第167話 翻弄されゆく水中戦
木々が生い茂る森林から一変、突如水中へと追いやられた紫音たち。
人魚たちの策略に嵌まってしまっただけでなく、このままでは息ができず、溺死してしまう恐れがある。
戦う前から敗北が決まってしまうなど、あってはならないことなのだが、いまの紫音たちにはどうすることもできずにいた。
「――っ!」
(み、みんな……。マズい、早くなんとかしないと……息が……)
そろそろ、紫音たちの息も限界に達しようとしていた。
しかし依然として、この状況を打破する手立てが思いつかず、諦めかけようとしていたその時、
「《ミドル・ライフオーラ》」
紫音たちを救出すべく動いた少女の声が聞こえてきた。
(い、いまのは……っ!? あれ? 息が……)
紫音たちの体を白い光が覆ったと思ったら、どういうわけか息苦しさは消え、水中だというのに呼吸ができる。
「シオンさま、みなさん大丈夫ですか」
紫音のもとへ心配そうな顔を浮かべながらリーシアが近づいてきた。
「ま、まさか……リーシアがやったのか?」
「紫音! あなた声――っ!?」
驚いたことに、自由に呼吸ができるようになっただけでなく、会話までできるようになっていた。
その事実に紫音たちが驚く中、リーシアはほっと胸をなでおろしながら答える。
「無事でよかったです……。みなさんにかけた魔法は簡単に言えば、水中でも自由に動けるようになる魔法です。みなさんを覆っている光の中では息もできますし、話すこともできます。ひとまずこれで溺れ死ぬことはないと思います」
「ああ、確かにな。お前のおかげで危うく溺れるところだったが……まさかこんな場所に放り出されるとはな……」
溺れ死ぬ可能性も先送りとなり、少しばかり余裕が出てきたので紫音は一度、周囲の状況を確認する。
水中ばかりでなにもない空間かと思いきや、紫音たちを取り囲むように置かれた客席に、円形の闘技場。どうやらただの水中ではなく、水中に沈むコロッセオに閉じ込められたようだ。
「どうやら下は地面のようだな。お前ら一度、地面に移動するぞ
「移動……?」
「ああ、そうだ。水中じゃ、碌に動けない俺らは向こうにとって格好の的だ。地に足さえつけておけば、少しは戦いやすいだろう」
人魚から仕掛けられる攻撃の選択肢を一つでも減らすために紫音たちはすぐさま地面のある闘技場の地へと足を付ける。
「さてリーシア、この魔法の持続時間はどれくらい持つ?」
「今回は一気に4人に魔法をかけたので、それほど長くないと思います。たぶん……十分くらいで切れるかと……」
いまのリーシアの説明によって、紫音たちにある条件が課せられた。
十分以内に敵の人魚と決着を付かなければ紫音たちは魔法の効果は切れ敗北する。紫音たちに残された手は、短期決戦しかない。
「みんな! いまの話は聞いたな。遊びはなしですぐにケリをつけるぞ!」
「そうね。たったの十分じゃ、結界を破壊することもできなさそうだしね」
「そうとも言い切れないんじゃない? この結界を発動させたアノ女を倒しちゃえば元に戻るんじゃないかしら?」
「なら、私たちがまずすべきこともあの女子の撃破となるな」
戦いの方針が紫音たちの間で定まった頃、向かい側にいたエリオットたちは相手の出方を窺うように身構えていた。
「あらら、まさかヤツらが生き延びるとはな……」
「リーシアもやるじゃない。あんな魔法を覚えていたなんてね……」
「感心している場合か! ……リーシア! それがお前の答えか!」
紫音たちを助けたことに対して、エリオットは声を上げて問いかける。
「そうです! 私はここにずっといたいからシオンさまたちに手を貸します。兄さんが相手だからって引くつもりはありません!」
エリオットの最後の警告に対しても引き下がろうとせず、逆に敵対するリーシアにエリオットは覚悟を決める。
「ガゼット、セレネ。向こうに交渉の余地はもはやないと見た。これより実力行使に出る」
「オッ! ようやくか」
「そうね、早く済ませて他の部隊と合流しましょう」
「いいか。我ら人魚族の力を奴らに思い知らせてやれ!」
号令にも似たエリオットの言葉を皮切りに、人魚たちはリーシアを連れ戻すため戦いに出た。
「――っ!?」
エリオットたちの雰囲気が変わったのを感じ取った紫音は、慌ててフィリアたちに指示する。
「来るぞ、お前ら! 水中だと向こうに分がある。油断せず早急に対処しろ!」
「シオン殿、言われずとも心得ている。さあ、来い!」
相手の攻撃に備えるためにヨシツグは鞘から刀を取り出し、抜刀する。
その動作に、エリオットはニヤリと笑みを浮かべながら同じように剣を構える。
「――なっ!?」
先に仕掛けたのはエリオットのほうからだった。
水中での移動速度はやはり人魚族に分があり、尾びれを動かしながら一気に速度を上げ、ヨシツグに剣を振り下ろす。
「くっ!」
反射的に刀を顔の前に置き、振り下ろされた剣を防ぐ。
しかしエリオットはそうなることを読み、すかさず剣を引き、空いたヨシツグの横腹に一閃。
「っ!?」
防ぐこともできず、横腹からは血が流れ、水とともに流れていく。
