第142話 プランB

「主よ。一つ妙案が思いついてしまったぞ。……流石、私だな」


 余程の自信があるのか、フラムは腕を組みながら頷く仕草を何度も見せる。


「……妙案?」


 また妙な事を言い出さなければいいが、と内心思いながらもフラムの妙案とやらに耳を傾ける。不安七割、期待三割といったところだ。


「うむ! まず始めに、人質がいる部屋に私たち三人で強行突入をする。そしてディアが吸血鬼を発見次第、吸血鬼に弱い魔法をぶつけて標的を私と主に教え、それを即座に殲滅するという案なのだが、どうだ? 素晴らしい作戦だと思わないか?」


 少々強行策が過ぎる気がしないでもないが、十分に『あり』な作戦だと言えよう。

 ディアの魔法の扱いの上手さを考えると、複数の吸血鬼がいたとしても、同時に魔法を放ち、的中させることは可能である。

 周囲にいるであろう人質の人々に被害が及ばぬように、かなり弱めな魔法を使う必要はあるが、フラムの作戦を採用した場合では、ディアの魔法の威力は重要ではない。

 あくまでもディアの魔法は吸血鬼に目星をつけるためのものであり、実際に吸血鬼を倒すのは俺とフラムだ。

 どれが吸血鬼なのかさえ、わかってしまえば即時殲滅は容易だろう。


「悪くないどころか、フラムにしては珍しく本当に妙案かもしれない」


「……む? 珍……しく? 主よ、ここ最近の私は結構まともだと思うのだが」


 言われて気づいたが、ここ最近のフラムは真面目とまでは言えないが、ミスらしいミスもなく、至ってまともな言動をしている。

 出会ってばかりの頃から比べると、だいぶ成長をしていると言っても過言ではない程だ。


「フラムは過去に色々とやらかしているから、こうすけがそう思うのも仕方がないと思う」


 まるで俺の心を見透かしたかのようなフォローをディアが入れてくれる。

 だが、フラムはどうにも納得がいっていない様子。僅かに頬を膨らましながら、心外だとアピールしていた。


「時間もないし、フラムには悪いけど話を戻そう。俺としてはフラムの作戦で行こうと思うんだけど、ディアは何か意見はある?」


 今回の依頼が無事に完了したら、何かフラムにご褒美をあげなくてはと決心しながらも、話を人質の救出作戦へと戻す。


「わたしもフラムの作戦でいいと思う。でも、もし吸血鬼が三体以上いたらどうするの?」


 ディアが指摘した点については俺も何かしらの対策が必要だと考えていた。

 吸血鬼が二体以下なら、俺とフラムで各個撃破することは可能である。もしくは三体以上であっても、吸血鬼同士の距離さえ近ければ問題にはならない。

 しかし、そうではなかった場合には対処が困難となる。

 俺個人であれば、二体までなら何とかすることは出来るが、フラムの戦闘スタイルでは難しいと言わざるを得ない。

 周囲を気にする必要がない場所でなら、フラムは無類の強さを発揮することが可能だが、今回の条件下では強すぎるが故に、周囲の人々を巻き込んでしまう恐れがあるため、むしろ強すぎる力が足枷となってしまっている。


「俺個人では二体までなら対処できると思う。ナイフであっさりと倒せるくらいの魔物だったら、幾らでも倒せる自信はあるけど、流石に吸血鬼相手じゃ厳しいかな……。ちなみにフラムはどう?」


「ふむ……」


 数秒程、考え込む仕草を見せてからフラムは言葉を続けた。


「もう一段階、力を解放すれば出来なくはないが……」


 何故か歯切れが悪い台詞を残すフラム。

 まだ力を隠していたことに若干の驚きを覚えるが、今はその事を考える時ではない。


「力を解放すると何か問題があると?」


「うむ。……かなりの確率で私が竜族だと知られてしまうだろうな。今は髪の色が変化しているだけだが、さらに力を解放すると外見の変化がそれだけでは済まなくなってしまうのだ」


