第420話 もう一つの顔
カタリーナを取り巻く状況は悪化の一途を辿っていた。
オルバーとクリスタは未だにディアとの戦いを続けているものの、それも時間の問題。ディアの多種多様な魔法を前に、二人は防戦一方を強いられていた。今となっては攻めるどころか近付くことすらままならない状態に陥っている。
分断されてしまったアクセルとマルティナに関しては敗色が濃厚。カタリーナがクリスタたちに合流する前には既に決着がついていたと言っても過言ではない危機的状況であった。
それでもアクセルなら状況をひっくり返せるのではないかという淡い期待をカタリーナは寄せていたが、それは希望的観測でしかないと頭の中では理解していた。
そしてイクセル。
おそらく身を忍ばせ機を窺っていたのだろうが、瞬く間に捕らえられてしまった。
背後から腕を固められ、反撃どころか身動き一つ取れない様子。今や完全に人質と化してしまっている。
こうまで追い詰められてしまえば、もはや勝機は見出だせない。
かくいうカタリーナ自身も魔力が操れないという原因不明の状態に陥り、窮地に追い込まれていた。
(魔力は操れないみたいッスけど、身体にはどこも異常はないし、身体能力もそのまま。だったら剣一本でコースケさんに勝つ? それは流石に厳しそうッスね……)
相手は強敵。それもこれまで出会ってきたSランク冒険者等とは比較にもならないほどの強敵だ。
そんな相手に対し、手札が極端に減らされた状況下で勝利を収めることは困難を極める。精々、破れかぶれで相討ちにもっていけるか否か。
しかしながら相討ちになってしまえば、それは実質的にカタリーナの敗北を意味する。
カタリーナが求め続けたきた『未来』を失い、そればかりかラバール王国との外交問題にまで発展する恐れもある。そして何より、民衆から『義賊』と呼ばれている者たちの正体が『
いくら不殺の掟を守り続け、悪徳貴族を対象にした盗賊行為を繰り返していたとはいえ、死罪は免れないだろう。
(……状況は絶望的。でも、負けられないッスね。仲間たちのためにも、この国の未来のためにも)
カタリーナは紅介に向かって剣を構えた。
――――――――――
魔力操作能力を封じ、さらには人質を取ってもなお、カタリーナ王女の戦意は衰えることを知らないようだ。
「グッ……。オレゴト、ヤレ!」
人質も人質でカタリーナの方針に納得し、己の身を捧げるつもりらしい。
こうなってしまえば人質は意味をなさないだろう。俺自身も端から殺すつもりはないし、人質としての価値がないのであれば邪魔なだけ。意識を刈り取り、さっさとご退場を願おう。
『麻痺毒』程度の低ランクスキルでは抵抗されてしまう可能性は低くない。そのため俺は『
男の体内の魔力をかき乱すことで、擬似的な魔力切れのような症状を誘発させ、対象の意識を奪うという方法だ。
対象に直接触れていなければ使うことができない方法なのだが、その効果は抜群。『麻痺毒』と比較すると、やや荒っぽいやり方になってしまうが、抗い難いほどの強烈な目眩と吐き気を催させ、数秒と立たず意識を刈り取ることが可能となっているのだ。
ちなみにこの方法で意識を刈り取るための条件は二つ。
対象に直接触れることと、対象の魔力量を俺の魔力量が上回っていることだ。
今回の相手は案の定、俺よりも魔力量が下回っていたようで『魔力の支配者』の魔力操作はあっさりと男を蝕んでいった。
「ウッ……」
「おっと」
わざわざ支えてあげる義理はないが、意識を無くし力が抜けきった男を支え、そっと地面へと転がしておく。
そして俺は、剣を向けてくるカタリーナ王女を無視して、倒れた男の仮面に手を伸ばした。
「――ヤメロッ!」
カタリーナ王女がノイズ混じりの声でそう叫んでくるが、俺の手は止まらない。視線だけで彼女を牽制しながら意識を無くした男の仮面を剥ぎ取った。
