第195話 海運都市アトランタ

 オルディスで紫音たちと別れて行動することとなったディアナ一行。

 紫音から借りたシードレイクで海を渡り、アトランタへ到着した後、ディアナたちは街を散策していた。


「さすが、流通の拠点とも言われておる国じゃな。珍しい魔道具や読んだことのない書物が並んでおる」


「お前さんの言う通りだな。酒もツマミも格別じゃねえか」


 散策とは言うものの、その姿はただの観光客にしか見えず、調査に来たなど微塵も感じられない姿だった。


「……お主ら、先ほどから一体何をしている。シオン殿から命じられた使命を忘れたのか?」


 二人の雰囲気に呑まれていなかったヨシツグは、ため息交じりに二人を注意した。


「なあに、心配するでない。仕事ならすでにしておる」


 言いながらディアナは、肩に乗せていた一体のスライムをヨシツグに見せる。


「……その奇妙な生き物は確か……シオン殿のところで何度か見たような……」


「なんじゃ、こうして面と向かって会うのは初めてなのか? こいつは、シオンの使い魔でスライムのライムじゃ。オルディスを出る前にシオンから頼まれたんじゃよ」


「……どういうことだ?」


「こいつには分身体を作る能力があってな、こうして街を練り歩きながらその分身体らを街中に放っていたんじゃよ」


「……そうか。私はてっきり目的を忘れて物見遊山をしていたとばかり思っていたが、理由があったのだな」


 ヨシツグは、納得したように頷きながら言う。


「……まあ、グリゼルの奴は、その目的すら忘れて観光していたようじゃがな」


「いいじゃねえかよ。肩肘を張ってばかりじゃ気も休まらねえだろうし、やるときは気合を入れて、それ以外は気楽で行けばいいんだよ」


「……どうやら頼りになるのはディアナ殿だけのようだな。……それで、その分身体とやらはこの国全域に放つつもりなのか?」


 お気楽気分でいるグリゼルは放置して、ディアナに質問を投げかける。


「さすがに、これほど大きな国となると、すべて網羅するほどの分身体は作れぬ。じゃから、各主要施設にのみ分身体を放つつもりじゃ。……今のところ、全体の半分は仕込み終えたところじゃ」


「……聞き忘れたが、その分身体とやらを放つと一体何ができるといいのだ?」


「主な役目は監視じゃ。視覚や聴覚を共有することで分身体を通して、国の動向を監視することが可能となる。シオンから五感共有の権利は貸し出されておるから、やろうと思えば、儂にも同じことができる」


「……それは計り知れない能力だな。戦において武力だけでなく、情報も重要視されておるが、この生き物一体でその内の一つを網羅できるというのか。……ん? 心なしか、喜んでいるようにも見えるな」


「ああ、久しぶりにシオンに頼られて喜んでおるようじゃな。エルヴバルムの件以来、めっきり構ってもらえなかったようじゃからな」


 ディアナの言うように、エルヴバルムから帰ってきてからというもの紫音に相手をしてもらえずにいた。

 エルヴバルムとの同盟や移住者が増えたことにより、やるべきことが増えてしまったことが一番の要因だった。


 そのせいで、紫音といる時間も少なくなってしまったが、今回オルディスに行くことが決まったことで、再び紫音と一緒にいる時間が増え、さらにはこうして頼りにもされている。

 そのためライムは、いつも以上にはりきっていた。


「オイ、お前ら。いつまで立ち話しているんだ。さっさと次、行こうぜ」


「待て、グリゼルよ。散策はいったんお預けじゃ」


「……ディアナ殿?」


「……地図によればこの裏路地を言った先のようじゃな。今から情報屋のところに行く。はぐれるでないぞ」


 ディアナは手元の紙を見ながら人通りの多い道から離れ、薄暗い路地へと進んでいく。

 グリゼルとヨシツグも、いったん散策をやめ、ディアナの後ろをついていくことにした。


「情報屋と言ってたが、いつのまに、その居場所を掴んだんだ?」


「これもシオンからの依頼じゃよ。アトランタの内情や呪怨事件についての情報を得るためにこの国で情報屋を営んでいる奴と会ってほしいとな。なんでも懇意にしている奴隷商からの紹介で、その者が持つ情報については信頼できるものとか」