 どのような変化が起こるのかまでは口にはしなかったが、竜族だとわかってしまうほどの劇的な変化が起こるのだろうと、フラムの言葉から大方の予想がつく。


 仮にフラムが竜族だと知られてしまっても仕方がないと判断し、人質救出に向かったとしよう。

 その結果、吸血鬼をフラムの力で倒したとしても、フラムが竜族だと捕らえられている人々に知られてしまえば、パニックになることは間違いないと断言できる。

 これでは事態の収拾は困難となり、要らぬ騒ぎを起こすことになってしまう。


「なら、やめておこう。下手をしたら吸血鬼よりフラムの方が怖いと思われかねないし」


 多くの人間にとっては吸血鬼よりも竜の方が余程恐れられているというのが、この世界の一般的な認識となっている。

 フラムには申し訳ないが、別の手段を講じるべきだろう。


「人間は竜族を怖がりすぎだぞ。人間からちょっかいをかけない限り、こちらから手を出すことはないというのに。それではどうするのだ? 主よ」


「ここはもう張りぼて作戦で行こうと思う。吸血鬼が四体以上いた場合、プランBとして張りぼて作戦に移行するから、そのつもりで。それでその内容なんだけど――」




 作戦概要を二人に簡単に説明し、早速実行へと移った。

 二階へと駆け上った俺たちは、『気配探知』を頼りに人質が捕らえられている場所を特定。

 そして他の部屋に比べると一際重厚な扉をフラムが勢いそのままに蹴り破り、室内へ強行突入した。


 その部屋はちょっとした社交界を開くことさえ可能な程の広さだった。

 しかし、人が多く、窓が閉めきられているせいもあってか、多少の息苦しさを覚える。

 捕らえられている人々は床へとぎゅうぎゅう詰めとなって座っており、俺たちがいきなり部屋に入ってきたというにもかかわらず、覇気のない表情でこちらに視線を向けてくるだけ。

 中には視線すら向けずにひたすら俯いている人さえいる始末。まるで生きることを諦めてしまったかのようだった。


 そしてディアは部屋へ突入すると共に、即座に魔法を発動。

 四つの氷柱を一瞬で展開し、躊躇うことなく撃ち放つ。


「フラム! プランBだ!」


 吸血鬼を四体確認。

 俺も『神眼リヴィール・アイ』を使用し、吸血鬼だと確信を得たところで、フラムにそう呼び掛けた。


「任せよ!」


 プランB――通称、張りぼて作戦とは、その名の通りの作戦だ。

 俺のスキルの一つである『多重幻影』で分身を生み出し、戦う振りをするというもの。

 しかし、分身と言えども、所詮はただの幻影でしかない。

 そのため、幻痛こそ与えられるものの、倒すことは不可能。

 人間相手であれば、幻痛でも気絶程度はさせることが可能だろうが、吸血鬼相手では流石に難しいと思われる。けれども、時間くらいは稼げるはずだと俺は踏んでいた。


 俺は一つの分身を生み出し、一体の吸血鬼へと突撃させる。

 その間に俺は比較的距離が近い二体の吸血鬼の処理へと向かう。フラムには入り口から一番離れている吸血鬼を相手にしてもらう手筈となっていたため、そちらへと向かっていた。


 紅蓮は既に抜刀済み。

空間操者スペース・オペレイト』を惜しげもなく使用し、空間転移を行い、吸血鬼との間合いを瞬く間に潰す。

 突如、眼前に現れた俺に驚いている吸血鬼をよそに紅蓮を一閃。

 咄嗟に吸血鬼は両腕で顔を守ってはいたが、その程度の防御では紅蓮の刃を防ぐことは出来ない。

 吸血鬼の両腕と共に首までもはね飛ばし、一体目の処理を完了させた。

 そしてすぐさま、その場で紅蓮を再び一閃する。

 目の前には吸血鬼はいない。

 しかし、俺の目の前の空間を近場にいた吸血鬼の後方の空間と接続させ、刃先だけを吸血鬼の下へと届かせた。

 俺に倒された吸血鬼には何が起きたのかさえ、認識することが出来なかったであろう一撃。

 呆気に取られた表情のまま、吸血鬼の首は床を転がっていった。


 残る吸血鬼は後一体。

 フラムは既に吸血鬼を倒し終えていたようで、視線を俺に向けて、後は任せたといった様子。


 俺の分身である幻影は足場が少ない中、あえて攻撃は行わずにひたすら回避を行っている。

 その理由は、攻撃や防御をしてしまえば、吸血鬼に幻影だと悟られてしまうからに他ならない。

 幻影はあくまでも時間稼ぎが目的なのだ。役割は十二分に果たしたと言えるだろう。


 俺は三度目の空間転移を行い、俺の幻影と必死に戦っている吸血鬼の背後へと音も無く忍び寄り、いとも簡単にその首をはねたのだった。

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