第204話 同盟関係
大海賊と名高いバームドレーク海賊団の船長、デュークと顔を合わせることとなった紫音たち。
デュークは、映像越しに紫音たちの姿が見て、まず開口一番に、
「オイ、グリゼルさん。あんたの新しい主人ってのはいったいどいつだ?」
突拍子もない質問をグリゼルに投げかけていた。
「なんだ、分かんねえのか? 目の前にいる人種の男だよ」
「ハアッ!? こいつが? 俺よりも一回り若いガキじゃねえか!」
「ガキだと思って侮るなよ。オレは以前、こいつと戦って負けたことがあるんだからな」
「こんなガキに負けた……だと? つまりこいつは、俺よりも強いっていうのかよ!」
「残念ながらそういうことだ。じゃなかったら、オレがだれかの下につくなんてことねえだろ」
「……雑談はそのくらいにしてこっちからも話していいか?」
これ以上話を膨らませると、際限なく続きそうなので紫音はいったん話を中断させ、別の話題へと切り替える。
このまま本題へ移るのも一つの手だが、ここは互いのことを知るためにも自己紹介から始めることにした。
「初めまして、俺は亜人国家アルカディアに所属している紫音です。一応、グリゼルたちのマスターをしています」
と、まずは紫音から始まり、それからフィリアたちも自己紹介を進めていく。
ひとしきり終えたところで、再びデュークの口が開いた。
「なるほど……。友好のために人魚と接触した……。アルカディアの目的についてはよくわかった。それにしても、まさか人魚をこの目で見ることができるとはな……」
「なんだ? 会ったことないのか?」
人魚を見るのが初めてのデュークに、なぜかグリゼルは得意げな顔をしながら訊いてきた。
「当たり前だ。普段、深海で暮らしているような珍しい種族なんだぜ。海賊と言えど、そう簡単に出くわすような種族でないことくらいグリゼルさんなら分かるだろ?」
「……昔、バルトロのヤツと航海していたときに人魚の街に行ったことがあるけどな」
「――っ!? なんだよそれ! 昔読んだ航海日誌にそんなこと書かれていなかったぞ!」
「ああ、そういや昔の人魚って外界との交流がまったくなかったうえに変に情報規制とかも厳しかったから、そのせいで書けなかったのかもな。……まあ、今となっちゃもう時効だから、あとで話してやるよ」
「……ねえ、盛り上がっているところ悪いけど、そろそろ本題に戻ってもいい?」
向こうで盛り上がっているグリゼルたちに耐えかねたフィリアが、画面越しに割って入ってきた。
「おっと、悪いなフィリア。昔を思い出してつい盛り上がっちまった」
「まったく伯父様は……。それでデューク? これまでの話を聞いたうえで訊きたいんだけど、私たちと同盟を結ぶつもりはあるかしら? 人魚たちに危害を加えようとしているアトランタを討つために私たちと組んでほしいのよ」
フィリアは近い将来起きる大きな戦いに向けて重大な質問をデュークに投げかける。
「……巷で起きている魔物の暴走にアトランタが一枚嚙んでいるとしたら俺たちとしては許し難い事件だ。あれのせいで、航海に支障が出ちまったからな。奴らの好きにさせないためにもお前たちに協力するのもやぶさかではない……」
「それなら……」
このまますんなり話が進むかと思いきや、デュークは付け足すように間髪入れずに話を続ける。
「だが、俺たちは海賊だ。無償の施しを与えるつもりなど毛頭ない」
「……つまり、報酬を寄こせと言いたいのね?」
向こうの意図をすぐに理解したフィリアは、確認するように訊く。
「ああ、そうだ。国と一戦交えるなら大きな戦いに発展するのは間違いないはずだ。そんな戦いに出て無傷で済むはずもない。互いの利害が一致しているだとしても、タダで動くなんて割に合わないだろう?」
「そっちの言い分はもっともね。……でもどうしようかしら」
恥ずかしい話だが、アルカディアには大海賊を雇えるほどの財は持っていない。
支払えるような対価すら持ち合わせていなかったため、どう説得しようか、悩んでいると、
「そんなもん、オレが出してやるよ」
「……伯父様?」
助け舟を出すようにグリゼルが名乗り出る。
「ほう、いったいなにを出してくれるんだ?」
「……とりあえず、オレの鱗や爪、角の先っぽとかすぐに生え変わるような部分でいいか? ちょうど昔に収集していたものがあるから、これを報酬として出すぜ」