 どうやら、オルディスに行く前から紫音は独自に動いていろいろと根回しをしていたようだ。


 そしてさらに歩くこと数分。

 ディアナたちは、一軒の薄汚れた酒場のような建物へとたどり着いた。


「……本当にこの家なのか?」


「地図によれば、そうなんじゃが……」


「とりあえず、行ってみようぜ」


 警戒するディアナとヨシツグとは対照的にまったく物怖じしないグリゼルは、そのまま前へと出て、酒場の中へと入っていく。


 中に入るとそこには、外観と同じように古びた雰囲気が漂うものの、掃除が行き届いているのか、埃一つなかった。


 ディアナたちは、店内にあるカウンターへ足を運び、そこにいる店員に話しかける。


「儂はモリッツという奴隷商から紹介状をもらった者じゃ。情報屋はおるか?」


 下手な探り合うをせずに、ディアナは直球で情報屋の居場所について訊いた。

 ディアナから紹介状を受け取り、中身をサラッと見た後、


「こちらへどうぞ」


 店員は、ディアナたちを店の奥へと案内する。


 案内されるがまま進むと、ある部屋へと案内される。

 中に入ると、今度は書物がぞろりとと並んだ書庫のような広々とした空間が広がる。


「ボス、お客様です」


 その部屋の端で本を読んでいた眼鏡の中年の男が顔を上げる。


「おやおや、お客様ですか? 私のもとまで辿り着くとは、これは珍しい」


 男は嬉しそうに言いながら深く座っていたイスから立ち上がる。


「モリッツ様からの紹介のようです」


「うむ、そうか。ご苦労だった。下がってよい」


 男に言われ、店員はディアナたちを残して部屋から退出する。

 その後、ディアナたちは男に言われ、部屋の中にあったソファーに座らされた。


「初めまして、私情報屋を営んでおります、ヘンドリクセンと申します。紹介状を読み、把握しましたが、どうやらあなた方がモリッツの言っていた人たちだったのですね」


「ああ、そうじゃ。お前さんのところで、情報を買いたいのじゃが、いくらになる?」


「その心配はございません。モリッツ経由で必要以上の代金は前払いされているので、いくらでもどうぞ」


 ディアナたちのあずかり知らないところで、すでに金銭のやり取りが行われていた。


「たぶん、シオンのほうでやってくれたのじゃろうな」


「マスターめ、いくらなんでも世話を焼きすぎだろう。ガキの使いでもここまでお膳立てはしないぞ」


 しかし、過保護なくらい紫音が手回しをしてくれたおかげで、スムーズに本題へと入ることができた。


「儂らが欲しいのはこの国の内情と最近海で起きている異変についての情報じゃ」


「国の内情というのは少々範囲が広いですね。……それと、異変というのは狂暴化した魔物のことでしょうか? 漁師の間でも被害に遭っているとか……」


「異変についてはそのことで間違いない。……内情の件についてじゃが、特に王宮内部についての情報を中心でお願いする」


 内容を聞いたヘンドリクセンは、足を組み直しながら話し始める。


「まず、異変についてですが、これは一般的に知られていること以上のことは私でも知りませんので有益な情報は得られないかもしれません。数ヶ月前に突如として起きた事件でして、何度か原因究明のために学者などが調査に来たようですが、手掛かりは見つからず原因は不明とのことです」


「ふむ、異変が起きてだいぶ経つようじゃが、その間もなんの進展もなかったのか?」


「ええ、そのようですよ。幸い、出現する魔物も比較的弱い部類のものばかりなので、魔物除けの魔石を積んでいる船などには今のところ被害はありません。……ですが、魔物除けの対策もしていない漁師については、漁をする区間を制限するなどの規制はしているようです」


「国として、その対策はどうなんじゃ?」


 おおよそ、対策など言えないものに思わずディアナはその話に意見をする。


「そればかりは私にはなんとも……王宮からの命令としか言えませんね。……ちなみにですが、この異変についてはいくつか噂も流れているようですね。天変地異の前触れだとか、海龍神の怒りに触れたとか……」


(海龍神……? 確か、シオンたちが向かっているところが、その海龍神を祀っている神殿だったような)


 頭の片隅で、そのことを思い出しながら話の続きに耳を傾ける。


「中でも一番有力なのが、人魚族からの宣戦布告の証だという説ですね」


「……なぜじゃ? この国は古くから人魚との付き合いがあると聞いておるが?」


「その根拠までは私にも……。ですが、この噂だけは出所がはっきりとしていまして、なんでもパトリック王子が発信源だとか」


 先ほどから根も葉もない噂話が続くが、そんなとき唐突に出てきた噂の発信源。

 なにやらきな臭い雰囲気が流れる中、ヘンドリクセンの話は続く。

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