第332話 王妃からの報せ

「マギア王国に……ですか? どうしてわざわざ?」


 口の中が急激に渇いていくのを感じる。

 隣に座るディアもどこかソワソワしている様子だった。


 ノイトラール法国での一連の騒動の中でアーテが指定した国こそがマギア王国だ。

 アーテ曰く、春にマギア王国で何かしらのアクションを起こすつもりだとのことで、本格的な冬が到来する前にエドガー国王とアリシアがマギア王国に行くのであれば、時季は多少ずれているものの、嫌な予感が脳裏を過る。


 何故このタイミングで二人がマギア王国に出向く必要があるのだろうか。作為的な何かが働いているような気がしてならない。


「表向きはアリシアの短期留学という名目だ。実際にアリシアにはマギア王国の学院で卒業までの数ヶ月間、向こうの学院で学び、生活してもらうつもりでいる。俺はその見送り兼、付き添いといったところだ」


 最高学年生であるアリシアが卒業まで留学するということは三月末から四月までを目処にマギア王国の滞在を予定しているのだろう。ともなれば季節は春に差し掛かる。

 春を迎えたマギア王国でアーテが何を仕掛けてくるのかはわからないが、アーテが引き起こそうとしている騒動にアリシアが巻き込まれる可能性は決して低くはない。むしろアリシアが王族である以上、マギア王国の王家との繋がりは少なからず存在するだろうことからも、巻き込まれる可能性は極めて高いと言える。


 そして何より、今のエドガー国王の言葉で気になる点が一つあった。

 それはアリシアの留学があくまでも表向きの理由であるという点だ。裏を返せば、エドガー国王とアリシアがマギア王国に出向く理由は別にあるということに他ならない。


 俺はエドガー国王に表向きの理由ではなく、真相を訊ねることにした。


「表向きではない理由を訊いても?」


「ここから先は他言無用だ。それを約束できるなら話そう」


「約束します」


 一瞬の迷いも見せずに俺がそう返すと、エドガー国王は神妙な面持ちで口を開いた。


「事の発端は俺の姉上であり、マギア王国の現王妃であるエステル王妃から、三週間前に妙な報せが届いたことから始まる。なんでも、『国王が、ひいては国内の様子がどこかおかしい』とのことだった。正直、最初にその報せが届いた時は意味がわからなかったし、俺も忙しくしていたこともあって首を捻っただけで済ませてしまっていた。だがその翌週、続けざまにまた妙な報せがエステル王妃から届いたんだ。『国内に信頼の置ける者が誰もいなくなってしまった。名目は何でもいい。だから人手を貸してほしい』とな」


 俺が知る限り、この世界には電話のような遠距離通信を可能とする便利な機器は勿論のこと、それに近しい機能を持つ魔道具は存在しないはずだ。つまるところ、おそらくエドガー国王に届いた報せというものは十中八九、郵送を必要とする手紙か何かだろう。

 しかし、マギア王国からラバール王国の王都プロスペリテまでの距離を考えると、一週間という短い期間で手紙のやり取りをすることはまず不可能。例外として、俺のようにゲートを設置することで遠距離転移を可能とする者がいるのであれば話は変わるが、その線は考えにくい。


 それらから考えるに、エドガー国王の姉であるエステル王妃はエドガー国王からの返信を待たずして、二度に渡り手紙を立て続けに送ってきたとみて間違いなさそうだ。

 王妃という立場からして、余程切羽詰まっていなければ、二度に渡って手紙を送ってくるなんてことはまずあり得ない。

 いくらエドガー国王がエステル王妃の弟だとはいっても、マギア王家に嫁いだ者がそう易々と他国の王に救援を求められる訳がない。そのことからも、何かしらの異常事態がマギア王国内で起こっていると考えて然るべきだ。


「国王様はその報せを受け、マギア王国に出向くことを決断されたんですか?」


「いや、その段階ではまだ決めかねていた。いくら姉上からの頼みといっても、一国の王がそう簡単に他国に出向くなどラバール王家の沽券に関わるしな。まずはマギア王国内の情報を集め、一体何が起きているのかを調べることにしたんだ。幸運なことに、今の王都にはマギア王国出身の冒険者が偶然多く滞在していたこともあって、調査には大した時間は掛からなかった。だが調査の過程で、マギア王国出身の冒険者が王都に滞在していたのは幸運でも偶然でも無かったことに気付かされることになった」


 冒険者という存在は割の良い依頼を求め、各国を渡り歩くことは珍しいことではない。大規模開発工事で多くの依頼がある王都にマギア王国出身の冒険者が集まっていたとしても、偶然と捉えるのが普通の思考だ。

