第347話 二人の第一王女

 話し合いの結果、最終的にプリュイたちの処罰は無しとなった。

 しかしながらプリュイたちを目撃した騎士たちの手前、無罪放免とするわけにはいかず、船団がマギア王国に到着するまでは事情を知っている近衛騎士団団長のダニエルさんの監視の下、プリュイたちを船内で軟禁することに。

 エドガー国王は騎士たちに海賊をマギア王国に引き渡すと内々に発表したが、実際はマギア王国に到着後、秘密裏に解放する流れとなっている。


 当然といえば当然かもしれないが、海賊騒ぎの後処理を終えた後のエドガー国王は精神的に疲労困憊といった様子で、暫くの間は船内に設けられた私室で籠りっきりになってしまっていた。

 フラムで多少竜族に対して慣れているんじゃないかと勝手に思っていたが、存外そうではなかったらしい。




 海賊騒ぎが終息してからというもの、ラバール王国の船団は順調に北へ向けて進んでいった。

 懸念していた海氷もほとんど見当たらず、船旅は順調そのもの。

 暇過ぎて時折苦痛を感じることはあったが、ラバール王国の船団は十日ほどの航海を終え、ついにマギア王国最大の港町に到着したのであった。


 分厚い雲に覆われた灰色の空から粉雪が絶え間なく降り注ぐ冬空の下でいかりを下ろし、五隻の船が順々に停泊していく。


 最初に船から降りていったのは騎士たちだ。

 騎士たちは船から降りるとすぐに二分して一本の道を作り、エドガー国王が降りてくるその時を堂々とした姿で待つ。


 そんな光景を俺たちは船の上からぼんやりと眺めていた。


「コースケたちの準備は整ったか?」


 使用人に囲まれ、身嗜みの最終確認を行っているエドガー国王から声を掛けられる。


「はい。俺たちはローブを羽織るだけですから」


「フードは被ったままでいいの?」


 俺たち『紅』の服装は胸元にラバール王国の紋章が刺繍された黒いローブを上から羽織っただけ。下船する準備はとっくに済ませていた。


「船から降りる時には注目を浴びてしまうかもしれないが、フードは外しておいてくれ。マギア王国の者に不信感を抱かせてしまうかもしれないからな」


 そう忠告をしてきたエドガー国王の服装はいつにも増して力が入っていた。

 特に、過剰すぎるほどに装飾が施された王冠と、ラバール王国の国色である青のマントが際立っている。

 少々派手すぎる感じはするが、大国の王の正装ともなれば多少派手すぎるくらいがちょうど良いのかもしれない。


 エドガー国王の準備もなかなかに大変そうではあったが、アリシアもアリシアで大変そうであった。

 分厚い雲に覆われた空から粉雪がぱらぱらと降ってきているにもかかわらず、アリシアの服装は淡い青色をした見るからに寒そうなドレス姿。

 白い毛皮のファーが肩と首元を申し訳程度に暖めてはいるが、どこからどう見ても寒そうだ。いくらアリシアが日頃から鍛えているとはいえ、この寒空の下でそう長く我慢ができるとは思えない。


