第329話 暇と鬱憤

 強制依頼を受けてから五日が経過したその日の朝、俺たちはいつも通り、北壁の工事現場に足を向けた。


 ちなみに四日目にして俺の仕事は堀造りから監視役に移行している。

 作業員たちから『土塊つちくれの魔法師』と陰で呼ばれ、畏怖の眼差しを向けられながら土を掘り返す作業を粗方終えたこともあり、本来の仕事である監視役に戻った形だ。

 しかしながら、いくら目を光らせるだけの監視役とはいえ、俺たちの仕事は皆無に等しい。騎士と共に巡回と言う名の散策をしているだけだ。

 脱走を企てる者も実行に移す者もゼロ。俺を恐れてか、或いは堀の完成に目処が立ったからなのかはわからないが、怠慢な働きを見せる作業員たちは誰一人としていなくなっていた。


 今日も今日とて、歩くだけの暇な一日が始まる。

 そんなことを考えながら俺はセレストさんに挨拶をしようと北門に近づくと、冒険者と思われる見たことのない男女混合の十人を超える集団が、俺たちに背を向けるセレストさんのさらにその奥に横一列に整列していた。


「わたしたちと同じ冒険者かな?」


 隣を歩くディアもその光景が気になったのか、そんな声を掛けてきた。

 反対側の隣を歩くフラムに限っては、どうでもいいと言わんばかりに欠伸を噛み殺すだけで気にする素振りはない。


「そうだろうね。装備の質と雰囲気からして、たぶん上級冒険者なんじゃないかな。でも強制依頼の期日は過ぎてるし、北壁の人手も俺たちだけで十分足りてるし、どうして今更来たんだろう?」


「強制依頼が出されたのは王都に滞在している冒険者だけだから、あの人たちは王都の外から来た冒険者なんだと思う。それにしても、何組のパーティーが集まってるのかはわからないけど、あまりにも魔法師が多過ぎるような……?」


 薄々同じことを思っていたこともあり、ディアの言葉に俺は素直に頷き返した。


 冒険者と思われる集団の数は十二人。

 その内の六人は長杖または短杖を装備し、さらにもう三人は素手。仮に素手の者が全員拳闘士の類いであったとしても魔法師が半数を占めてしまっている。正直、バランスが悪いと言わざるを得ないパーティー構成だ。


 少し不思議に思いながらも俺たちはセレストさんに挨拶すべく、近づくことにした。


「――以上で説明は終了です。何か質問はありますか?」


 セレストさんまで残り数メートルといったタイミングで、ちょうど話が終わったらしく、そんな声が聞こえてきた。


「無いようですね。では私には別の任務が与えられていますので、これにて失礼させていただきます。皆さんは北門を出てすぐのところに別の騎士がいますので、その騎士の指示に従って下さい」


 その締めくくりの言葉で冒険者と思われる集団は北門を潜るべく、その場から離れていく。そしてその場に残ったセレストさんはクルリと身体を反転させると、すぐ傍まで来ていた俺たちと目を合わせた。


「おはようございます、セレストさん。今の方たちは?」


「あっ、おはようございます。あの方たちは今日から監視役に就くことになった上級冒険者ですよ。なんでもマギア王国から来た冒険者とのことで、身元の確認と面談に時間が掛かってしまい、遅れて参加していただくことになりました」


 マギア王国という単語が急に出てきたことでアーテの言葉を思い出し、咄嗟に反応しそうになってしまうが、グッと堪えて冷静に言葉を返す。


「どうりで魔法師がやたら多かったんですね。確かマギア王国は別名『魔法研究国家』と呼ばれているとか」


「はい、その通りです。マギア王国は魔法系統スキルの研究にとても力を入れていることもあって、マギア王国出身の冒険者は魔法系統スキルの使い手が多いのですよ。とは言っても、私は一度もマギア王国に足を運んだことがないので、今の話は噂話程度で受け取って下さいね――って、こんな話をしている場合ではありませんでした!」


 ハッと何かを思い出したと言わんばかりに目を見開いたセレストさんは途端に声量を上げたと思いきや、その後に続く言葉は周囲に視線を巡らせてから、俺たち以外の誰にも話を訊かれないように声を潜めた。


「驚かず、そして落ち着いて話を訊いて下さい。実は『土塊の魔法師』の話が王城どころか国王陛下のお耳にまで入り、大層コースケさんにご興味をお持ちになられたようで、『紅』の皆さんを王城にご招待したいとのことです。今からお時間をいただいてよろしいですか……?」


「はぁ」


 神妙な面持ちで一体何を言ってくるのかと身構えていたのが馬鹿らしくなる話だった。思わず間抜けな返事をしてしまったくらいだ。

 エドガー国王の呼び出しに慣れてしまっている俺たちからしてみれば、今さら呼び出された程度で緊張することはない。面倒事に巻き込まれなければいいな、と思うのが精々である。


「……お、驚かないのですね」


「まぁ、アリシア王女殿下との繋がりで何度かお会いしたことがありますので。それで呼び出――招待とのことですけど、今からですか? 強制依頼をこなさないと冒険者ギルドからペナルティを受けてしまうんですが……」


