして、パーティーにしましょう!」

 ルージュがヴェールに抱きつきながら頭をクシャクシャに撫でている。

 たしか同じ年のはずなのに、全くそう見えないよな・・・ルージュのボス感が半端ないのか、ヴェールの小さくて可愛い小動物みたいな雰囲気がそうさせるのか・・・でも、性格は全く似ていないし、一見あんまり合わなさそうなのに、なんか気が合ってるっぽいのが不思議だな・・そんなことを考えていると、アマリージョが歓喜の声を上げる。


「キャー!! 姉さん、それはいい考えね! パーティなんてワクワクしちゃう! 美味しいものたくさん準備しなきゃ・・あっ、姉さんも隠してるゲフー鳥、出してね!」


「!! ちょ、ちょ、ちょっとアマリ! なに言ってんのよ!? え、なにそれ? そんな鳥がいるんだ~。へぇ~、へんな名前ね! ・・・なによっ! その目は? 疑ってるの!? スマホの中に隠したりしてないわよ! 失礼ね!!」


「・・・」


 アマリージョがルージュを横目で睨むと、ルージュが気まずそうに視線を逸らした。やはり彼女は、バカがつくほど正直者で、嘘が苦手のようだった。そんな時、突然ヒカリから通信が入った。


『――玄人クロード、テスターが・・・』

 とうとう来たか・・。なるべく考えないようにしていたが、やはりこの瞬間は訪れた。


「あの・・楽しい時間に、水を差すようで悪いんだけど・・・テスターが、あと30分くらいで村に着くって。今、ヒカリから通信が入った・・・」

 俺が悪いわけでもないのに、なんだかひどく悪いことをしている気分で、気が滅入る。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


 俺の言葉に、3人のテンションが一気に下がり黙り込む。先までの楽しい、暖かい部屋の空気が一瞬にしてマイナスになったような、そんな気がした。



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