第42話 エドガー・ド・ラバール国王

 サド伯爵が立ち去ると、シャレット伯爵が苦い顔をしていた。


「……なぜ奴がこの場にいるのだ」


 小さな声でシャレットはそう呟く。


「サド伯爵のことですか?」


「ああ、すまない。聞こえてしまったか。確か彼は王派の人間ではないはずなのだ」


「ということは反王派の貴族が王派の社交界に来ていると?」


 しかし、どうやら違うようだ。シャレット伯爵は首を横に振り、否定する。


「いや、彼は中立派のはず。それに彼は金と権力に弱い人間だ。国の最高権力者である王に歯向かうような真似はできない男なのだよ」


 だが、彼のエリス嬢に向けた視線は明らかに異常だった。

 俺は後ろ姿のサド伯爵に『神眼リヴィール・アイ』を使う。


 英雄ヒーロースキルの『心眼』持ちか……。ということは、エリス嬢のスキルを知ることができる人間ってことになるな。


 サド伯爵への警戒を一段階上げることに俺はしたのだった。





 それから約三十分が経った頃だろうか。突然、城内が静まり返る。


 何かあったのかと周囲を見渡してみると、白銀に輝く鎧を着た騎士が四名、社交場の奥にある豪奢な扉から出てきた。


 騎士が扉を挟むように二名ずつに別れて直立不動となると、騎士の後から王冠をかぶり、赤いマントを羽織った三十歳半ばほどの短い金髪の男性と白いドレスにティアラをした二十代と思われる美しい長い金髪の女性が現れる。


 その二人が現れると社交場にいた全員が頭を下げていた。それに習い、俺も続く。


「ラバール王国国王であらせられる、エドガー・ド・ラバール様、そしてその妃であらせられるセリア・ド・ラバール様が只今参られました!」


 騎士の一人が大声で社交場にいる全員にそう告げた。


 あの人がこの国の王様なのか。もっと年老いて長い髭をした人物を想像してたけど、俺の想像と違って若い王様だなぁ。


 そんなことを考えていると、エドガー国王が口を開き、話始める。


「皆、よく集まってくれた。今日は存分に楽しんでくれ。俺はその辺でゆっくり――」


 砕けた口調で話始めたエドガー国王に隣で立っていたセリア王妃が厳しい視線を向ける。


「ゴホン。今日は存分に楽しんで欲しい。私も皆と話すことを楽しみにしている」


 ……え? 俺の耳がおかしくなったのかと思ったけど、聞き間違いじゃなく、随分とフランクな王様みたいだ。いや、王様がそんな調子でいいのか? それに今見た様子だと、王妃様の尻に敷かれてそうだな……。


