第61話 代理人契約/Contratto d'agente

 階段を降りながら、ふと窓の方に目をやると外はすっかり暗くなっていた。

 ずいぶん長い時間、作業していた実感が今さらながら湧いてきて、なんだか身体が重く感じた。

 今日は早めに食事をとってさっさと休もう・・・そんなことをぼんやり考えながら台所に行き、とりあえず鍋に水を入れコンロに火を点けた瞬間、バタンという音と共に家のドアが勢いよく開いた。


「クロード! いるー?」

 ルージュだ。


「わっ! びっくりした。どうしたの突然?」

 そう言いながら台所から顔を出すと、ルージュとアマリージョ、それにブルーノが立っていた。

 

「あれ? こんばんは、ブルーノさん。ルージュとアマリも・・・何かあったの?」

 思いがけない顔ぶれに不安を覚え、訝しげな視線を向けてしまう。


「あ、いえ、明日の朝一で村を発つのでご挨拶を、と思いまして・・・」

「私たちは付き添いよ」

「突然来ちゃってすみません」

 ブルーノが警戒する俺をいち早く察知し、あわてて弁解するように口を開いた。

 ルージュは相変わらず何も気にしてない様子だったが、アマリージョは俺を気遣って申し訳なさそうな顔をしている。


「あ、そうなんですか。ブルーノさんもお忙しいのに、わざわざすみません。ルージュとアマリもありがとうね」

 一瞬でも訝しんでしまったことを、申し訳なく思いながら笑顔で取り繕う。


「いえいえ、挨拶しておきたかったのも事実なんですが、村長からも頼まれ事をされていたので」

 ブルーノが少しほっとしたような様子で言う。


「・・・頼まれ事ですか?」

 考えを巡らせてみるが、なにも思い当たることがなかった。


「あ、そんなに大したことではないのです。以前にも話に出ました領主様への報告の件ですから、改まってということではありません」


「報告? あぁ、渡り人に関することでしたっけ?」


「そうです。一応、村長さんからも頼まれましたので。クロードさんに報告、というかどちらかというとお願いですかね・・・これは」

 ブルーノがこちらの様子をうかがうように、ちらりと視線を向けてくる。


「・・・はい、わかりました。とりあえずお茶でも出しますので、座ってください。ルージュとアマリも」

 そう言って3人を座らせ台所に行くと、ちょうどタイミングよくお湯が沸いたところだった。戸棚からティーバッグを取り出し手早く紅茶を淹れる。


「すみません、お待たせしました。この前とちょっと味が違う種類の紅茶なので飲んでみて下さい。あと甘い物ですけど良かったら・・・」

 人数分の紅茶と、甘いお菓子を数種類、皿に盛ったものをテーブルの上に置いた。

 ルージュとアマリージョは、新たなお菓子に大興奮で、せっかく来たのに話には加わる気は無さそうだった。


「すみません。お気遣い頂いて」

 ブルーノはそう言って、紅茶を一口飲むと「これもとても香りが良くて美味しいですね」と満足そうに微笑み、一通の手紙を見せながら本題に入った。

 

「クロードさん。今日伺ったのは、こちらの書簡についてなんですが」


「書簡? あぁ、領主様に手紙を出すという話でしたよね」


「そうです。村長に頼まれて小麦と一緒に届ける事になっているのですが、一応、内容を確認してもらった方が良いだろうということで、お持ちしました」


「そういうことでしたか・・・でも、内容は大体把握してますよ」


「そうですか。それなら話が早くて助かります。一応ですね・・・手紙には渡り人が来た形跡ありということで、クロードさんが転移してきた場所を報告するつもりでいます。それとその場所を見つけたのは、クロードさんに迷惑が掛からないよう、ルージュとアマリということにしてあります」


「そうなんですね。 俺は別にいいんですけど、ルージュたちは大丈夫なんですか?」

そう言いながら彼女たちの方を見ると、お菓子を口いっぱいにほおばるルージュと、味の食べ比べをして いるのか目を閉じてゆっくりお菓子を噛みしめているアマリージョの姿があった。

 二人ともお菓子に夢中で、こちらはどうでも良いという感じだった。


「お二人には確認をしていますから大丈夫ですよ。それとケナ婆から厄災の眷属を見たとの報告もあったので、それも同時に報告することになっています」

 ブルーノはルージュとアマリージョを見て小さく微笑みながら言った。


「そのことについては、別に断り無くて大丈夫ですよ。俺はただ見ただけですから・・・」


「そうは言いましても眷属ですから。おそらくは領主様の方で討伐隊を組織して、討伐に出るようになると思います。詳しい情報がほしいと言われたら、さすがに〝知らない〟では通りませんので・・・ですからこれについてもお二人が見たという事にしてあります」

