第216話 隠された真の計画

「……ハア……ここにはアウラムたちしかいないし、もういいわよね?」


「お好きにどうぞ」


「久しぶりに素に戻れるわ。ずっとあんな口調してたら息が詰まっちゃうもの」


「……だったら、しなきゃいいのに」


「バカね。ああいうミステリアスなほうが、タダ者じゃない感が出て、結果的にあのバカ王子に取り入ることができたんじゃない」


「なるほど……。アンタなりの処世術と言ったところか」


 衝撃的な事実を紫音たちに告げてきたというのに、当の本人はそんなこともお構いなしに二人で話を繰り広げていた。


「な、なんなんですかこれは! なぜエメラルダ姉さんがここに……? あなたは8年前にいなくなったはずでは?」


 置いてけぼりとなっているこの空気に耐えきれず、たまらずエリオットは、胸の中に抱えていた疑問をコーラルに投げかける。


「まるで私が死んだみたいな聞き方をするのね、エリオット? 私は単にこの国を出ただけよ。言うなれば、長い長い家出をしていたようなものね」


「……っ」


「そういえば、アウラムは最初っから私だって気付いていたみたいね。せっかく私が正体を明かしたっていうのに、あんまり驚いていなかったもの」


「アウラム……兄さん?」


「なにも最初から気付いていたわけではない。きっかけは、呪怨事件の調査に出かけた先でエメラルダ姉さまとそこにいる竜人族と最初に会ったときだ」


 そう言いながらアウラムは、二人に目をやりながら話を続ける。


「フード越しではあったが一目見た瞬間、どこか懐かしさを感じた。それからお前らに捕まり、この部屋に閉じ込められてからというもの、ずっとなぜその感覚に陥ってしまったのか考えていた。……そして、考え抜いた先で導き出された答えがそれだっただけのことだ」


 しかし、本人としては外れてほしかったのだろう。アウラムは目を覆いたくなるような真実を前にして、悲しげな顔を浮かべていた。


(……まさかあいつの協力者がこの国の王女だったとはね。……というより、なんで人魚がアトランタなんかに付いているのよ? あの女、いったいなにを考え――あら?)


 などと様々な考えを巡らせているフィリアのもとに、紫音からの念話が届いた。


『フィリアにローゼリッテ、ティナも聞こえているな?』


『ええ、聞こえているけどどうしたのよ?』


『……なんだ、念話って使えたのね』


『で、でも大丈夫なんですか? 傍受されていたりとか……』


『……そこははっきり言って賭けだ。それよりも、もう一度こちらから仕掛けてここから脱出するぞ』


 この部屋からの脱出を諦めていなかった紫音は、最後の勝負に出ようとしていた。


『脱出って……さっきアイツがバカみたいに飛び出してヤラれていたのを見ていなかったの?』


『バカみたいに……は余計よ。でも、さっきみたいな奇襲は警戒しているだろうし、もう通用しないはずよ』


『さっきのは、一人で突っ走ったからダメだったんだよ。次はフィリアとローゼリッテが左右から同時に仕掛けて、あのコーラルって女に挟撃するんだ』


『確かに、あの女を無力化すればこの結界を解かれるかもしれないけど、そううまくいくの?』


『そこでティナの出番だ。確か精霊魔法の中には、目くらましのようなものがあったよな?』


『は、はい……前方に閃光を放つだけで攻撃力はまったくの皆無ですが、一応あります』


 メルティナに確認した後、紫音は満足した顔をしながらうんと頷く。


『だったら、俺が合図するからその後すぐにティナはさっき言ってた魔法を放ってくれ。それに続いて、フィリアとローゼリッテも出る。そういう流れで行くぞ』


『……でも紫音、なんで急に? いままで脱出なんか諦めていたくせに……』


 まだ根に持っていたのか、フィリアは不満げな口調をしながら紫音に突っかかってきた。


『あの結界を突破する手立てがなかったから動かなかっただけだよ。でもいまは違うだろ? この仕掛けを作った張本人が目の前にいるんだぞ。ここでやるしかないだろ』


『……そ、そりゃあそうだけど……』


 答えを聞いたものの、まだ不満が残っていたフィリアは納得できていない様子でいた。


『それに……これが最後のチャンスかもしれないしな』


 そこで紫音は、意味深な発言をフィリアたちに告げた。


『シオン、それはどういう意味よ?』


『言葉通りの意味だよ。奴らがなぜこのタイミングで俺たちの前に姿を見せてきたと思う? 俺が思うに、すべての準備が整ったからじゃないかと思うんだ』


『す、すべてって……もしかして』


『え!? なに、もう戦争が始まるの?』


『おそらくそうだと思う。だから俺たちの前に姿を現し、自分の正体を明かすリスクまで冒してきたんだと思う』


 紫音の推測を聞き、フィリアたちはハッと気づかされた。

 もしもその意図があって、紫音たちの前に現れたのなら、この瞬間しか脱出する機会はない。これを逃してしまえば、次の機会はおそらくオルディスとアトランタとの戦いが終わったあとになる可能性が高くなる。