 俺は懸命に寒さと戦っているであろうアリシアに声を掛ける。


「アリシア、大丈夫? そんな格好じゃいくらなんでも寒いんじゃない?」


「い、いえ、私は大丈夫です。ご心配には及びません」


 そう言いながら微笑んで見せるアリシアだったが、どう見てもやせ我慢にはしか見えない。

 ここは一つ、俺が何とかしてあげよう。そう思ったのも束の間、突如として船上に暖かな風が吹き、アリシアの長い髪が靡いた。


「これなら寒くない?」


 アリシアにそう問いかけたのはディアだった。

 俺より先に気を利かせ、アリシアのためにディアが温風を生み出したようだ。


「……凄い。ありがとうございます、ディア先生」


 冬空を見上げながらアリシアが感嘆の声を漏らしたのも頷ける。

 何故ならディアの魔法はアリシアだけではなく、周囲一帯に及んでいたからだ。しかもただ温風を吹かせただけではない。

 雪が溶けて雫となるはずの雨までも綺麗さっぱり消し去っていたのだ。

 どう魔法を使えばそのような芸当ができるのか俺には見当がつかない。やはりディアの魔法の腕は俺よりも遥かに上のようだ。




 使用人が下船し、いよいよ俺たちの番となった。

 共に下船するのはエドガー国王、アリシア、セレストさん、ダニエルさんの四人だ。

 その四人を先頭に、俺たち『紅』の三人がひっそりと後ろに付いていく予定となっている。


 ちなみにプリュイたちは使用人に扮し、ロザリーさんの監視の下に置かれたまま既に船を後にしていた。

 どうやら後々合流し、再度話し合いの場を設けてから、マギア王国の人間に気付かれないよう解放する機会を模索していくつもりらしい。


「行くぞ」


 エドガー国王はバサリと青のマント靡かせ、その言葉を合図に桟橋を渡っていく。

 姿勢を正し、威厳に満ちたエドガー国王の後ろ姿は大国の王の雰囲気が出ていた。


 桟橋を軋ませながら橋を渡り切り、地上に降り立ったところで左右に整列したラバール王国の騎士たちが作った、人の道を通り抜けていく。


 そして騎士が作った道を歩くこと約二分。

 道が途切れた先には、デザインはそれぞれ違えど紫色の豪奢なドレスを着た、歳の離れた二人の女性の姿と、その後ろには千を優に超えているであろう全身を甲冑で包み込んだ騎士の姿がそこにはあった。


 臆することなくエドガー国王は二人の女性へと近付き、三十代半ばほどと思われる黄金色に輝く長い髪を持つ女性へと右手を差し伸ばした。


「ご壮健そうで何よりだ、エステル王妃」


「お待ちしておりました、エドガー・ド・ラバール国王陛下」


 姉弟ということもあってか、エステル王妃の容姿・纏う雰囲気共にエドガー国王にどこか似ている印象を受ける。


 二人は軽い挨拶を交わした後、互いの手を握り合う。


「他人行儀というか、随分と畏まった口の利き方だな。違和感が凄いぞ……」


「弟とはいえ、貴方様は大国の王。これが普通ではありませんか?」


 エステル王妃は満面の笑みを浮かべているが、どこかわざとらしさ感じるのは気のせいではないだろう。エドガー国王も困惑気味だ。


「まぁ確かにそうなんだが、俺に対して敬語というのがどうもな……」


「今は人の目がありますから。――カタリーナ、ご挨拶なさい」


 エステル王妃は自身の横に立つ年若い女性をカタリーナと呼び、声を掛けた。


「エドガー・ド・ラバール国王陛下、お久しぶりでございます。カタリーナ・ギア・フレーリンです」


 カタリーナと名乗った女性は恭しくドレスの裾を掴み、エドガー国王へと頭を下げた。


 髪の色は銀色に近い。銀色の髪をベースに少しだけ金色を差したと表現した方がわかりやすいかもしれない。

 そんな銀髪を肩口に届くか届かないくらいに短く切り揃えている彼女の容姿は、アリシアに負けず劣らず整っている。年齢もアリシアとかなり近そうで、同じか少し下といったところだろうか。


「……驚いた。こう言ってはあれだが、本当にカタリーナ王女かと疑ってしまいそうになるな。俺が王位に就く前に初めて会った時には、毎日のように泥団子を作っては投げつけてきたと言うのに」


 エドガー国王の話が真実であれば、小さい頃のカタリーナ王女はかなりやんちゃな子供だったようだ。カタリーナ王女の変わりように驚くのも無理はない。


「……その節は大変ご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」


「いや、嫌味でも叱責しているわけでもない。純粋に驚いているだけだ。随分変わったようだな」


「これも全て教育の賜物かと」


「謙遜まで覚えているとは……。――コホンッ、失礼した。紹介が遅れたな。此度、マギア王国の学院に留学する予定となっている娘のアリシアだ。カタリーナ王女と同い年で同じ第一王女のよしみで、どうか仲良くしてやってほしい」


 話を振られたアリシアはその場で礼儀正しく頭を下げて、挨拶を行う。


「ラバール王国第一王女アリシア・ド・ラバールと申します。この度はお初にお目にかかることができまして、大変光栄に存じます」




 この日、二人の第一王女が出会いを果たしたことで、未来が大きく変わることになる。

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