そう言いながらグリゼルは、どこからともなくさっき口にしていた素材の数々をデュークに見せる。
「そういえば、その手があったな」
「人種たちにとって、ドラゴンは素材の宝庫のようなものだからね」
すっかり忘れていたが、この世界においてドラゴンは希少な存在であるがゆえに、ドラゴンから採れる素材は高値で取引されている。
これなら、報酬としても十分の役割を果たしてくれる。
「……ほ、本当にいいのか?」
「もし足りないなら世界樹の枝もつけるぜ」
「――っ!? りょ、緑樹竜様! ダメじゃないですか! 勝手に持ち出しては……」
思いもよらない品物を目にしたメルティナが、珍しく声を上げた。
「これか? 世界樹を住処にしていたときにオレの能力で世界樹とか育てられないかなと思っていくつか拝借していたときがあってな。そのときのものだ」
まったく悪びれる様子もなく、淡々と世界樹の枝について説明していた。
「世界樹の枝に関しては俺らの手に負えないから遠慮しておく。むしろ貰ってしまっては方々から要らぬ恨みを買いそうだからな。それ以外なら報酬として認めてやる」
「それじゃあ……」
「ああ、交渉成立だ。お前たちと同盟を組んでやる。これからよろしく頼むぜ」
グリゼルのおかげで難航することなく、交渉を終わらせ、バームドレーク海賊団という強大な戦力を確保することができた。
「ええ、こちらこそ。……それじゃあさっそくだけど、一度情報を整理しましょう。こっちの状況は一通り伝えたけど、伯父様たちのほうはまだでしょう?」
「そうだな。俺が紹介しておいた情報屋のところに行ったみたいだし、そこで手に入れたい情報とかも一度共有しておかないとな」
「それもそうじゃな。ここから先は儂が話そう」
ディアナにバトンタッチして、これまでの経緯について話し始める。
主な内容としては情報屋で得た情報についてだったが、その内容があまりにも頭を悩ませるようなものばかりだった。
「敵はアトランタだけだと思っていたが、教会も出てくるのか……。これは少々厄介だな」
「オイオイ、ここに来て今さらナシは勘弁してくれよ」
「一度引き受けた仕事だ。途中で降りるつもりはないが……かなり難しい戦いになるのは間違いないだろうな」
まるで教会の実力を分かっているかのような口ぶりをするデュークに紫音は尋ねる。
「デュークさんは、教会と戦ったことがあるんですか?」
「まあ、何度かな。うちにも亜人種がいるせいか、人種至上主義を掲げている教会の連中が攻めてきたことがあったんだ。もちろん返り討ちにしてやったが、今回は前みたいにはいかないだろうな」
「もしかして、聖杯騎士とかいう奴らの存在ですか?」
「そうだ……。奴らとは直接対峙したことはないが、伝え聞く話では人知を超えた能力を持っていると聞く。……そういやアトランタに帰港する航海中に教会所属の船を何隻か見かけたが、もしかしてあれがそうだったのかもな」
「……なんにせよ、教会の連中が出張ってこようと、迎え撃つことには変わりないんだろう?」
「そうね……。敵の戦力が増えたわけだけど……計画に変更はないわね」
「確かに計画自体に大きな変更はないだろうが、情報がまだ足りないな……。ディアナ、教会関連を中心にライムの監視網を広げてくれ。数や敵の主戦力についてもう少し知る必要がある」
人魚たちを勝利に導くために更なる情報を収集をディアナに依頼する。
「うむ、すぐにやらせよう」
「シオン殿、少しいいか?」
「ヨシツグ、どうしましたか?」
「大まかだが方針についてはまとまったようだが、次にこれから私たちはどう動くか話し合うべきではないか? やはり一度合流するか?」
一度二手に別れて行動していたが、両チームとも目的自体は達成したということで、ヨシツグは合流するではないかと提案してきた。
「いいえ、このまま二手に行動したほうがいいと思うわ」
「フィリア……?」
「いまは一分でも時間が惜しい状況よ。のんきに集まっているヒマがあるなら戦いに向けて準備を進めたほうが得策よ」
(……確かに)
思わず唸るほどフィリアの言葉には説得力があった。
結局のところ、それが決め手となり、満場一致でこのまま二手に別れて行動することとなった。念のため、お互いの状況を随時把握するため定期的に連絡を取り合うという決まりを取り付け、次へと移るためディアナとの通信を終了させた。
