第54話 配下/Minions
ブルーノ商店での買い物を全て済ませ、最後に防具用のミスリル服を仕立てるために俺、ルージュ、アマリージョの順に採寸をしてもらった。
購入した商品は、ブルーノがあとでまとめて家まで届けてくれると言うのでお願いし、その時に貴金属などの買取も依頼することにした。
帰り道、何も持たずに身軽な俺とは違い、ルージュとアマリージョの足取りはひどく慎重だった。
彼女たちの手には、購入したミスリルの武器が大事そうに抱えられている。
二人の武器も一緒に届けてくれるとブルーノは言ったが、「自分で持って帰るから!」と姉妹揃って言い張ったからだ。
二人とも、新しい武器が手に入り嬉しそうだったが、金額や後払いの件での俺とブルーノとのやりとりなどを思い出し、心中は複雑らしく、にんまりと眺めては溜め息をつき・・・ということをさきほどから繰り返していた。
何となくこの重苦しい空気を払拭したくて、
「二人ともごめんね。厄介ごとに巻き込んでしまって・・・」
立ち止まり、振り返って謝罪する。勢いとはいえ、厄災の眷属と戦うと明言させてしまったことも申し訳なく思った。
「え? 何がですか?」
アマリージョが、きょとんとした顔でこちらを見る。
「あ、いや、厄災と眷属のこと・・・」
「あぁ、そのことですか。その事は・・・」
アマリージョが答えようとすると、ルージュがそれをさえぎるように口を開いた。
「クロードが謝る必要なんてどこにもないわ。謝られるようなことなんて何もされていないんだから。それに、どちらかというと感謝してるくらいよ」
ルージュはこれまでに見たことのないような真剣な表情だった。
「え? どういうこと?」
話の意図がまるで見えなかった。
「簡単に言うとね、私たちの父さん、魔物に殺されてるの。以前に出た厄災の眷属に。結局、その眷属も厄災も王都の軍によって討伐されたけど・・・納得がいってる訳じゃないの。ただの自己満足だって事は分かってる。でも、この手で厄災を、せめて眷属を倒したいってずっと思ってた。そうしないと私たち、ちゃんと前を向いて歩いていけない気がするの。ずっと立ち止まったままじゃだめなの・・・」
ルージュは、普段とは別人のように苦しそうな表情を浮かべていた。普段は決して見せない彼女の心の内側を垣間見た気がして、胸が痛んだ。
アマリージョがルージュを気遣うように言葉を続ける。
「クロードさん。私たちにはやりたい事があるんです。まずは強くなって眷属を倒すこと。それから、母親を探すことです」
「え、でもお母さんって」
「はい。もう亡くなっている可能性のほうが高いと思います。でも、私たち母親のこと、何ひとつ知らないんです。ケナ婆さまもその事だけは、あまり教えてくれないですし・・・」
アマリージョが言葉に詰まり、少し悲しそうに俯くと、ルージュがアマリージョの背中をそっと撫でながらこちらを見る。
「まあ、そういう事なのよ。それに母親を探したい理由は、母親が亜人だからよ。正確には、亜人のハーフらしいけど。なんの種族かも分からないけど、私たち姉妹は、その血を引く三代目ってこと。なのに見た目は人間そのものだし、とても獣人族とかの血が入ってるとは思えない。不思議なことだらけなのよ。だから色々知りたいの」
「それって、そう思ってるだけで、二人ともただの人間の子っていうことはないの?」
何となく腑に落ちなくて、聞いてみる。
「もしそうなら、わざわざ自分たちのルーツを知りたいとは思わないわね。でも、私たち、普通の人間より、魔素量が多くて、魔力も強いの。大人顔負けなくらいにね。だからこそ気になるじゃない。自分たちは、誰の子で、愛されて生まれてきたのかどうか。それに、今から思えば、父さんはいつも何かから逃れて、隠れてるように生きていたの。だから、眷属を倒せるくらいの力をつけて、旅に出たいの。母親がどうしていなくなったのか、生死も含めてその全てが知りたくてね」
「そうだったのか・・・なら、さしあたっての目的は同じだね。俺も頑張るから、三人でお父さんの仇・・・仇っていうのかな? まぁ、なんでもいいや。三人で世界中の厄災と眷属を皆殺しにしてやろうぜ!」
俺がおどけてそう言うと、アマリージョが驚いたように顔を上げ、目頭を押さえながら何度もうなずく。
ルージュは、そんなアマリージョを見て、一度ぱっと顔をそむけて目尻を拭った後、
「もう、クロードったら・・・本当にバカじゃないの・・・」と言いながら、嬉しそうに微笑んだ。
♣
「ヒカリ、ただいま。留守番ありがとう」
倉庫の扉を開けながら、馬車の中にいるヒカリに声をかける。
「やっほー、ヒカリ。久しぶり〜」「ヒカリさん、お邪魔します」
ルージュとアマリージョも、後から続く。
『あ、お帰りなさい。ルージュもアマリも、新しい武器が手に入って良かったですね』
「え? なんでもう知ってるのよ、つまんない! 今から自慢しようと思ったのに。でも、クロードのおかげで手に入ったんだから、ヒカリに自慢するのはおかしいのかしら?」
ルージュが首をかしげながらヒカリに聞く。
『全く問題ありません。ここだけの話、クロードは私が操っていますので、私にお礼をしてくれたら大丈夫です』
「え゛! えぇぇぇぇぇぇ!? うそでしょー!!」
「えっ! そうなんですかーー!?」
