第247話 追いかけっこ
大量の雪玉がかなりの速さで俺を襲ってくるが、何も問題はない。最小限の動きだけで雪玉を回避していく。
半身になったり、サイドステップを踏んだり、はたまた上へ跳んだりと立体的に動くことで相手に的を絞らせない。
俺からすれば、スキルを使う必要性すら感じない生ぬるい攻撃でしかない。付け加えると、おそらく雪玉が当たったとしても怪我をすることはないだろう。
所詮はただの雪玉に過ぎないのだ。
多少固く雪玉が握られていたところで、俺の防御力を突破して怪我を負わせることなど到底不可能。だが、だからといってわざわざ攻撃をくらってやるつもりはない。
俺は回避をしつつ、徐々に二つの反応がある方向へ距離を詰めていく。
距離が近付くにつれて弾幕が厚くなってくるが、回避に加えて紅蓮で雪玉を上手く弾くことで弾幕に対処する。
正直にいえば、『暴風結界』を使えば難なく近づくことは可能だった。けれども俺は『暴風結界』を使うことを良しとしなかった。
その理由は二つ。
一つは、ただ単にフラムとの特訓の成果を試したかったから。
そしてもう一つは、『暴風結界』を使用してしまうことによって、トムの正体が俺だと勘付かれる可能性が少なからず存在するからだ。
トムとして出場した魔武道会で大々的に『暴風結界』を使用してしまった以上、本来の姿である『Aランク冒険者のコースケ』が不用意に使用してしまうのはまずいと今更ながらに考えたのである。
ノイトラール法国でトムのことが知れ渡っているとは流石に思っていないが、あくまでも念のために、だ。
そして前進を続けた結果、俺と二つの反応との距離は五十メートルを切る。
すると、俺が近付いたことで二つの反応は後退を始めた。
「――逃がすかっ!」
雪玉の弾幕は未だに続いている。が、俺はそれらを全て紅蓮で捌きながら移動速度を一段階上げた。四十、三十、二十メートルと距離は次第に縮まっていく。
それにしても相手の逃げ足はかなりのものだ。
いくら俺が相手の攻撃を捌きながら追走しているとはいえ、すぐに追いつくことが出来ないなんて思いもしていなかった。
だが、そんな彼らの逃亡劇も終わりが見えてきていた。
逃げ出している二人の後ろ姿を木々の間から目視で確認することに成功する。
襲撃者はライトブルーの髪色を持つ二人組だった。瓜二つの後ろ姿からして、もしかしたら双子かもしれない。しかも二人の背丈や体格から察するに、俺よりも年下のように見える。
しかし、もうこれ以上推察する必要はない。この距離であれば『
俺は後ろ姿を追いながら『神眼』を発動し、二人の情報を手に入れる。
襲撃者の名はエルミールとエドワール。
主だった所持スキルは二人とも同じで、
そんなことを考えながら追走していると、逃げ続けている二人の会話が風に乗って微かに聞こえてくる。
「まず――よ! このま――追い――ちゃ――! エル――様!」
「落ち――さい。少――気を出――わよ、エド――ル」
所々聞き取れない箇所があったが、一部聞き取れた内容からして、何かしらの動きを見せて来そうだ。ここは今一度気を引き締め直した方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら追走を続けていると、エルミールだけがこちらを振り返り、先程よりも声量を上げて俺にこう告げた。
「ごめんなさいね。でも、死なないように手加減はしてあげるから」
エルミールはそれだけを告げ、再び逃亡を始めた。
そして俺に襲いかかってきたのは雪玉ではなく、大量の石礫。それも、先程まで飛んできていた雪玉とは速度が段違いだった。
だが、死なないように手加減すると言った言葉は嘘ではなかったらしく、飛んでくる全ての石は俺の急所を避けてくれているようだ。
それでも回避しなければそれなりの痛手を被ることになるだろう。『
このまま石礫を無視して前進するか否かを考える。
『再生機関』には痛覚制御の能力があるため、例え石礫が直撃しようが痛みはない。けれども、わざわざこちらの手札を見せつける必要もないだろう。
数瞬の間悩んだ末、俺は数ある選択肢の内の一つを選んだ。
それは――上方への跳躍。