「この顔は確か……イクセル? ああ、やっぱりそういうことだったのか。カタリーナ王女殿下に、クリスタ、そしてイクセル。『義賊』に偶然クラスメイトが三人も居合わせているわけじゃなくて、クラスメイトが……いや、おそらく『七賢人』が『義賊』の正体だったってわけか」
クリスタ、カタリーナ王女、そしてイクセルと続けば馬鹿にだって見えてくるものがある。
俺が知る『七賢人』の残りのメンバーは戦闘を不得意にしていると耳にしたことがあるカルロッタ一人。後の三人については顔さえ見たことはないが、俺の推測が間違っていなければ六人の襲撃者……もとい『義賊』の中に、まだ見たことがない『七賢人』のメンバーが揃っていることだろう。
ともなれば目的こそわからないが、『七賢人』=『義賊』という図式が自然と浮かんでくる。
カルロッタに関しては『義賊』に属しているのかは定かではないが、その他に関しては大方間違った推理はしていないだろう。
『義賊』の実力についてもこれで説明がつく。
『義賊』の実力はSランク冒険者をも凌ぐと噂で訊いていたが、世界最高峰の学院であるヴォルヴァ魔法学院の上位七名全員が徒党を組んでいたのであれば、なるほど納得である。
しかし、今回は相手が悪すぎた。
目的が何であれ、しっかりと相手の実力を見極めるべきだった。
プリュイは例外だとしても、少なくとも俺とディアの実力はある程度実地訓練で見ていたはず。あの時はフラムばかりに注目が集まっていたし、今回の護衛依頼にはフラムが付いてきていなかったことから、フードを被っていた俺たちの正体を見抜くことができなかったかもしれない。
だがそれでも用心が足りていなかったと言わざるを得ない。
とはいっても、この点に関しては彼女たちを反面教師にし、俺も学ぶべきだろう。慢心や油断が俺の足元をいつ掬ってきてもおかしくはないのだから。
地面に転がしたイクセルを横目に、カタリーナ王女と対峙する。
何一つとして制限を受けていない俺と、殆どのスキルを封じられ、己の肉体と剣だけで戦おうとしているカタリーナ王女。
その戦いは一瞬にして決着がついたのであった。
カタリーナ王女は魔法だけではなく、剣技も一流だった。
素早い身のこなしに、フェイントを織り交ぜた数々の美しい剣技。
だが、それだけでは俺には通じない。届かない。
フェイントを掻い潜った先の本命の一撃に対し、俺は紅蓮に『
そして剣身を失い、柄だけになった剣を持ったカタリーナ王女の首元に俺は容赦なく紅蓮を突きつける。
「投降して下さい。悪いようにはしませんから」
「ワタシノ、マケッスネ……」
「……?」
らしくない口調が聞こえてきた気がしたが、流石に気のせいだろう。
何はともあれ、ようやく敗北を認めてくれたようで、カタリーナ王女は柄だけになった剣を地面へ落とし、両手を挙げた。
クリスタと仮面の男もその様子を観ていたのだろう。
カタリーナ王女が降参をした瞬間、まるで時が止まったかのように動きを止め、こちらを見つめてきていた。ディアもこれ以上二人が戦いを続ける気がないことを察したらしく、小さく安堵の息を吐き、俺のもとまで近寄ってくる。
これでひとまず戦いは終わりを迎えた。
後はプリュイと合流するのみ。そう思っていたのも束の間、暗がりの奥から随分と悠長な台詞が聞こえてきた。
「ふむ。どうやら妾の出番はもう無さそうだな」
そう言いながら姿を見せたプリュイの両手には、仮面を着けた男女の二人組が泥だらけになりながら引き摺られていた。
「――ッ!」
そんな二人の姿を目の当たりにした瞬間、カタリーナ王女から殺気が迸る。
「くくっ……、わっはっはっは! 良い殺気だっ! だが安心するがよい。こやつらは死んではおらぬ。――今は、な」
プリュイは悪戯っ子のような笑みを浮かべながらも、その蒼い瞳は怪しく輝いていた。
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