ルージュとアマリージョが驚き、同時に叫ぶ。
「ちょっ! 二人とも落ち着いて! そんな事あるわけないでしょ。まあ、ほとんど言うことを聞かされちゃってるのは否定できないけど・・・俺は俺、ヒカリはヒカリだよ。ヒカリは俺の上司、先生みたいな感じかな」
予想以上の二人の驚きぶりに、こっちが驚きあわててフォローする。
「なんだ~、びっくりした! ほんと。ヒカリも真面目なトーンで冗談とか言わないでよ」
「そうですよ、私も一瞬、思いっきり納得しちゃいました」
――おい! 思いっきり納得って。アマリさん・・・言葉は時に凶器だからね
なんだか流れ弾に当たったような微妙な気持ちになりながらも、気を取り直し、
「まあ、冗談はいいとして、ヒカリ、ずっと何やっての?」
馬車の中で、ぼんやりと光るヒカリを見て聞いてみた。
「はい。まずは、ずっと馬車から出ずに申し訳ありませんでした。それと、そのことについては、説明より見ていただいたほうがわかりやすいと思いますので」
ヒカリがそう言うと、薄暗い馬車の中に、青く光る点が無数に現れた。
「うわぁー! すごい!」「わぁー、綺麗ですね!!」
無邪気に目を輝かせながら喜ぶ、ルージュとアマリージョを尻目に
「えっっ!? 何これ?」
目の前に広がる光景に思わず声を上げる。
「はい。これは、私の魔石を組み込んだ〝家電の魔物〟たちです」
ジャジャーーン!と言わんばかりの得意そうな声でヒカリが言う。
「て、いうか。20、いや30以上あるけど?」
馬車の中をキョロキョロと、目線をせわしなく動かしながらたずねる。
「はい。全部で43です。自律出来るサイズの魔石を組み込んだのが一体。残りは動けませんが、命令には従えます」
「魔石って・・・そうか。俺の時みたいに、作ったのか」
すべてを一瞬で理解し、そう呟いた。
「え? 今何て言ったの? 俺みたいってどういう事?」
ルージュが聞き捨てならないといった様子で真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「あ・・・あぁ、隠しても仕方ないか。俺、実は最初に魔物に襲われた時、死にかけたんだ。それでその時に、ヒカリから魔石を貰って、それを取り込んで命拾いを・・・」
「違う! そうじゃなくて、魔石を作るって何? どういうこと?」
ルージュの豹変ぶりはすさまじかった。言葉は恐ろしいまでに怒気をはらんでおり、視線は凍てつくように冷ややかだった。
「あ、えーと・・・それは・・・」
ルージュの纏うただならない雰囲気に圧倒され、何を言っても言い訳がましくなってしまいそうで、うまく言葉がみつからなかった。
『ルージュさん、アマリージョさん。それは私からお話させて下さい』
ヒカリの静かな声が倉庫の中に響く。
俺は何も言えず、押し黙るのが精一杯だった。
「わかったわ、聞かせてちょうだい」
ルージュが低い声で言う。彼女は警戒しているのか、さりげなくアマリージョを自分の後ろ手に隠した。
『まず、お気づきだと思いますが、私は魔道具ではありません。元々はパソコンという機械で意思を持たない道具でした。それが、この世界に来る前日、ブルードラゴンをたまたま潰してしまい、その魔石と同化してしまいました。その結果、今のような魔道具として、意思を持ち、話すことが出来るというわけです。玄人も、さきほど本人が話したとおり、一命を取り留める措置としてやむを得ず、私の作った魔石を身体に取り込んでいます。それでルージュさんが一番懸念されている事だと思いますが、私と玄人は魔物です。ですが、ご覧の通り邪気はなく、誰かに操られることもなく、それぞれ自分の意思で行動をしています。そして、私たちは厄災でもありません』
ヒカリがゆっくりと、事実を丁寧に説明していく。俺はその横でただぼんやりと、ヒカリの言葉を聞いていた。
ヒカリの説明が終わった後、ルージュはしばらく考え込むように押し黙っていたが、やがて「・・・わかったわ。魔石を作ったと聞いたから、ヒカリが何かの眷属かと思っちゃって・・・殺気を向けてしまってごめんなさい」と頭を下げた。
『いえ。こちらこそ余計な疑念を抱かせてしまい申し訳ありません。事情は把握していましたから、もっと早く伝えるべきでした』
「よし! じゃあ難しい話はここまで! まあ、これで全部謎が解けたった感じよねぇ。 あーなんか頭使ったらお腹空いちゃった!」
ルージュがさっきと打って変わったように、ウーンと伸びをしながら言った。
「もう、姉さんったら・・・でも、やっぱりクロードさんとヒカリさんがいい人で良かったです。 あっ!」
アマリージョがお腹を押さえて、恥ずかしそうにルージュを見る。
「やだ! アマリお腹が鳴ってる! やっぱりお腹すいてるんじゃない~」
ルージュがアマリージョをからかうように言い、アマリージョがむくれているようだったが最後はなにやら二人で大笑いしている。
また、二人のこんな笑顔が見れて良かったな。でも・・・
――なんだか、中心にいるはずが、俺だけ蚊帳の外って感じだな
一瞬そんな考えが頭をよぎるが、二人の笑い声にすぐかき消されてしまった。
あと・・・ルージュは絶対に怒らせないようにしよう、そう心に誓った。
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