第299話 阿吽の呼吸
フラムの警告の声に素早く反応した俺は、ディアを抱えてその場から大きく退避。そしてフラムの無事を横目で確認し、抱えていたディアをそっと降ろした。
「主よ、どうやら私たちは手の平の上で踊らされていたようだぞ」
「……ああ、そうみたいだ」
ディアを庇うように前に立ち、紅蓮を構える。
黒一色の衣服を纏った五人組の敵との距離は、目算で約二十メートル。しかし『気配完知』は、全く異なる場所に五人組の反応を示していた。
ともなれば、目に映る光景と『気配完知』のどちらかが間違っているということになる。そして、どちらが間違っているのかといえば、それは明らかに『気配完知』の方だ。
飛んできた攻撃は幻影などではなく、実体を持っていた。その証拠に、床には武器が未だに転がっており、消えて無くなる気配はない。火系統魔法による攻撃の痕跡も、焦げついた床を見れば一目瞭然だ。
つまり、何らかの方法で『気配完知』は偽の反応を掴まされいたということに他ならない。それどころか、この地下空間に関するこれまでの推測も間違っていたと考えるべきだ。
この地下空間では、自身に作用するスキルだけしか使えない。そう思っていたが、敵から魔法が飛んできたことを考えると、スキルに制限をかけられているのは俺たちだけということになる。もしくは、スキルの使用制限のオン・オフを切り替えるような何かしらギミックがある可能性も捨てきれないが、果たして……。
俺は小声で背後に立つディアに話しかける。
「ディア、今なら普段通りに魔法は使えそう?」
「ううん。集中しないと使えそうにない。でも、少しわかったかもしれない」
「それってつまり……この地下空間の仕組みがってこと?」
「うん。たぶんこの空間の魔力は、全て誰かに支配されてる」
魔力を視認出来るが故に、ディアはこの地下空間の仕組みに何か感じるものがあったのかもしれない。
――支配。
つまるところ、この地下空間は何者かの影響下・支配下にあるということだ。そしてその人物は、『
おそらくこの『支配』は、スキルによるものに違いない。
魔道具で俺たち三人のスキルだけを制限することが出来るとは到底考えられないからだ。
であれば、答えは一つ。それはスキルしかない。
それも、高レベルの
未だかつてない強大な力を持った敵の影が脳裏を過る。
俺は頭を振ってその影をすぐに追い出した。
今は目の前にいる敵のことだけを考えるべきだと考え直したからだ。
どのみち、今俺たちがやることは唯一つ。
自身に作用するスキルしか使えない以上、それらをもってこの場を対処するしかないのだ。
睨み合いが続く。
フラムに緊張の色は見られない。自然体そのものだ。戦う準備は出来ているとみていい。かく言う俺も、準備は整っている。
しかし、問題はディアだ。
魔法の行使に不安が残る以上、ディアに無理はさせられない。魔法だけではなく、身体能力もある程度高いとはいえ、流石に前衛を張る一流の冒険者までとはいかない。五人から一斉に狙われてしまえば、自衛すらままならないだろう。
五人組は俺たちを睨みながら、ジリジリと俺たちを取り囲むような配置に移動していく。それに合わせ、俺とフラムもディアを挟み込む位置に移動した。
その際に俺は『
どうやら『神眼』などの鑑定系スキルは無効化されないらしい。だが『気配完知』が偽の情報を掴まされたように、『神眼』も偽の情報を掴まされている可能性は否定出来ない。あくまでも参考程度に考えておいた方がいいだろう。
ちなみに五人組の戦闘能力は、流石にSランク冒険者とまではいかないが、Aランク冒険者に匹敵するほどには高いものを持っていた。全員が全員、一つの能力に特化しており、魔法が使えないこの状況下では決して油断が出来る相手ではない。
しかし、俺の正面から時計回りに、弓を引き絞る者、両手に短剣を構える者、手の平を向ける者、槍を構える者、長剣を構える者、と五角形のような配置についてくれたのは幸運だったと言えるだろう。
特に火系統魔法を使う者が狙いをフラムに定めてくれたことが大きい。