『いまはとにかく、下手に動かず、向こうの警戒が薄まるまでとりあえず様子見だ。……勝手に突っ走るなよ……特にフィリアとローゼリッテ』


『わかっているわよ……』


『ハイハイ、わかりましたよ』


 念のため、二人に釘を刺しながら紫音は改めてコーラルたちに意識を向けることにした。


「だ、だが……なぜエメラルダ姉さんがアトランタなんかに? それもさっきの話を聞く限り、エメラルダ姉さんが呪怨事件を引き起こした犯人……なんですか? なぜ、そんなことを……」


 エリオットは依然として混乱している様子で、コーラルに様々な疑問を投げかけていた。


「混乱すると、しどろもどろになるところは相変わらずね。……まあ、一つ一つ教えてあげるわ。その理由を言うのもここに来た目的の一つだしね……」


 最後のほうだけ囁くような小さな声で言った後、エリオットの問いに答えていく。


「まずは……そうね。私がアトランタにいる理由だけど、別に完全にアトランタ側に付いたわけじゃないわ。むしろ私の長年の目的を達成させるためにアトランタ側に協力しているだけよ。もちろん、向こうには内緒でね」


「目的……だと?」


「私の目的は、人魚に対する大規模な意識改革です。その足掛かりとして、アトランタのみなさんには次の戦いでイヤと言うほど思い知ってもらいます。海の支配者たる人魚族を怒らせるとどうなるか……その身でね」


 意識改革などという突拍子もない言葉を聞き、アウラムとエリオットはどう反応すればいいいのか分からずにいた。


「……つ、つまりエメラルダ姉さまは別に敵に寝返ったわけではないのだな?」


「もちろんよ……。むしろアトランタには、私の目的を達成するためのにえとなってもらうわ」


(に、贄だと……?)


 不穏な単語がコーラルの口から飛び出し、アウラムは怪訝そうな顔をする。


「エメラルダ姉さま、先ほどあなたは大規模意識改革が自分の目的だと言っていたが、いったいなにをするつもりなんですか? まさかアトランタを敗戦に追い込むだけじゃ済みませんよね」


「もちろんそうね。……この戦いはあくまで踏み台にすぎないわ。次はそうね……この国の玉座でも手に入れようかな?」


「――っ!?」


「そのために、お父様……ブルクハルト王には次の戦いで戦死してもらうわ。……そうだわ。あのバカ王子にも戦死してもらって、アトランタにはオルディスの属国になってもらうっていうのもいいわね」


 あまりにも耳を疑うような言葉の数々に、アウラムとエリオットは目を見開きながら驚いていた。


「な、なにをバカなことを言っているんですか! 父上を殺すなど……そもそも父上を殺したとしてもエメラルダ姉さんは王にはなれるはずがない!」


「あら、それはなんでかしら?」


「じ、次期国王はアウラム兄さんが務めるからですよ……」


「……ふうん、そうなの。姉弟たちにはそういうことになっているのね」


 自分が王の座に付けないと言われたのに、コーラルはそれを覆すほどの根拠を持っているのか、さほど動じてはいなかった。


「エリオット、オルディスの国王の座がどのように決められているか王族のあなたなら知っているわよね。……もちろん、アウラムもね?」


「な、なんの話を……?」


「オルディスの王の座は代々、世襲制となっているわ。特別な理由がない限り、それが覆ることもない。……そして一番重要なのは、国王に複数の子どもがいた場合、男女問わず最初に生まれてきた子どもに王位継承権が与えられるということよ」


「そ、そのことなら知っています。……ですが、エメラルダ姉さんは8年前に行方不明になっているんですよ。この国では、5年以上消息が不明となっている場合、死亡扱いとして受理されることになっています。ですので、エメラルダ姉さんの望みが叶わないと思いますよ」


