第418話 雷撃

「――カタリーナ王女殿下! 何故こんなことを!」


 後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃がカタリーナを襲う。

 心臓の鼓動、呼吸共に速くなっていき、仮面の下に隠された素顔からは血の気が引いていく。

 だが、そんな中でもカタリーナは冷静さを欠くことはなかった。感情を徹底的に排除し、淡々と頭の中で思考の整理を始める。


(『鏡面世界ミラージュ』は間違いなく動いてるのに、どうして私だと……。もしかして情報が漏れている? ……いや、それは考え難いッスね。王女の私が盗賊紛いのことをしていると世に知られていれば、必ず国内が大騒ぎになるはずッス。ともなれば考えられる理由はただ一つ。何かしらの方法でコースケさんたちが私とクリスタの正体を見抜いた。そう考えた方が妥当ッスかね)


 思考を整理していくにつれ、カタリーナは徐々に平常心を取り戻していく。

 しかし、まだ何一つとして問題は解決していない。むしろ最悪の状況に陥ってしまっていると言っても過言ではなかった。

 素性を知られてしまった以上、紅介たちを野放しにすることは不可能。だからといって、カタリーナが自ら提案し設けた不殺の掟を破ることも様々な観点から難しい。

 紅介たちの底知れぬ実力は置いておくとしても、ラバール王国からの来賓という立場が口封じを難しくしていた。


(厄介な相手に知られてしまったッスね……。物的な証拠はないにしても、この情報はラバール王国側の人間で共有されてしまう。つまり私の、ひいてはマギア王家の弱味を握られたも同然。交渉の材料も余地も残されていないし、ここで白を切っても意味はない。なら、性に合わないッスけど――)


 カタリーナは覚悟を決める。

 そして、彼女が導き出した結論は……、


(――暴力と恐怖で支配するしかないッスね)


 美しく輝いていた白銀の瞳はその印象をがらりと変貌させ、冷徹で冷酷な光を放ち始める。


 カタリーナの、そして『七賢人セブンウィザーズ』の全てを賭した戦いが今、始まろうとしていた。


―――――――――


「……」


 呼び掛けに対する返答はなかった。しかしその代わりに彼女の纏う空気が劇的に変化する。


 睨み合って牽制を続けるだけの時間は終わりを迎えたようだ。明確な敵意と戦意が大木の上に立つカタリーナ王女から放たれる。


「こうすけ」


「ああ、わかってる」


 一触即発の雰囲気をディアも感じ取ったのだろう。小さな声で俺に注意を促すとそのまま身構え、臨戦態勢に入っていた。


 二対三。

 このまま戦いの火蓋が切られれば数的不利を背負うことになる。しかも俺の『気配完知』には、プリュイよりも一足先にもここに辿り着こうとしている人の気配を捕捉していた。そうなればより一層厳しい戦いを強いられることになるだろう。

 とはいえ、フラムを呼び出すまでには至らないし、時期尚早だ。

 これまで俺は散々フラムに頼りすぎていた。今回はその借りを返すためにフラムを置いて来ているのだ。多少の数的不利を背負った程度で呼び出してしまえばこれまでと何も変わらない。

 自信過剰、自惚れ、傲慢、怠慢。

 傍から見ればそう思われてしまうだろうが、俺はフラムを呼び出すという絶対的な切り札を使わずにこの場を収めるつもりだ。

 そんな決意を胸に、俺は精神を集中し、紅蓮を構えた。




 時間が何倍にも引き伸ばされた感覚の中、先に動いたのはカタリーナ王女だった。

 突如として、カタリーナ王女の身体から眩い光が放たれる。否、それはただの光ではなかった。


 光がまるで意志を持っているかのように拡散しながらうねりを上げ、音を伴ってカタリーナ王女の周囲を飛び交う。その間にクリスタたちは大木から飛び降り、こちらを睨みつけていたが、俺には彼女たちに構っていられる余裕はなかった。


 目にも止まらぬ速さで一筋の光が俺の真横を通り抜け、後方にあった枯れ木に直撃。直撃を受けた枯れ木は轟音と共に炎に包まれると太い幹を真っ二つにし、ミシミシと音を立てて地面へと倒れた。


