第48話 ゲフー/Gefu

 ルージュとアマリージョに連れられて、街の一番奥にある二人の家に来た。

 こぢんまりとしながらも、綺麗に片付いていて内装もなんだか可愛らしい小物などが飾ってあり、女の子の家という感じだった。

 村長の家の奥に、一軒だけ家があったなんて、昨日は全く気づかなかった。


「ねぇ、なんでこの家だけ、こんな奥にあるの?」

 

「さぁ、なんでだろ?」

 ルージュが答える。


「うーん、不思議に思ったことはないですね。元々、父さまと姉さんとの三人暮らしで、私はここで生まれ育ったようなものなので」

 アマリージョが答える。


「私はってことは?」


「あぁ、ここには私が生まれてすぐ、引っ越してきたらしいんです。その前のことは姉さんも覚えていないし、父さまも亡くなってしまったので・・・なので元々はどこの生まれとかも分からないんですよね」

 少し寂しそうにアマリージョがそう言うと、

「まぁ、いいじゃない。何か分かったところで生活が変わる訳じゃないし。父さまが亡くなったのも10年以上前よ。母さまにいたっては何も覚えてないし。どこの誰かも分からないのよ。今更、感傷的になるのも変な話だわ」

 と、ルージュが全く意に介さない様子で答えた。


「ごめん・・・なんか余計なこと聞いちゃったね」


「別に構わないわよ」「大丈夫ですよ」

 二人が同時に答える。


「じゃ、俺も何か作るから、みんなで食事の支度しようか」


「賛成!」「はい!」

 また、二人が同時に答えた。


 その後、三人で食事の支度をし、お腹いっぱい食べ、いろいろな話で盛り上がった。

 特に俺の日本での暮らしは、ある種の冒険譚のような面白さがあるのか、二人とも質問と驚きを繰り返しながら聞いていた。


 夜も更けて、さすがに朝までとはいかず、ウトウトしてしまう。

 アマリージョは眠そうな俺を察したのか、使っていない二階の寝室に案内してくれ、お湯を張った桶と手ぬぐいを渡してきた。


「これは?」


「良かったら、寝る前に身体を拭いて下さい。井戸が使えれば、湯浴みも出来るんですが、すみません」

 アマリージョは申し訳なさそうに言ってきた。


「湯浴み?」


「はい。いつもは下に身体を流す場所があるので、そこで流すのですが。さすがに井戸が使えないので、今はなんとなく自粛しています」


「お風呂あったんだ?」


「お風呂ですか? お風呂はないですよ。あんな大きいもの家に入りませんし、貴族じゃないんですから。普通はお湯で身体を流すだけです。あ、石けんもちゃんと使いますよ」


――風呂が大きい? ていうか貴族しか入らないのか・・・


『――私が答えましょうか?』

 ヒカリがケナ婆の家から通信をしてきた。


――お、ヒカリ。そっちはどう? いろいろ調べたいことは終わった?


『はい。だいたい知りたいことはケナ婆さまに教えて頂き、有意義な時間を過ごせたと思います。あと、先程のお風呂の件ですが、風呂に入るのは貴族か金持ちの商人くらいのようです。それと大きいというのはこちらの世界の風呂は、プールくらいのサイズで、布で出来た湯浴み着を着て入るようです。温度も低めなので、日本人からすると風呂というより、温水プールですね。ついでにほとんどが混浴です』