「おや、この程度ですか? あまりにも遅かったものですから思わず手を抜いてしまいました」
「ほう、敵に手心を加えるとは、随分と優しいのだな」
エリオットの舐めた攻撃に強がったセリフを吐くが、内心では歯を食いしばるほど悔しい思いをしていた。
(この私が、このような仕打ちを受けるとは……。それにしても、水中では体が思うように動かせないせいで次の動作に支障をきたしてしまう。これをなんとかせねば、奴らに勝つことなどできぬ)
慣れない水中戦で手間取っているヨシツグにエリオットは追撃を繰り返す。
「ヨシツグ! ローゼリッテ、ヨシツグに加勢しろ!」
「任せなさい、シオン」
「……させねえよっ!」
「キャッ!」
シオンの指示でローゼリッテがヨシツグのもとへ向かおうとしたところ、そこにガゼットが突進してきて、ローゼリッテが吹っ飛ばされた。
「悪いな嬢ちゃん。小せえから思ったより飛ばされちまったみたいだが、ケガはねえか?」
「ハアッ!? この高貴な吸血鬼のアタシになんて言ったのかしら? いいわ、そこの筋肉ダルマいますぐアタシの力を見せてあげるわ」
「そりゃあ、楽しみだぜ!」
まるで戦いを楽しむような恍惚な笑顔を見せながらガゼットは、拳を振り上げながらローゼリッテに迫る。
「アナタなんかアタシの能力でイチコロよ」
そう言いながらいくつもの血液が入ったビンと取り出したローゼリッテ。
固有能力である血流操作を使用するためビンの蓋を開けようとするが、
「さあ、見せてあげるわ。創成――ア、アレッ!?」
空けた瞬間、ビンに入っていた血液がビンから離れ、水の流れに身を任せるように流れてしまい、混ざり合ってしまった。
水中戦など経験のないローゼリッテにとって、いまのは配慮していなかった事態のため、血流操作が不発に終わってしまった。
「ああ、アタシの血……ガッ!?」
流れていった血に気を取られている間にガゼットの拳がローゼリッテの腹部に直撃した。
防御すらしていなかったローゼリッテは受け身も取れず、また吹っ飛ばされてしまう。
「バカね、なにやっているのよ。ここは水中なのよ。そうなることぐらい予想できるでしょう」
不甲斐ない一面を見せるローゼリッテにフィリアは呆れたようにため息を吐く。
「イタタ……。好き勝手言ってくれるじゃない。アナタだって水中じゃ、お得意の火も出せないくせに。図体だけがデカい置物は黙っていてくれない?」
「……なんですって。そこまで言うんなら私も黙っていられないわ。炎は出せなくても置物にならないってところ、見せてやろうじゃない!」
ローゼリッテに挑発にまんまと乗ったフィリアは、光を纏いながら竜化する。
どんどんと体が大きくなり、フィリアは巨大な赤きドラゴンへと姿を変えた。
「いいねぇ。さっきの嬢ちゃんより強そうじゃねえか」
「私をあんなバカと一緒くたにしないでもらえないかしら?」
「だったら、見せてもらおうじゃねえか。オレの拳を喰らって吹っ飛ばされないかをな!」
ローゼリッテのときと同じように、ガゼットは拳を振り上げる。
それに対してフィリアは、向かい打つわけでもなく、真っ向から挑む。
「グオオオォォッ!」
ガゼットから放たれた拳がフィリアに直撃する。
しかしドラゴンとなったいま、拳は強固な鱗によって阻まれ、フィリアの体はビクともしなかった。
「紫音と比べたら全然ね。……今後はこっちの番よ!」
お返しと言わんばかりに、巨大な手を振りかざし、そのままガゼットに向けて叩き付けるように振り下ろす。
「潰れなさいっ!」
「バカッ! フィリア、待て!」
止めようとする紫音の声はフィリアには届かず、フィリアの攻撃は止まらない。
振り下ろされたフィリアの手に、あわや叩き潰されそうになるもガゼットは驚異的な遊泳速度でフィリアの攻撃を躱していく。
「チッ!」
攻撃が決まらず、フィリアは舌打ちをしていたが、その周囲ではあることが起きていた。
フィリアが激しく動いたせいで、水中に強大な力が加えられ、水の流れが変わる。それは、竜化したフィリアのように大きければ大きいほど水にかかる影響も大きい。
ようするに、竜化したフィリアが動いたせいで、水に激しい力が加えられ、まるで波が押し寄せるように紫音たちの体に襲い掛かる。
「な、なによこれー!」
「くっ……」
抗いようのない力により、紫音たちは水の流れに巻き込まれてしまった。
「なにやってんだ、オマエ? オモシロいことやってくれるもんだな」
「なんですって……」
「いや、いまのはお前悪い」
「し、紫音……?」
「まったく、ヒドイ目にあったわ。人のこと、言えないんじゃない?」
ローゼリッテに痛いところを突かれ、返す言葉もない。
(これは……マズい流れだな……)
これまでの戦いを後ろで見ていた紫音はこの戦況に少しばかり焦りを感じていた。
慣れない水中での戦い、人魚たちに翻弄されるフィリアたちに紫音はこのままではいけないと思い始めていた。
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