俺の身体は、伝説級スキル『
魔法が直撃したとしても致命傷を負うことはないだろうが、流石に全くの無傷とまではいかないだろう。
だが、火に対する絶対的な耐性を保有しているフラムであれば、相手が火系統魔法に特化していても、火傷どころか髪の毛一本すら燃えることはない。
「フラム――」
「うむ、わかっている」
誰が誰を担当するかを話し合う必要はどうやら無かったらしい。
フラムは俺が伝えたいことを伝え切る前に、俺の思考を全て読みきっていたようだ。伊達に今まで一緒に戦ってきたわけではないということなのだろう。
フラムの小気味良い返事に気分を良くした俺は、小さく笑みを浮かべ、戦いに備える。
今の俺とフラムの間に開戦の合図は必要ない。
阿吽の呼吸で同時に動き出し、たちまち敵を無力化していく未来が見えてくるほどだ。
紅蓮の柄をぎゅっと力強く握る。
そして、最初の一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「――うッ!」
「――かはッ!」
「――ぐぁッ!」
それは一秒にも満たない時間の出来事だった。
俺が一歩を踏み出す直前、背後から打撃音と共に三人の呻き声が聞こえてきたのは。
「後二人だなっ」
次に聞こえてきたのは、俺の目の前を駆けていくフラムの嬉々とした声だった。
弓を持っていた者と短剣を構えていた者は慌てて狙いをフラムに定めるが、もはや手遅れ。俺の目をもってしても捉えることが難しいフラムの動きについていけるはずがない。
矢が放たれる前に、短剣が投擲される前に、二人はフラムの拳によって次々と殴り飛ばされていく。
弓を持っていた者に限っては、衝撃のあまり、薄緑色の液体が入った透明で巨大な培養槽をその身体で貫き壊していたほどだ。
「主がディアを守り、私が敵を殲滅する。うむ、作戦通り上手くいったな!」
ドヤ顔で胸を張るフラム。
「……」
それに対し、ディアは無言かつ無表情でフラムを見つめていたあたり、フラムより余程俺の考えを理解してくれていたようだ。
「あ、うん。そうだね……」
上機嫌になっているフラムに『違う、そういうつもりじゃなかった』などといった指摘が出来るほどの蛮勇を俺は持ち合わせていなかった。
俺に出来たことといえば、話を逸らすことくらいだった。
しかし、その何ともない話題の転換が俺に幸運をもたらす。
「それにしてもよく飛んでいったね、弓使いの人。大丈……ッ!?」
弓使いが飛んでいった先にある、壊れて薄緑色の液体が流れ出ている培養槽に目を向けると、そこにはフラムに殴り飛ばされたにもかかわらず、平然と立ち上がり、弓をこちらに向けて引き絞る者の姿がそこにはあった。
おそらくフラムは殺さない程度には手加減をしていただろう。しかし、平然と立ち上がれるほどの手加減はしていないはずだ。少なくとも骨の数本は折れており、殴られた衝撃で意識を保っていられるはずがない。
だが弓使いは確かに立っている。
その事実に驚きを隠せずにいたところを俺は狙われた。
矢が放たれる。
音を置き去りにするほどの速度で、俺の眉間を目掛けて飛んできた精密にコントロールされた矢を、俺は紅蓮で弾き飛ばすことで事なきを得る。
第二射も同様に対処。そして第三射は、フラムが弓使いに急接近し、弓使いの意識を殴りつけて刈り取ったことで放たれることはなかった。
その後、俺とディアは急ぎ足でフラムのもとへ向かった。
「助かったよ、フラム」
「いや、私の落ち度だしな。だが、こやつが意識を保っていられるほど手加減をした覚えはなかったんだが。んー……思ったよりも頑丈だったのか?」
納得がいかないのか、フラムは弓使いを片腕で抱えながら首を何度も傾げる。
そんな中、ディアは床に流れ出ていた薄緑色の液体を注視した後、険しい声音で小さく呟いた。
「……間違いない。この液体は――『治癒の聖薬』だよ」
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