第209話 終戦

 イグニスの肩には、今回の反乱の首謀者であるマルク公爵が担がれていた。

 気を失っているのであろうその姿を見た瞬間、俺は安堵と怒りがない混ぜになった複雑な感情を抱いた。


 安堵した理由は至って単純だ。

 マルク公爵を捕らえたことで、ようやく王都防衛戦が終わる目処がついたからである。

 もうこれ以上戦う意味がないとマルク公爵軍の兵士たちに告げれば、戦意を失って投降する者が大多数現れるだろう。

 そうなれば後は王国騎士団に丸投げし、俺たちはお役御免となることからも俺は安堵していた。


 そして怒りの感情を抱いた理由。

 それは、マルク公爵が反乱を企て決行したことで、多くの人々の命が失われたことにある。

 一体どれほどの犠牲者が出たのかどうかは、正直俺にはわからない。しかし、少なからず数百人以上の犠牲者は出ているだろう。

 殺した側の人間である俺が言うのはおかしいかもしれないが、『マルク公爵が反乱を企てさえしなければ』とどうしても思ってしまうのだ。

 勿論、ルッツを殺したのはマルク公爵のせいだと責任を押し付けるような真似はしない。けれども、マルク公爵のことが許せないという気持ちだけは変わらずに今も持ち続けている。


 俺は左右に頭を振り、思考をひとまず放棄した。今考えるべきことは別にあると思ったからである。


「皆ありがとう。おかげで反乱を終わらせることが出来ると思う」


「うむ。だが、これからどうするつもりなのだ? 主よ。敵の大将を捕らえたはいいが、敵側の兵たちはそのことにまだ気付いていないみたいだぞ」


 確かにフラムの言うとおりだった。

 今もなお、俺の幻影を倒そうと躍起になっている者たちばかりで、戦いが終わる気配が感じられないのだ。

 マルク公爵を捕らえたという事実を相手側に伝えることが出来ればいいのだが、生憎とそのような手段は持ち合わせていない。

 だからといって、このまま幻影で千人を超える兵士全てを無力化していくのは流石に骨が折れる。


 では、どうするべきか。答えは一つしか思い浮かばない。

 王国騎士団にマルク公爵を捕らえたことを伝え、鎮静化図る。それだけだ。

 未だに罵声のようなものが頻りに土壁の向こう側から飛んできているが、ここは意を決し、怒られる覚悟で土壁の向こう側にいく他選択肢はない。


「イグニスには悪いけど、マルク公爵を連れて俺についてきてくれないかな? 壁の向こう側にいる王国騎士団のところに行きたいんだ」


「異論はございません。承知致しました」


「ディアとフラムはこのままここで敵兵が逃げ出さないように見張っていてほしい。幻影はそのまま残しておくから大丈夫だとは思うけど……」


「うん。わかった」


「うむ、了解したぞ。逃げ道を塞ぐよう周囲一帯を炎で囲っておけば問題はないだろう」


 今後の方針は決まった。後は行動に移すだけだ。

 俺はイグニスを連れて土壁の前に立ち、紅蓮で土壁の一部を切り取り、一人分の狭い入り口を作って中へと入っていく。

 狭い入り口にしたのは、一気に王国騎士団が戦場に雪崩れ込むのを防ぐためだ。

 そして、土壁の向こう側へと入った俺を待ち受けていたのは、やはりと言うべきか怒りの形相を浮かべた王国騎士団の面々だった。特に王国騎士団団長であるマティアスさんから感じる怒りのオーラが凄いことになっている。