「!!」


――うおぉぉぉ! まさかの混浴 ありがとう混浴! そのうち入ろう。絶対入ろう。ヒカリ・・・あったら絶対教えてよ


『――・・・・』


「どうかしましたか?」

 アマリージョが尋ねてきた。


「あ、いや、なんでもないよ。それよりも、これ、ありがとう」

 桶と手ぬぐいを見ながら言う。


「いいえ。では、また明日。忙しくなりそうなので頑張りましょうね」


「え!? 一緒に行くの?」


「え? はい。そのつもりだったんですけど、ダメですか? 姉さんもそう言って張り切っていたので・・・」


「あぁ、そうなんだ。てっきり俺は・・・・いや、ありがとう。助かるよ・・・じゃまた明日、ルージュにも明日もよろしくって伝えておいて」


「はい! よかったです。じゃまた明日。おやすみなさい、クロードさん」

 アマリージョは安心したように微笑むと、そう言って静かにドアを閉めた。


 アマリージョが階段を降りていく足音を確認してから、服を脱ぎ、素早く身体を拭う。

 身体を拭くだけの生活には、だいぶ慣れたけど、風呂があるならやっぱり風呂には入りたい。

 明日、マンションからなんとか持ってこれないかな。

 そんなことを考えながら、ベッドへ潜り込む。


 あれ? ここって、もしかして亡くなった親父さんの部屋かな・・・。


 そんな考えが一瞬頭をよぎったが、睡魔に負けてそのまま寝てしまった。


     ♣


「ゲフー ゲフー ゲーフフフフフ」

 朝、屋根の上にいた何かの鳴き声で目が覚めた。


「・・ん・・・なんだ?・・ルージュ・・?」

 寝ぼけなからつぶやく。この上なく不快な朝だった。


 しかし、今日は朝からやることが多いので、丁度良いと言えば丁度良い。

 不快な起こされ方ではあったが、変な声の何者かには感謝をしなければ。


 着替えて、部屋を出て、一階に降りるとヒカリが机の上においてあった。

「あれ? ヒカリ、なんでこっちにいるの? どうやって・・・」


「あ、クロードさん。おはようございます・・・ヒカリさんは今朝、姉さんが村の見回りついでにケナ婆さまのところから、連れてきたんですよ」

 朝食の支度をしていたアマリージョが、台所から顔だけ出して教えてくれた。


「あ、そうなんだ・・・で、そのルージュは? どこ行ったの?」

 ヒカリを連れてきたはずのルージュの姿が見えないので、アマリージョに聞いてみた。


「姉さんは、ゲフーどりを捕まえに行きました」


「ゲフー鳥?」


「はい。さっきうちの屋根で鳴いてたみたいで、鳴き声が聞こえたとたん飛び出していきました。この時期のゲフー鳥は、まるまる太って脂がのってて最高に美味しいですから、今頃、村の人たちと取り合いじゃないですかね」


