第398話 傭兵
「……悪い、主よ。プリュイを任せてもいいだろうか? 私はアリシアの安全を優先しなければならない」
バツの悪そうなフラムの表情からして、面倒だから俺に丸投げしたいというわけではなさそうだ。
アリシアを守る約束、プリュイに協力する約束。
この二つの約束を同時に果たすことが不可能だと判断した上で、フラムはアリシアの護衛を優先せざるを得ないと考えたのだろう。
もしアリシアの体調が万全であれば、アリシアの護衛とプリュイへの協力を平行して行うつもりだったのだろうが、アリシアが熱を出して外出を控えなければならない状態の今、当初考えていたであろうフラムの計画は破綻してしまった。
二つの約束を履行することは不可能。
何気に義理堅いところがあるフラムのことだ。申し訳なさと忸怩たる思いで一杯になっているに違いない。
フラムの気持ちを汲み取った俺は、沈んでいるフラムに小さな笑みを向ける。
この世界に来てからというもの、数えきれないほどフラムを頼り、力を貸してもらってきたのだ。
ここはどう考えても俺が一肌脱ぐべき場面。
借りを返す意味でも、これまでの感謝の意味でも、是が非でもフラムの力になってあげたい。そう思いながら俺は口を開く。
「ああ、いいよ。俺に任せてくれ」
「主よ……、感謝する」
心からの感謝の言葉は受け取った。
ならば、これ以上しんみりとした空気は不要だ。空気を変えるためにも、話を進めるためにも、俺は今後の方針を決めるべく、提案を行う。
「フラムにはアリシアの護衛を任せるとして、俺、ディア、プリュイの三人で『義賊』の調査をしよう。いいかな?」
「うん、わたしはそれでいいよ」
間髪入れずに頷いてくれるディア。それに対し、プリュイは悩ましげな面持ちで疑問を呈してくる。
「むぅー……。クソババ――じゃなくて、フラムの力なしに妾たちの仇敵を何とかできるのか? むしろ妾の足手まといになるのではなかろうな?」
フラムに一睨みされて呼び方を訂正しながらも、プリュイは俺とディアの実力に不信感を示す。
普通であればムッとするところだろうが、プリュイの気持ちは十分に理解できる。竜族であるプリュイからしてみれば、人間である俺と人間にしか見えないディアの実力を疑うのも無理からぬ話だからだ。
強い不信感を露にするプリュイだったが、フラムの言葉によって抱いていた不信感は払拭される。
「安心しろ。私の仲間だぞ? 弱いわけがない」
「……ほう。貴様がそういうのであれば何も言うことはない。であれば、妾の手足となり励むがよい! わっはっはっ!!」
フラムが認めている。
そう知った途端にプリュイは一瞬で手のひらを返し、ご機嫌そうに高笑いを上げ、不信感を引っ込めた。
未だに高笑いを続けるプリュイは置いておき、俺は話を進める。
「そうだな……。まずは情報を集めたいところではあるけど、取っ掛かりが何もないし、有力な情報がそう簡単に手に入るとも、正直思えない。だったらある程度運が絡むかもしれないけど、貴族の護衛依頼を冒険者ギルドで引き受けてみるのが一番かな。だけど……」
『義賊』の登場以来、請け負う者が滅多に現れないと訊く護衛依頼。
以前、ロザリーさんから訊いた話では『義賊』の活動が鳴りを潜めたことで風向きが変わり、依頼を受ける者が徐々に現れ始めたと言っていたが、『義賊』の再登場により、その流れは途絶えただろう。
であるならば、誰も引き受けない依頼を俺たちが受ければどうなるか。
もしかしたら『義賊』が釣れるのではないか――そう俺は考えたのである。
問題は、そう都合よく『義賊』が現れてくれるかどうかという不確かな点と、留学生としてマギア王国に来ている俺たちが果たして冒険者として活動しても良いのか否かにある。
いくら冒険者ギルドがどの国にも属さない中立組織とはいえ、ラバール王国から選抜された留学生という看板を背負っている俺たちが、冒険者パーティー『紅』として冒険者活動をしてしまえば、どこからか情報が漏れてしまう可能性は捨てきれない。
実はラバール王国に属しておらず、一介の冒険者だったとマギア王国側に露呈してしまえば、国家間の問題に発展しかねない危険性も孕んでいる。
自分勝手で迂闊な行動が許されるのか。
俺はそれを確認するために、ロザリーさんへと視線を向ける。
するとロザリーさんは、表情一つ変えることなく首を左右に振った。
「申し訳ございませんが、冒険者活動を許可することはできません。表向き『紅』の皆様はラバール王国所属の魔法師ということになっております。冒険者カードを持っていること自体は然程不自然には思われないでしょうが、マギア王国内での冒険者活動はお控えください」
「……そうですよね」
重々承知していたことだが、やっぱりか、という思いが頭の中を駆け巡る。
こうまでハッキリと言われてしまった以上、いくら説得しようが許可が下りることはないだろう。
打つ手がない今の状況を打破するには自らが囮となることが手っ取り早いと考えたが、許可が下りないのであれば別の方法を模索する他ない。
とはいっても、地道に情報を集めていくことくらいしか思いつかないのだが……。
何も妙案が思い浮かばず俺が口を閉ざしていると、ロザリーさんがこれまた無表情のまま、一石を投じてきた。
「冒険者活動は許可できませんが、
「傭兵、ですか……」
――傭兵。
それは冒険者ギルドなどの組織に属さない依頼請負人のことを指す。
アングラな仕事をも引き受けることができる点を除けば、冒険者と傭兵の違いは冒険者ギルドに属しているかそうでないかの違いくらいだろう。
冒険者ギルドとは、元の世界で謂うところの保険屋に近い。
冒険者ギルドに加入すれば、依頼主とのトラブルや依頼中のトラブルが起きたとしても冒険者ギルドが仲介・保障をしてくれたりと多くのメリットを享受することができる。
当然、その分依頼料の一部が冒険者ギルドに渡るわけだが、自己保全の点を考えると冒険者ギルドに加入した方が良いだろう。
その他では、依頼を探す手間が掛からない点や、冒険者カードによる身分証明や実力証明などが容易に行える点がメリットに挙げられる。
傭兵はそれらのメリットを享受せず、満額――もしくはそれ以上の高額報酬を得ることを優先した者や自由を求めた者がなる職業だと言えるだろう。
冒険者ギルドを追放された者や犯罪者などが傭兵になることがあるため、闇稼業のように見られことが多い職業だが、その需要は高い。
金銭さえ払えば私兵のように囲ったり、戦争に向けた戦力の増強、公にできない仕事の依頼など、冒険者とは違ってその自由度は高く、何でも屋とも呼べる職業だ。
勿論、クリーンな傭兵もいるため、必ずしもその限りではないが、基本的にはこの考え方で間違っていないはずだ。
「確かに、それなら……」
ぶつくさと独り言を呟きながら思考を巡らせる。
冒険者としてではなく、傭兵として貴族の護衛依頼を受けるよう提案をしてくれたロザリーさんの案を採用するのは決して悪くはない選択だ。
冒険者で依頼を引き受ける者がいないのであれば、おそらく傭兵に依頼を出す貴族も探せばいるだろう。
そんな貴族を探すことには多少手間は掛かるかもしれないが、今考えうる限りでは最良の案と言っても過言ではなさそうだ。
俺、ディア、そしてプリュイ。
癖がかなり強い者が一人混ざっているが、そこは巧みに俺がコントロールしていくしかない。
「……よし、決めた。傭兵になろう」
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