「それじゃあ俺たちは報告がてらいったん城に帰るか」
「それがいいだろうな。海龍神様の件は皆が心配していた事態だからな」
その他にもブルクハルトからの信頼を得るという目的もあったのだが、みなまで言う必要はないと思い、口を紡ぐことにした。
「……でも、信じてくれるかしら? 私たちがシェイレーン様の呪いを解いただなんて……」
「……思っていても口にするなよな。俺も少し考えていたんだから」
エリオットという監視が付いていたとはいえ、ブルクハルトたちは、紫音たちのことなどあてにしていない様子だったため、そのような不安が頭の中に浮かんでいた。
「どうやらお困りのようですね」
「シェイレーンさん?」
「あなたたちには深い恩があるので、力を貸しましょう。人の子よ……シオンと言いましたね」
「は、はい……?」
「こちらへ……」
突然のシェイレーンからの呼び出しに、紫音は訳も分からず、言われるがままに近づく。
「そなたに私の加護を授けましょう」
そう言うと、シェイレーンから水色の玉のようなものが現れ、その玉はゆっくりと紫音のもとへと降りてきてそのまま紫音の中へと入って行ってしまった。
「――っ!? い、いまのは……っ!? な、なんだこれ!?」
得体の知れないものが紫音の中に入ったかと思いきや、今度は手の甲になにやら紋章のようなものが浮かび上がってきた。
「それは私の加護を受けた者に刻まれる証のようなものです。人魚族にも同じ証が刻まれているはずです……おや?」
「そうなのか?」
「そ、その通りなのだが……まさか私たち以外のこの印を持つ者が現れるとはな……」
人魚以外にシェイレーンから証を授けられたことが意外だったのか、エリオットは驚きを隠せずにいた。
「その証が紫音にあるってことは、人魚たちが使っている魔法を紫音も使えるってことなの?」
「その力も与えるはずでしたが……妙ですね。何者かに遮られてしまったようです。私よりも高位の存在による干渉を受けたことが原因でしょうが、いったい何者なんでしょう?」
「し、神龍に干渉できる存在って、紫音あんたいったいなにしたのよ?」
まったく身に覚えのないことだったので、紫音はぶんぶんと首を横に振りながら否定する。
「俺が知るわけないだろう。……第一、俺としてはどっちでもいいんだけどな。どうせ変身すればその魔法も使えるようになるんだし」
「それはそうだけど……」
「それほど気にしていないようなら安心しました。ですが、このままただ証を授けただけでは恩人に顔向けができません。……いいでしょう。一度だけそなたたちに手を貸すことを許可しましょう」
「……手を貸す?」
「そなたには私に干渉できるほどの稀有な能力を有しております。その能力と私が授けた証を媒介とすることで一時的ではありますが、封印の呪縛から逃れ、そなたたちの前に顕現することが可能となります」
要するに紫音の手でシェイレーンを呼び出すことができると言っているのだが、あまりのことの大きさに一瞬、放心状態に陥ってしまっていた。
「そ、そんなことが本当に可能なのかよ……。だってシェイレーンさんは、この場所から動けないんだろ」
「自覚していないだろうが、そなたにはそれだけの力がある。それだけは断言しよう」
「いきなりそんな力をもらっても持て余すんだが……」
「使うかどうかはそなたが決めるがよい。もし私の力を借りるなら私がそれに全力で応え、敵を討ち滅ぼしてやろう。……それまでは英気を養うとする。呪いが解けたとはいえ、まだ本調子ではないのでな」
「ああ、もしものときは力を貸してくれ」
「ええ、そのときは……。最後に、今回の件が片付いたらもう一度私に会いに来てください。褒美として、そなたに渡したいものがあるので……」
と、意味深な発言を残しながらシェイレーンは水の上で眠るように目を閉じ、動かなくなってしまった。
「も、もう寝たのか?」
「そのようだな。……ハア、これから国王様にこれまでのことを報告しないといけないのか」
あまりの情報量の多さにさすがのエリオットも困り果てている様子でいる。
「褒美とやらも気になるところだけど、私たちも次に進みましょう」
「そうだな……」
そして大仕事を終えた紫音たちは神殿を後にして、オルディスへの帰路につくことにした。
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