「今のはいかずち……?」


 そう、カタリーナ王女が放った光の正体は疑うまでもなく雷だった。

 音を置き去りにする超高速の雷撃。未だかつて見たことがない『雷魔法』の使い手が俺の目の前に立ち塞がったのである。

 そしておそらく今の一撃は俺たちへの警告であり、脅迫だろう。あえて外し、その威力を見せつけることで俺たちに恐怖を植え付けようとしたに違いない。


「……こうすけ、気をつけて。雷は風系統に分類される魔法だけど、その性質は風系統魔法とは異なるの。扱いが難しい反面、その威力は強力無比。もしかしたらこうすけが持ってる耐性を簡単に突破してくるかもしれない」


 どうやらディアは雷魔法についての知識を持っていたらしい。

 その口調と説明ぶりから察するに、ディアも雷魔法を扱えるのかもしれないが、今はそんなことを考えている場合ではなさそうだ。

 ディアの忠告を聞き入れ、俺は次の攻撃に備えながら対策を頭の中で練っていく。


 後の先を取るのはまず不可能だ。

 カタリーナ王女が放った雷撃は光の速さには及ばないとはいえ、俺の超人的な動体視力をもってしても回避は困難を極める。いや、不可能と断言してもいいだろう。


 ならばどうするか。必然的に答えは極めて限られてくる。

 今咄嗟に思い浮かんだのは、守りを無視して再生能力に頼って攻め続けるか、雷魔法を使わせないようにするか等の方法だ。

 土系統魔法で金属の隔壁を作り出し、雷撃を地面へと受け流すという手も考えたには考えたが、ディアがクリスタを捕らえた時に使用した半球状の鋼鉄の檻が焼き破られていたことを考えると、有効な手にはなり得ないだろうということで却下。


 結局のところ、カタリーナ王女がどれほど雷魔法を使いこなせるかどうかで対策は変わってくる。

 緻密かつ変幻自在に雷そのものを操れるのか、それとも大雑把に指向性を与えることしかできないのか、全てはそれ次第だろう。

 何はともあれ、直撃を受けるのはまずい。手足の一本や二本吹き飛ばされるくらいであれば許容範囲だが、頭を撃ち抜かれたらいくら強力な再生能力を持つ俺でもどうなるかは未知数。試しに雷撃を貰ってみようとは流石に思えない。


「カタリーナ王女の相手は俺がする。ディアは残りの二人の相手を頼むよ」


「わかった。こうすけ、無理はしないでね」


「ああ、もちろん。ディアも気をつけて」


 視線は交えず、コードネームを使わず、小声で互いの健闘を祈り合う。

 ディアが相手にするのはクリスタと仮面の男。正直、ディアと近接戦闘を得意としているであろう仮面の男との相性は良いとは言えない。

 とはいっても、なんだかんだディアは上手く戦ってみせるだろう。無論、何かあれば身を呈してでもディアを守り抜いてみせる。

 俺は、それだけは絶対に忘れてはならないと肝に命じ、カタリーナ王女だけに視線を向けた。

 そして紅蓮をカタリーナ王女に向け、宣戦布告を行う。


「貴女が抱えてる事情はわからない。けど、俺たちにも目的があるんだ。悪いけど――手加減はできない」


 そこらの盗賊を相手にするのとは訳が違う。手加減ができる相手ではないことは先の雷撃を見て確信している。

 手加減をしようものなら敗者は俺になるかもしれないのだ。故に俺は殺しはしないが、殺さない範囲内で一切の出し惜しみをせずに全力を出し切る。

 例え俺が持つ数々の強力なスキルが白日の下に晒されるとしても。


 俺は一切の躊躇を見せずに『空間操者 スペース・オペレイト』を発動。

 一瞬でカタリーナ王女の背後に転移し、彼女の背中を目掛け紅蓮の刃を返し振り抜いた。

 しかし、カタリーナ王女は俺の転移に気付いてか、その身を反転させ、いつの間にかその手に握っていたロングソードで紅蓮を弾いてみせる。


 その反動で俺の身体は空中へと投げ出されるが、再度転移することで次にカタリーナ王女の頭上に移動。またもや彼女は俺の位置を即座に特定し迎撃体勢を整えていたが、俺はそれらを無視し、カタリーナ王女が立つ大木の太い枝を紅蓮で断ち切った。


 足場を無くし地上へ落下していくカタリーナ王女に対し、俺は三度に渡り『空間操者』を使用。カタリーナ王女の落下地点に先回りをし、落ちてくる彼女を迎え撃つ――。

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