周囲に生えている木々よりも遥かに高く上へ跳ぶことで石礫を回避。それに加え、エルミールたちを一方的に視認出来る位置に移動することで、俺が次に打とうとしている一手を隠す。
余裕を持って石礫の回避に成功した俺は、次なる一手を打つ――。
――――――――――――――
「まずいよ! このままじゃ追いつかれちゃうよ! エルミール姉様!」
「落ちつきなさい。少し本気を出すわよ、エドワール」
Sランク冒険者パーティーである『比翼連理』の二人は、想像以上の強敵に出くわしたことで激しい焦りを感じていた。特に弟のエドワールはパニック状態に陥りかけているほどだった。
英雄級スキル『念動力』で動かしていた雪で作った白い巨人が倒された当初は、若干の焦りこそあったものの、それなりの腕を持った冒険者が現れたくらいにしか思っていなかった。
例えドルミール草の採取場に来られたとしても、自らの手で直接追い払えばいいと考えていたのだ。
自分たちはSランク冒険者なのだ、という自負を持っていたからこその余裕がその時はあった。
しかし今考えれば、そんな姉弟の考えは甘過ぎたと言わざるを得ない。
採取場に現れた黒髪の男は二人の想像を遥かに超えた実力を持っていた。
男に放っていた雪玉には『多重加速』を付与していなかったとはいえ、『念動力』で限界まで加速させていたにもかかわらず、黒髪の男は易々とそれらを回避。
回避されたことで多少躍起になった二人は雪玉の弾幕を厚くしたが、それさえも通用することはなかった。
ロングソードなのかサーベルなのか良く分からない武器を上手く操ることで、二人の攻撃を全て捌いてみせたのだ。
その時に感じた男の実力は、上級冒険者になったばかりのCランクやその上のBランク程度では収まらない確かなもの。
Aランク――下手をすれば自分たちと同じSランク冒険者なのではないかと肌で感じたのである。
故に姉弟は逃走を選択した。
このままでは完全に距離を詰められてしまうと半ば確信していたからだ。
だが、その選択も後数分もしないうちに失敗に終わってしまうだろう。男の身体能力はSランク冒険者である自分たちを一回りも二回りも超えるものだったのだ。
このままではとてもじゃないが逃げ切れるビジョンが見えない。
そう判断した姉のエルミールは、弟のエドワールに『本気を出そう』と提案を行ったのであった。
その提案に対し、エドワールはほんの僅かに顔をしかめる。
「……もしかしたら殺しちゃうかもしれないよ、エルミール姉様」
「あの男はあれだけの力を持っているもの。だから心配はいらないわよ、エドワール」
「……うん。わかったよ、エルミール姉様」
この一ヶ月間彼女たちは、とある事情でドルミール草を採取しに来た低ランク冒険者を、白い巨人を操って定期的に襲ってはいたが、殺したことは勿論のこと、重傷を負わせたこともなかった。そのため、エドワールは姉の下した決断に躊躇していたのだ。
だが、エドワールは姉の指示に否を唱えることはない。
エドワールにとってエルミールは唯一の肉親であり、何ものにも代え難い大切な存在だからだ。
「いくわよ、エドワール」
「任せて、エルミール姉様」
エルミールは逃走を続けながら『念動力』を使って、周囲に転がっていた多くの石を自身の制御下に置く。それに合わせ、エドワールはエルミールが制御下に置いた数多の石全てに『多重加速』を付与した。
全ての準備が整ったエルミールは一度後方を振り返り、男の位置を確認しつつ、注意喚起を行う。
「ごめんなさいね。でも、死なないように手加減はしてあげるから」
そして『多重加速』が付与された石を追走してくる男に――紅介に向かって放つ。
だが、二人の切り札とも呼べる攻撃さえも紅介に通用することはなかった。
「――避けられた!?」
エルミールは、跳躍することで攻撃を回避した標的の姿を瞬く間に見失ってしまう。焦りを面に出して周囲を見渡すが発見には至らない。
だが、数秒の後――
「――追いかけっこはもう終わりにしよう。観念して投降してほしい」
すぐ隣に立っていた弟のエドワールの首筋に、いつの間にかに武器が突き付けられていたのであった。
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