「……トム殿、説明を願おうか」


 怒りを隠そうともせず、厳しい眼差しを俺に向けたマティアスさんが騎士団を代表してか、俺にそんな言葉を投げ掛けてくる。

 だが、ここで怯んでしまっては駄目だと自分に言い聞かせ、堂々とした態度で説明を行う。


「無駄な犠牲を出したくなかった、ただそれだけです。それに先ほども言いましたよね? 私の仲間がマルク公爵を捕らえてくると」


 俺の背中で隠れるよう立っていたイグニスが、俺の言葉に合わせて前へと進み出る。


「――ジェレミー・マルク!」


 怒りの形相から一転、驚きの表情を浮かべ大声を上げたマティアスさんに俺は説明を続けていく。


「この通り、マルク公爵は捕らえました。これでわかっていただけますか? これ以上戦う必要はないと」


 マルク公爵の姿を見た騎士たちが徐々にざわつき始める。

『本物なのか?』といった疑う声や、『我らの勝利だ!』といった喜びの声を上げる者など出てくる中、マティアスさんは表情を引き締め、質問を投げ掛けてくる。


「少し取り乱してしまったようだ。申し訳ない。それでトム殿、敗残兵はどうなっているのだろうか?」


「今は俺の仲間が逃げないよう見張っているところです。勿論殺してはいませんし、殺すつもりもありません」


「……そうか」


 まるで百面相だ。

 怒り、驚き、真剣、そして悩ましげな表情と、マティアスさんは次々と表情を変化させている。

 そして、十秒が経とうとしたところでマティアスさんは口を開いた。


「承知した。ここまで御膳立てしてもらったのだ。我ら王国騎士団はトム殿の意を汲み、無駄な殺生はしないとここに誓おう」


「ありがとうございます」


 喜びのあまり、微かに声が震えてしまっていた。

 俺とディア、フラム、イグニスが成し遂げたことが評価され、マティアスさんの信用を得るまでに至ったのだ。喜ぶなと言われる方が無理がある。


「――全員傾聴せよ!! ジェレミー・マルクの身柄は確保された! 残すは指揮官を失った敗残兵のみだ! 投降を促し、此度の戦いを終わらせるぞ!」


「「――ハッ!!」」


 鼓膜が破れるかと思うほどの大きな声でマティアスさんが王国騎士団全員にそう呼び掛けた後、再度俺に顔を向けた。


「トム殿、これでいいだろうか? 流石に、投降を促してもなお抵抗する者を見逃すことは出来ないが」


 この辺りが落としどころだろう。

 考えが甘いと言われる俺でさえ、最後まで抵抗する者を庇おうとは思わない。

 あくまでも俺が救いたいと思うのは自らの意思に反して強制的に参戦させられた人たちだ。進んで反乱に手を貸した者たちは裁かれるべきだろう。


「異論はありません。私の我が儘に付き合って下さり、ありがとうございます」


「礼を言うのはトム殿ではなく私の方だ。王都を、ラバール王国を救ってくれたこと、誠に感謝する」


 マティアスさんは真剣な面持ちで深々と俺に頭を下げた。

 王国騎士団の団長という立場にありながら、素性も知れぬ俺に対して頭を下げられるマティアスさんにはかなり好感が持てる。

 もし王国騎士団の団長がマティアスさんのような人物ではなく、傲慢でプライドの高い人物だったとしたら、ここまで上手く事が進むことはなかったはずだ。

 だからこそ、俺もマティアスさんに感謝の言葉と共に頭を深く下げた。


「本当にありがとうございます」




 その後、俺とマティアスさんは反乱の終息に向けた話し合いを行い、互いに協力して敗残兵を捕らえていくことになった。


「最初から最後までトム殿たちの手を借りてしまい、申し訳ない。おかげで、改めて我ら王国騎士団が力不足だったと認識することが出来た。全てが終わり次第、死んだ方がマシだと思えるほどの訓練をしなければならないな」


「……ははは」


 どう反応したら良いのかわからず、俺は苦笑いを浮かべることにした。王国騎士団の人たちには心の中で同情することしか出来ない。


「それでトム殿、いつになったら我らを囲むこの壁を壊してもらえるのだろうか?」


「あ……」


 完全に失念していた。

 土壁を全て壊すことはディアに頼まなければ難しい。

 ディアを連れてくれば良かったと後悔していると、今まで口を閉ざしていたイグニスがいつの間にかに俺の横に並び、口を開いた。


「僭越ながら、私めがフィア様に先ほどお伝えしておきましたので、じきに壁は取り払われるかと」


 一体イグニスはいつの間にディアのところに行っていたのだろうか。何より、こうなることを予想し、行動していたイグニスが優秀過ぎて驚きが隠せない。

 そしてイグニスの言葉通り、音を立てて土壁が崩壊していく。


「流石はフィア様。完璧なタイミングでございますね」


 イグニスも凄いがディアも凄かった。

 盗聴されているのかと思えるほどのタイミングで土壁が取り壊されていく。


「……信じられん。一体トム殿の仲間はどれほどの魔力を持っているというのか……」


 土壁が崩壊していく様を見つめながら、マティアスさんは茫然としている様子。

 確かにこんな芸当は常人では不可能な域だ。驚くのも無理はない。


「マティアスさん、驚いてしまうのは仕方ないですが、これで土壁はなくなりました。早速指示を」


「……あ、ああ。すまない。――王国騎士団に告ぐ! 速やかに行動を開始せよ!」


「「――ハッ!!」」




 それからの王国騎士団はスムーズで見事な働きをみせた。

 次々と投降する者を捕らえていき、抵抗する者に対しては連携を取り合いながら怪我人を出すことなく対処していった。


 俺たちはというと、逃げ出す者たちを引っ捕らえ、王国騎士団に引き渡すという作業を繰り返し、ようやく俺を含む四人全員が仕事を終え、王国騎士団から離れた場所で一息吐いているところであった。


「……これでようやく終わったんだ」


 未だに精力的に働く王国騎士団を眺めながら、ポツリとそう溢す。

 北の地には石像と化してしまった人々の姿があちらこちらに散見され、何とも言えぬ歯痒さを覚えてしまうが、俺にはどうすることも出来ない。

 悔しいと思うと共に、王都を救うことが出来たことにホッとしている自分がそこにはいた。

 だが、それでも胸に刺さった棘が抜けることはなかった。

 人を殺した――その事実は、王都を救うことが出来たかどうかにかかわらず、曲げようもない事実なのだから。


「……こうすけ?」


 ディアから突然声を掛けられ、首を捻る。


「ん? どうかした?」


「ううん。何でもない。気にしないで」


「……?」


 何故ディアから声を掛けられたのかがわからず、頭に疑問符を浮かべているとフラムから声が掛かった。


「主よ、そろそろ私たちはここから離れた方がいいのではないか? 最後まで残っていては面倒事に巻き込まれるかもしれないからな」


「私めもフラム様に賛同致します。もうこの場は彼らに任せても問題はないかと」


「そうだね。俺たちの素性も存在もこれ以上知られたくないし、俺たちの役目も終わった。もう帰ろうか」


 三人は頷き、賛成の意を示す。


「皆、俺の我が儘に付き合ってくれて、本当に本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」


「気にしないで」


「私はご馳走を期待しているぞ」


「私めはコースケ様に従うのみでございます」




 その後、俺たちは王国騎士団の人たちに挨拶をすることなく、転移ゲートで屋敷へと戻った。


 こうして、マルク公爵が起こした反乱は俺たちを含めた様々な人たちの活躍よって無事勝利を収め、終戦したのであった。

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