 コーラルが発した言葉に対してエリオットは負けじと反論する。

 しかし、コーラルにはまだなにか手があるのか、余裕の笑みを浮かべていた。


「……そうね。エリオットの言う通りだわ」


「だ、だったら……」


「でも、残念。公的にはまだ、死者としてではなく、まだ行方不明者として扱われているもの」


「そ、そんなはずは……」


「私も調べているうちに気付いて本当に驚いたわ。……その辺のことはアウラムが知っているんじゃない?」


 コーラルにそう指摘され、エリオットはすぐさまアウラムのほうへと顔を向ける。

 すると当のアウラムは、少しだけ気まずそうな顔をしながら目を背けていた。


「……本当……なんですか? アウラム兄さん……」


「ああ、すべて本当のことだ。……あれは、エメラルダ姉さまが行方不明になって5年ほどの月日が流れた後のことだ」


 そう言いながらアウラムはそのときのことを思い返しながら続ける。


「父上たちに呼ばれた私はその場でこう言われたんだ。『エメラルダは今、自身の過ちを見つめ直す旅をしているようなもの。だからこそ、前以上に成長して帰ってきたときのためにも次期王の座を今は空席にする必要がある。本来であれば、死亡届を出す必要があるが、エメラルダのことを信じて特例として行方不明のままにしておく。仮にこのまま戻らなかった場合、次席のアウラムに王位を継がせる』とね」


 それは親として子どもを信じたための特別措置なのか定かではないが、国王たち必ずコーラルは帰ってくると信じていたようだ。


「ふふふ……」


「……っ?」


 アウラムの口から真実が語られたとき、コーラルは静かな笑い声を上げていた。


「アハハ! なんだそうだったのね。それはお父様に感謝しないといけないわ。もし私に、王位継承権が剥奪されていたら計画を大幅に修正する必要があったものね!」


「な、なぜ今の話を聞いてそんなへらへらと笑っていられる! 父上たちがどんな思いをしながらエメラルダ姉さまの帰りを待っていたのか、知らないはずもないだろう!」


 場違いなほどに笑みを浮かべているコーラルの態度に無視できず、アウラムは怒りを孕んだ声を上げた。


「……だって、滑稽でしょう。お父様たちが私の存在を生かし続けてくれたというのに、その私の手によって死ぬんですもの。悲劇……いいえ、この場合は喜劇と言ったほうがお似合いね」


「父上たちを愚弄するな! たとえ、エメラルダ姉さんが王位に就いたとしても私たち兄妹がそれを断固として阻止する! そう簡単に王になれると思うなよ!」


「怖いわね、エリオット。でもそうね……お父様が死んで突然私が王位に就いたとしても、反発する者も少なからず出てくるわね」


「……だったら」


「もしそうなったら、実力行使に出るしかないわね」


「じ、実力行使だと……」


「あなたたちが呪怨事件と呼んでいる事件の犯人は確かに私よ。でもね、そのおかげで今もなお、海底には呪いに侵された魔物たちが大勢いるわ」


 分かり切っていたことだが、改めて自分が呪怨事件を引き起こした犯人だと告白してくる。

 その唐突のない発言に、どこか不気味さを感じていた。


「私はね、呪いにかけた魔物たちを使役する能力ちからがあるのよ」


「……なにっ!?」


「使役できる数に上限なんてものはないわ。その証拠に、次の戦いではその魔物たち――総勢二千体が戦場で暴れ回ることになっているわ。本当ならここに海龍神も追加してあなたたちにさらなる絶望でも与えようと思ったけど、この軍勢ならあなたたちを抑え付けるのも造作もないはずよ」


「エメラルダ姉さま、圧制で国をいてもいいことなんてなにもありせんよ。むしろ、国民の不満が溜まり、やがてはクーデターへと発展する可能性もあります」


「そうね……。過去の歴史を紐解いてもそういったケースは浴びるほどあるわ。でも、安心して。それと引き換えに人魚族たちには、さらなる地位の向上を約束するわ。それも他の種族たちが私たちに手を出せないほどにね……」


 その言葉は、昔のコーラルを知っている者から見ると、決して出ることのない言葉の数々だった。

 あまりにも考えが変わり果てたコーラルに、エリオットは恐る恐る問いかける。


「い、いったい……なにがあったというんです。昔のエメラルダ姉さんは他種族との共生を望んでいたはずだというのに、今の発言はそれとはまるで違うではありませんか。いったいこの8年間、あなたの身になにが起きたというんですか?」


「――っ!? ……お、おしゃべりはここまでよ。本当ならあなたたちの話も聞くつもりだったけど、久しぶりに弟たちに会ったせいか、思いのほか時間をとってしまったわね」


 コーラルはエリオットの問いに答えようとはせずに、後ろを振り返ってそのままこの部屋から退出しようとしていた。

 その姿をアウラムとエリオットはただ見ていることしかできずにいた。


(――っ!? こ、ここだ!)


 今の今まで静観を決めていたが、ここでようやくコーラルたちの意識が、紫音たちから逸れるのを感じた。

 この瞬間しかないと思った紫音は、ここで最後の賭けに打って出る。

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