 国王と王妃のそんなやり取りを他の貴族も見ていたが、誰も何とも思っていない様子だ。おそらくありふれた光景なのだろう。




 エドガー国王の話が終わると、次々と人がエドガー国王の元へと向かう。シャレット伯爵から聞いた話では爵位の高い者から順に国王の元へと行くのが暗黙の了解らしい。


 そこから数人の貴族が国王との会話を終えるとシャレット伯爵が俺の肩を叩いてきた。


「それではコースケ君、次は私の順番だ」


「わかりました。私は遠目で見守っています」


「いや、何を言っている。一緒に行くのだ」


「えっ!……ちょっ!」


 有無を言わさずに俺は背中を押され、シャレット伯爵、エリス嬢と一緒にエドガー国王の元へ向かうはめに。



「陛下、ご挨拶に伺いました」


 シャレット伯爵がそう丁寧に挨拶を行い、頭を下げる。エリス嬢と俺もその言葉に合わせて頭を下げていた。ちなみに王妃は席を外している様でここにはいない。


「おう、シャレット。それに娘のエリスか……?」


 国王は途中で用意された椅子に座りながら片手を上げ、気楽な様子で挨拶を返す。


 国王を近くで見るとその身体は鍛えられ、頭脳派というよりは肉体派の印象を受ける。そして何より、その身体から放たれる雰囲気は王の風格を感じられた。


「はい。エリスでございます。エドガー国王陛下」


 エリスは礼儀正しく、緊張した笑みを浮かべながら答える。


「大きくなったな! 久々に見たから確信が持てなかったぞ」


 国王は椅子からわざわざ立ち上がり、エリスの頭を撫でていた。撫でられたエリスは顔を真っ赤にし、照れ臭そうにしている。


「陛下も変わりませんね。その調子では王妃様を怒らせてしまうのでは?」


「ああ、セリアには色々と小言をよく言われる。口調を直せやら王としての威厳がどうとかな。とは言われても、昔からこれだ。今さらどうにかしろと言われてもな」


「確かに陛下と私が子供の頃からその調子ですし、難しいかもしれません」


 二人は互いに笑みを浮かべ、語り合っていた。どうやら幼い頃からの知り合いの様だ。


「それでシャレット、お前の後ろに立っている男は一体何者だ? 貴族ではないな。雰囲気が違う」


 国王は俺に視線を向けたままシャレット伯爵にそう聞き、それに小声で答える。


「……彼は冒険者でコースケという者です。現在、エリスの護衛を任せています」


「なるほどな。道理で強者の匂いがしたわけだ。コースケと言ったか? お前、かなり強いだろ?」


 緊張で心臓がバクバクする。いきなり国王に話し掛けられるとは思っていなかった。俺は心を何とか落ち着かせ、口を開く。


「はい。コースケと申します。俺――失礼しました。私の冒険者ランクはCになります」


 やばい。つい、俺と言ってしまった……。シャレット伯爵と初めて会った時と同じミスをするなんて。


「別に『俺』で構わないぞ。シャレットもそう思わないか?」


「多数の人間がいる場所ではいけませんが、そうでなければいいのではないでしょうか。……そうだな、コースケ君、これからは私にも『俺』で構わない。もっと気軽に接して欲しいのだ。もう他人行儀で会話する間柄でもないだろう?」


 シャレット伯爵まで何を言い出すんだ? 確かに『俺』の方が楽だけど、相手は王族と貴族だ。そんな無礼な言葉使いでいいのだろうか?


「……わかりました。お言葉に甘えて『俺』でこれからはいかせていただきます」


「おう、そうしろ。それでコースケ、Cランクと言ったか?」


「そうですが……?」


 そう答えると、エドガー国王は笑いながらも視線が鋭くなる。


「その程度の強さじゃないはずだ。違うか?」


「そうですね。おそらく他のCランク冒険者よりは強いと思います」


「だろうな。俺も武術を嗜んでいるが、コースケの雰囲気は強者のそれだ。だが、何故Cランクに留まっているんだ?」


「実はこれでもアーデルさんに――じゃなく、ギルドマスターに特例でCランクに上げてもらったばかりなのです。俺はまだ冒険者になってから日が浅く、元々はEランクでしたから」


 俺がそう話すと、エドガー国王の顔が渋いものになっていた。


 ん? どうしたんだろう?


「今アーデルと言ったか?」


「はい、そうですが」


「あのババアと知り合いなのか……。まさかここに来ていないだろうな!?」


 少し焦った様子で周囲を見渡し始めるエドガー国王。それをシャレット伯爵が落ち着かせる。


「ベルナール男爵は来ていませんよ。とは言っても王都にはいますが」


「危なかった。ババアと言ったことがバレたら何をされるかわかったもんじゃない。だがアーデルは王都にいるのか。会わない様に気を……」


 後半の言葉は余りにも小さな声のため、聞き取れなかったが、どうやらエドガー国王はアーデルさんの事が苦手の様だ。


「アーデルの話は今は関係なかったな。話を戻そう。それで何故コースケをこの場に連れてきたんだ?」


「実は何者かにエリスが狙われているのです。陛下ならご存知でしょうが、おそらくエリスのスキルをその何者かが知ったのでしょう」


「エリスを使って金儲けを考える奴がいるってことか。なるほどな。それで護衛としてコースケを連れてきたのか」


「そうなります」


「だがここは王城だ。警備は厳重にさせている。わざわざ厳重な警備を掻い潜り、ここでエリスを狙うとは思えないが」


「私もここの警備を疑っている訳ではありません。しかし、エリスを狙う者は反王派の可能性が高いのです」


 シャレット伯爵の言葉を聞き、エドガー国王は顎に手をあて、何やら考え事をしている。


「反王派の奴らか……それならここでエリスを誘拐することが出来れば、リスクを上回るメリットを手に入れられるという訳か」


「はい。もし王城内でエリスが誘拐されれば、陛下の信用が失墜してしまう恐れがあります」


「反王派というのは面倒な奴らだな。今は国内で争っている場合じゃないということもわからないのか――」




 そんな話をしているタイミングで社交場に吊るされた全てのシャンデリアの明かりが突如消え、周囲は騒然としたのだった。


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