 ブルーノは念を押すように丁寧に説明をしてくれた。


「そうなんですか・・・いろいろご迷惑をおかけしてすみません。でも、そんなに嘘ばっかりついて大丈夫なんですか?」

 あまりの嘘の多さに申し訳ないという気持ちと同時に、いつかボロが出るのではないだろうかと不安になる。


「その辺は問題ありませんよ。見たこと自体が本当であれば・・・誰が? という点はあまり追求されませんので。むしろ情報に対して報奨金が出ますので、全部をお二人が発見した言えば、報奨金の受け取りも楽ですし、さほど詮索もされないと思います」

 ブルーノは不安そうな俺を気遣ってか、安心させるように気楽な口調で言う。


「えっ、報奨金が出るんですか?」

 思いもよらない言葉に驚いてしまう。


「はい。眷属の方は討伐後まで報奨金が出るかは分かりませんが、転移の方は異世界の物自体が高値で取引されていますので。極端な話、石ひとつでもそれなりの値段の報奨金が出ますよ」


「いし?・・・石ですか? そんなの適当に異世界の物ですとか言ったって分からないじゃないですか?」

 言われている意味がよく分からず聞き返す。


「あぁ、石と言っても、異世界の石は魔素を含んでいないので、この世界では非常に貴重な石なんですよ。加工して意図的に魔力を込めることで純度の高い、質の良い魔石が作れるんですよ」


「へぇ~、そうなんですか・・・あっ! そういえば・・・」

 ブルーノの説明に、ふと転移してきたマンションを思い出す。


「実は・・俺が転移してきた家があるんですけど、それがかなり大きくて・・・それでも報奨金って出るんですかね?」

 石一つでそれなりの報奨金と言うなら、マンションのサイズの石なら一体どんな額になるんだろうか・・そもそも支払い出来る規模なのか? さまざまな期待と不安を胸に聞いてみる。


「え! 大きいってどれくらいですか?」

 ブルーノが興味津々といった感じで聞き直してきた。


「えーと。この家のだいたい20~30倍くらい・・・? ですかね」


「!! ちょっと想像を超えてましたが・・・多い分には領主様も喜びますよ。報奨金も期待していいと思います。国による調査が終わってから、連絡が来て支払い・・ということになるはずですから」

 ブルーノは一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにいつもの調子を取り戻し、そつなく答えた。


「あの~、よかったら・・・その辺はブルーノさんに全部お任せしたいんですけどダメですか? 正直お金の価値がちゃんと分からなくて、それがいいのかどうかも、そもそも偉い人と会ったりするのも礼儀作法に自信ないです・・・」

 ブルーノの顔色をうかがいながら、弱気にお願いしてみる。


「これはこれは・・・順序が逆になってしまいましたが、今日は、その許可も頂きたくて来た次第です。分かりやすく言えば、クロードさんの代理人です。お金や国との交渉などの面倒事を任せて頂けないかと思っていたのですが・・・先に頼まれてしまいましたね。あっはっは、先手を取られても気持ちが良いのは久しぶりです」

 ブルーノは嬉しそうに笑っている。


「よかった、ありがとうございます! では、決まりということで・・・細かいことやお金の返済や運用もお任せするので、生活に必要な分だけ残して、残りは返済に充てるなり好きにしてください」

 面倒に思っていたことをすべて引き受けてもらい、なんだか肩の荷が降りたように感じて、心からホッとした。


「ほう、それは責任重大ですね。では、定期的に資産と借金の分は報告するとして、収入があった場合はその半分を返済し、残りを資産として運用するような感じではどうでしょうか? もちろん細かいことはその都度相談するようにしますが・・・」


「ねぇ! だいたい話もまとまったんでしょ? せっかくだし、ブルーノ・・・なんか美味しいもの持ってきてみんなで食べましょうよ!」

 ブルーノの話が終わるや否や、絶妙なタイミングで割って入ってきたルージュの提案で、俺の家で4人で食事をすることになり、半ば強制的にブルーノが食材とお酒などの飲み物を提供させられていた。

この世界の食事は、基本的に狩ってきた獲物を焼くだけだと思っていたが、ちゃんとした料理があるという事が分かった。

 お酒も美味しく、食べ物に関しても知った味付けのものが多くあり、ちょっと感動してしまった。

 聞くところによれば、以前に来た渡り人によって醤油や味噌といった定番の調味料と似ているものが開発されていて一般的にも使われているという事だった。


 ブルーノは非常に饒舌で、さすが一流商人と思わせる話術だった。

 みんなで食べる美味しい食事とお酒・・・時間の経つのも忘れて話し込んでいたらしく、気がついた時には、ベッドの上で朝を迎えていた。

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