「はい、今からです。強制依頼の件に関しましてはご心配なさらず。出欠はこちらで記録してますので、どうにでもなりますから」


 やんわりと断ろうと思っての発言だったが、物の見事に散る。

 何か断る理由はないかと頭を巡らせていると、思わぬところから招待に応じる発言が飛び出てくる。


「うむ、ならば問題ないな。主よ、ディアよ。ぼさっとしていないでさっさと向かおうではないか」


 何故か乗り気のフラムが俺とディアを促す。

 普段であれば絶対に面倒臭がる人物筆頭であるにもかかわらず、何がそうまで彼女を突き動かすのだろうか不思議でならない。


「フラムが行きたがるなんて珍しいけど、どうして?」


 ストレートにフラムの真意を問いただしたのはディアだった。

 胡乱な眼差しを向けているあたり、ディアもフラムの言動から何かを感じ取ったのだろう。


「……正直に言おう。私は飽きた! 毎日毎日歩き回っているだけなど、もう御免だ。せめて脱走者が出てくれさえすれば少しは刺激があったかもしれないが、何も起きない……。まだゴブリンと戯れていた方が――」


 溜まりに溜まった鬱憤が延々とフラムの口から紡がれていく。

 未だに長々と話しているが、簡単に要約してしまえば『監視役はもう飽きた。やりたくない』ということらしい。つまりは気分転換と監視の依頼をやりたくがないために王城へ行きたがっているだけであった。


 またフラムのわがままが始まった……とは、今回だけは思わない。むしろフラムにしてはよく今日まで耐えたとさえ思っているほどだ。

 昨日一日しか監視の仕事をしていない俺でさえも退屈で仕方がないと思っていたこともあり、俺にはフラムの言い分を否定することはできなかった。


「――というわけだ。だから私は絶対に王城に行くからな。二人もそれでいいな?」


 有無を言わせぬ物言いに、俺とディアは大人しくフラムの要求に従うことにしたのであった。




 あらかじめ用意されていた馬車に俺たち三人とセレストさんが乗り込み、十分と経たず王城へと到着する。

 王城内での案内役は誰かに引き継がれるわけではなく、そのままセレストさんが行うことになっていたようで、セレストさんは馬車から降りた俺たちを引き連れ、王城内のとある一室に俺たちを通した。


「報告をしてきますので、どうぞ席に掛けてお待ち下さい」


 それだけを告げ、そそくさと部屋を後にしたセレストさんが再びエドガー国王とアリシアを連れて戻ってきたのは、それから五分が経とうかどうかというタイミングだった。


「おお! 其方が『土塊の魔法師』であるか! ……ぷぷっ」


「先生方、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」


 入室と共に、大袈裟なリアクションといつもとは違う言葉遣いで俺を茶化すエドガー国王と、丁寧に頭を下げて微笑むアリシアが俺たちに言葉を投げ掛けてきた。

 セレストさんは二人の後ろで口を噤み、存在感を消そうと努力しているようだ。若干頬が引きつっているような気がするのは気のせいだろう。


「久しぶり、アリシア。最近稽古をつけてあげられなくてごめんね」


 俺はアリシアだけに視線を向け、挨拶を返す。俺を茶化してきたどこかの誰かさんは完全に無視である。


「俺を無視するなんて、いつの間にかに図太い性格になったな、コースケ」


 俺とアリシアの間にエドガー国王が無理矢理割り込んできたため、仕方なしに返事をすることに。


「いえ、元々こんな性格でしたよ。それより、俺たちを呼び出した理由を早速訊いても?」


「ん? 何か勘違いしてるみたいだが、今回は呼び出しじゃなく、普通に客人として招待しただけだが? サンテールからそう訊かなかったか?」


 俺たちが座っている反対側の席にエドガー国王とアリシアが腰を掛ける。椅子は全部で八脚あるが、近衛騎士としてこの場にいるセレストさんは椅子には座らずにエドガー国王とアリシアの後ろで待機していた。


「確かに招待と言ってましたけど、てっきり呼び出すための口実だと思っていました」


「まぁこれまでのことを考えると、そう疑われても無理はないか。だが、今回『紅』の三人を王城に招待したのは純粋に礼を言いたくてな。特にコースケに、だ」


「俺に、ですか?」


「ああ。『土塊の魔法師』なんて渾名は置いておくとして、俺が発案した大規模開発工事の遅れを取り戻してくれたと耳にしてな。礼を伝えたかったんだ。本当に助かった、感謝する」


 頭こそ下げるような真似はしなかったものの、その言葉に嘘は感じられない真摯なものであった。


「特段感謝されるほどのことをした覚えはないんですが……」


「まぁこちらにも色々と事情があってな……。あまり工事を遅らせたくはなかったんだよ。……そうだな、少し早いが昼飯でも食べながら話すとしようか」


「うむ、やはり来て正解だったな。肉にしてくれ、絶対に肉だぞ」


 フラムの要望に応えてか、或いはフラムが要望を出すことを予期していたのか、少し早めの昼食には肉料理が用意された。

 そして昼食を取りながらエドガー国王は、俺たちがノイトラール法国へ行っていた空白の時間に起きたラバール王国の変貌と政策を語り始めたのであった。

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