――俺を起こしてくれた、あの変な鳴き声の奴か。鳥だったとは。しかもゲフーって・・・


「たっだいまー。あれクロード起きてたの? ほら、見てよ! ゲフー。美味しそうでしょ? 今夜はごちそうよ!」


 突然ドアを開けて帰ってきたルージュが、既に解体された大きめの肉の塊を見せながら上機嫌で言った。


「あ、あぁ。よく分からないけど美味しいんだってね? しかしルージュは凄いな。洞窟でもウサギ捕まえていたし、狩りが上手いんだね」


「そ、そうよ。私にかかれば狩りなんて楽勝だわ。そうだ、クロードにも今度教えてあげるわよ」

 ルージュが得意げな顔をして言う。


「え? ほんとに? じゃ弓とかの使い方も教えてよ」

 洞窟にいたとき、自分が狩りをするのには弓が良いと思っていたのでついでに頼んでみた。


「弓? 教えられるほど上手くないけど、打ち方くらいならいいわよ」


「そうなの? でも持ち物に弓がなかったっけ?」


「あぁ、あれね」

 ルージュは納得したように頷く。


「姉さんは、弓を打って獲物を捕まえやすい方向に誘導して、ナイフで仕留めます。得意なのは弓よりも剣やナイフで、特に投げナイフの腕前は凄いんですよ」


「アマリ。そういう事は私のいないところで言わないと! 私のすごさが半減するでしょ」 


 その後、アマリージョが朝食として、昨晩の残りのスープと、パンとリンゴのジャムのようなものを出してくれた。

 特にジャムは優しい味で美味しかった。

 ルージュは、ゲフー鳥がいかに美味しいかを力説していて、夕飯まで待ちきれないとソワソワしていた。


「そんなに美味しいの?」


「美味しいなんてものじゃないわよ! 見た目はちょっとアレだけど・・・」

「本当に美味しくてびっくりしますよ。 見た目さえ気にしなければ・・・」

 二人同時に喋りだし、二人同時に口ごもる。


 一体どんな鳥なんだ・・・ゲフー鳥。


     ♣


 朝食を食べ終わった後、俺はヒカリに馬車の魔法陣を見せた。


 ルージュが、村長に出かけることを伝えてくると言って出て行ったので、アマリージョには、来店が明日になることをブルーノの店に伝えに行ってもらった。


 ヒカリは魔法陣について、昨日、ケナ婆に教わったことも踏まえていろいろと分析をしたいと言うので、荷台に載せたまま、馬車を村の入り口まで移動することにした。

 もちろん馬はいない。

 人力で引っ張るのだ。


 このことについては、何故誰も疑問を呈さないのか不思議だった。

 アマリージョ辺りが、何か言ってきてもおかしくない状況だとと思うのだが・・・


 とりあえず馬車は、人力でも引っ張るだけなら問題なかったため、村の入り口まで引いていった。

 それと同じタイミングでルージュとアマリージョが現われた。


「へぇー、結構引っ張れるものなのね」

 ルージュが感心したように言う。


「まあ、なんとかね。重さは大丈夫そうかな。100キロくらい積んでも魔法陣のおかげで実質30キロくらいらしいし。それより問題は距離の方かな。疲れそうだし」


「ずっとは無理ですけど、時々私が風魔法で軽く進めるようにしますから頑張ってください」

「私は途中で寄ってくる魔物を蹴散らすわ」

 アマリージョとルージュは、一応協力してくれるつもりらしい。

 二人の気持ちがなんだか嬉しかった。


「お、ご飯目当てかと思ってたけど、二人ともありがとう。なんだか頑張れる気がしてきたよ。よし、出発しよう」


『クロード。やる気マンマンのところ申し訳ありませんが、ソーラーの充電器だけ、こちらに置いておいてもらえますか』


「え? 充電器? えーと、たぶんリュックに入ってるはず・・・ごめんアマリ、その中にあるキラキラしている板がついた四角い魔道具みたいのを出して、ヒカリの上に乗せておいてくれる?」


「あ、はい。えーと。これですね。はい。ヒカリさんどうぞ」

 アマリージョが充電器をそっとヒカリの上に置く。


『ありがとうございます、アマリ。』


「では出発しますので。皆さんつかまっててください、ヒヒーン」

 さあ、気を取り直して出発だ。


 荷台には簡単な荷物とヒカリ。

 御者台には、ルージュとアマリージョ。

 そして、本来馬がつながれている位置に俺。


――これ端から見ると、どういう風に見えるんだろうか・・・

 子守りをするお父さん?

 楽しく遊ぶ兄と妹たち?

 罰ゲームで馬車の引き合いをしているアホな若者たち?


『――そういう趣味の変態に見えると思います』


――うん。だよね・・・ごめん、もう考えないようにするよ


 それからは、馬車の揺れも考えながら、どんどん加速していく。

 マップを表示しているので、周囲の様子がよく分かる。

 魔物が近づいてくると赤い点で表示される。

 できれば、魔物に遭遇することなくたどり着きたい。


 そんな事を考えながら2時間。

「あれ? もう着いちゃったよ。マンション見えるし」


「風魔法が役に立ったみたいで良かったです」

 アマリージョが笑顔で応えた。


「ムニャ、ん・・・あれ? もう着いたの? どこ? ここ」

 ルージュはアマリージョに寄りかかったまま寝ていたようだ。


「着いたよ。予定より早かったから、ルージュはちょっと寝足りなかったかな?」


「なっ! ね、寝てないわよ! 失礼ね! それより早く荷物取ってきなさいよ。馬車は見ておいてあげるから」

ルージュは口元のよだれを服の袖で拭いながら怒ったように言う。


『今のところこちらに気づいている魔物はいないようですし、ルージュの言うとおり洞窟の荷物からお願いします』


「わかった。じゃ、ちょっと行ってくるから」


「でも一人じゃ何度か往復することになりますよね? そうだ、私が一緒に行きますね」

 アマリージョが馬車を降りる。


「あ!! 水! 私は湧き水汲みに行くわ!」

 ルージュは突然、湧き水を思い出したらしく大声を出す。


「うん、じゃ馬車だけ置いてみんなで行こう。ヒカリもいい?」


『私はここでまだ作業することがありますから、置いていってもらって大丈夫です。何かあれば玄人に連絡しますね』


「あ、そう? じゃ急いで取ってくるよ」


『はい。お気をつけて』


「うん。ヒカリもね」

 そう言って三人で足早に洞窟に向かった。


――でも、作業って一体何をしてるんだろか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る