 ましてや冬の到来は目前にまで迫って来ている。

 最北に位置するマギア王国では厳冬が予想されることもあり、冒険者が比較的暖かな地を求めて移動してくることは十分考えられる。今朝俺たちが目にしたマギア王国出身の冒険者たちもそういった経緯から王都に来ているのかと思っていたが、エドガー国王の言葉から察するに、どうやら違ったらしい。


「曰く、『どこのギルドにも依頼がほとんど貼り出されていない』。曰く、『数少ない依頼も依頼料が割に合わないものばかり』。曰く、『貴族の腐敗が目に余る』。他にも色々な話が俺のところに上がってきているが、どれもこれも非難めいた悪い話ばかりだ。特に上流階級――貴族に関する悪い話が目立っていた」


「依頼が少ないのも貴族が影響しているのでは?」


「そうだろうな。冒険者ギルドに依頼を出す者の多くは貴族や国家だ。特に魔物関連の依頼は、魔物が現れた地を治める領主が依頼を出す場合が多い。割に合わない依頼が多いのは領主が金をケチっているのか、或いは領主が依頼を出さずに放置したが故に、魔物の脅威に怯える民草がなけなしの金を集めて依頼を出しているからか、そのどちらかだろう」


 一般的に割の良い依頼は、富裕層から出されている物がほとんどだ。商人然り、貴族然り、国家然り。

 その中でもとりわけ依頼を出す頻度が高いのは貴族ということもあり、貴族が依頼を出さなければ必然的に冒険者の、特に上級冒険者の仕事は減っていく。そして依頼が無ければ、これもまた必然的に冒険者は依頼を求め、別の地を目指すことになる。


 魔物の被害が無く、ただ単に依頼することが無いだけなのであれば、何も問題はないと言えるだろう。しかし、魔物の被害があるにもかかわらず依頼を出さずに放置しているのであれば、話は別だ。領主、そして貴族としての義務を果たしていないことになる。

 『貴族の腐敗が目に余る』という話から鑑みるに、おそらくマギア王国で冒険者への依頼が減少している理由は、貴族の腐敗が進んでいることが原因の一つになっているのだろう。


「……どうもきな臭いですね」


「全くもって同感だ。俺もそう判断し、エステル王妃の要望をいち早く聞き入れるために動こうとしたんだが、色々と問題があってな……。一つは大規模開発工事が竣工を迎えるまでは俺が王都を空けることができないことにある」


「大規模開発工事と国王様の不在に何の関係が?」


「これほどの規模の工事ともなれば、王都を挙げて竣工式を開く必要が出てくる。そしてその竣工式の最中に、反乱に加担した者たちの解放を予定しているんだ。流石にこればかりは他の者に代行させるわけにはいかない」


 今のエドガー国王の言葉で、俺たちが今日食事会に招待された理由を俺は察する。


「なるほど。俺たちにお礼をしたかった理由は工期を大幅に短縮したからですか」


「正解だ。春までに完成すればいいと思って始めた大規模開発工事だったが、今話した通り、早く片付ける必要が出てきて頭を悩ませていたんだ。だがコースケたちのおかげでマギア王国に行く目処が何とか立ちそうだ。正直それでもギリギリ間に合うかどうか微妙だがな……」


 ギリギリ間に合うかという言葉に俺は引っ掛かりを覚える。

 ラバール王国からマギア王国に行くためには大陸北部を分断するかのようにそびえ立つレド山脈を踏破しなければならない。

 しかしレド山脈は既に白く冷たい雪の衣を纏っている。

 ノイトラール法国にいた時に『比翼連理』から訊いた話によれば、本格的な冬が訪れる頃には大雪がレド山脈を覆い、踏破することは極めて困難になるとのことだったはずだ。

 まさかエドガー国王がレド山脈を踏破することの厳しさを知らないのではないかと俺はふと疑問を抱いた。


「あのー……」


「ん? なんだ?」


 俺の探るような不自然な声色に違和感を覚えたのか、エドガー国王はわざとらしく大袈裟に首を傾げた。


「レド山脈を越えるつもりでしたら、たぶん今すぐに出発したとしても厳しいかと。おそらくレド山脈に着く頃には歩けないほどの大雪で山が埋め尽くされていると思いますので……」


 俺がそう言うと、エドガー国王はそんなことかと言わんばかりに手をひらひらとさせた。


「冬を目前にしていながらレド山脈を踏破しようと考えるほど俺は馬鹿じゃない。まぁ俺が抱えている問題の一つに時間のことがあるのも確かだが……」


「ではどうやってマギア王国に?」


 レド山脈を踏破せずしてどうやってマギア王国へと行くつもりなのだろうか。トンネルが掘られているとは正直考え難い。


「――海路だ。船を使ってマギア王国に向かう」


「……船、だとっ!」


 今まで全く会話に参加せず、船を漕いでいたフラムが真っ先にエドガー国王のその一言に何故か反応を示したのであった。

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