第152話 紫音の不満

 ヨシツグのもとで修業を始めてから早一ヶ月。

 紫音の修行は着実に進んでいた。


 修行初日に補助ありとはいえ、気の錬成に成功したおかげでその後の修行も順調に行っていた。

 今では、錬丹薬なしで自分の力で気を錬成することができるようになった。


 修行のほうは特に問題なく進んでいるが、紫音は少しばかり不満を感じていた。

 しかし、その不満をヨシツグにぶつけることができないでいる。


 一応、ヨシツグから教えを乞いているうえにわざわざ紫音のために時間割いてもらっている手前、なかなか言い出せずにいた。


「シオン殿? 先ほどから浮かない顔をしておるが、どうかしたか?」


「……え?」


 どうやら、こちらが平静を装っていてもヨシツグには見透かされているようだ。


「い、いや……あの……あっ、そうだ! ヨシツグって、ウチに来てから一ヶ月以上経つけど、もうアルカディアには慣れたか?」


 せっかく言い出すきっかけを作ってもらったが、やはり言うことができず、別の話題をして話を逸らすことにした。


「ああ、そうだな。……ここでの生活にもだいぶ慣れてきたな。建国してわずか数年と聞いていたものだからあまり期待していなかったが、様々な商いに活気づいている民たち。なかなか居心地のいい国ではないか」


「それはよかったよ。最近じゃ、エルフ族との交易を行っているおかげで物流関係も前よりも発展しているから生活が潤っているからな」


「それに、異国から来たこんな私にも親切にしてもらっているし、与えられた仕事も順調だ」


「この国に住んでいるほとんどは元奴隷か難民のワケアリの亜人ばかりだから、ヨシツグに対して親切にするのも当然のことだろ」


「元奴隷に難民か……。もしやこの国にいる者たちは全員、元傭兵か戦闘民族だったりするか?」


「え? いきなりなんの話?」


 唐突に不可解なことを言い出すヨシツグに思わず紫音は、首を傾げながら聞き返した。


「ここに定住することとなってから初めて知ったが、この国の住民はどれもこれも傭兵並みの強さを持った者ばかりだったからな。もしかして、と思って聞いたのだが……」


「全員、戦いに関しては素人のはずだけど……もしかしてヨシツグって、戦ってもないのに相手の力量とか分かるほうなのか?」


「私もそれくらいの心得はあるほうだ。一度、相対してみれば相手の力量などある程度、把握できるのだが……非戦闘員だと。それであれほどの力が備わっているのはありえないはず……」


「……ああ、たぶんそれって、俺と契約を結んでいるからだと思うぞ」


「契約……。私も交わしたあれか。……ん? 確かあのときから気の巡りや怪我の回復具合もよくなったような……」


 そう口にしながらヨシツグは、ついこの間のことを思い返していた。


(そういえば、ヨシツグにはまだ俺のことについてなにも話していなかったな……)


 ふと大事なことを伝え忘れていたことに気付き、慌てて紫音は自分の能力のことについてヨシツグに話すことにした。


「詳しいことを後で話すけど……実は俺と契約すると様々な能力が大幅に強化されるんだよ」


「強化……?」


「俺もなんでこんなことになるのか分かっていないんだけど亜人や魔物に対してだといつもこうなるんだよ」


「なるほどそういうことか。亜人ばかりいるこの国になぜ人間のシオン殿が上の立場にいるのか不思議に思っていたが、合点がいった」


「まあ、それだけの理由で上にいるわけじゃないけどな……」


 そう言いながら紫音は、アハハと笑いながら話を終わらせた。

 これで、なんとか誤魔化しきれただろうと胸中で安堵していたが、


「……それで、本当に言いたいことはそれだけか?」


 まるで心の奥底を覗かれたように言い当てられてしまった。

 ここまで言われてしまってはさすがに誤魔化すわけにもいかないので正直に話すことにした。


「じ、実は……最近の修行の内容が気を使用した気功術ばかりでまったく刀に触れていないというか、教えてすらもらっていないんだが……」


 紫音の言うように元々ヨシツグには剣の腕を上げてもらうために弟子になったというのに今日に至るまで気功術しか教えてもらっていない。

 おかげで戦略の幅は広がったのだが、肝心の剣に関しては指導を受けずにいた。


 それが、今まで紫音が抱えていたヨシツグに対しての不満だった。


「しかしな、最初に言ったはずだぞ。私が使う流派は気功術なくしては扱えない剣技だと。少なくとも私が認めるまでは、刀を使用した修行はないと思え」


「……マジかよ」


 本格的な修行はまだまだ先だと改めて思い知らされ、紫音はがくんと肩を落とした。


「そう気を落とすな。シオン殿は飲み込みが早いからすぐにでも刀に移ることになるはずだ」


「そ、そうか……」


「ところでシオン殿、刀はどうするつもりだ? まさかとは思うが……その腰に下げている妖刀を得物にするのではないだろうな」


「え? そのつもりだけど?」


 紫音は、腰に下げた妖刀『鏡華』をヨシツグに見せながら答える。


「っ!? シ、シオン殿がいいのであれば引き留めないが、注意はしておくことだ。仮にも妖刀。私のときのように憑依されないようだが、それでも安全だとは言い切れないからな」


「それも覚悟のうえだ。前の自分を超えるためにも妖刀ぐらい使いこなせないといけないからな」


 先のルーファスとの戦いでは、メルティナがいたおかげで勝てたようなもの。

 紫音一人の力では、到底敵わない相手だった。


 少しでも力の差を埋めるためにも妖刀ほど素晴らしい得物はない。


「シオン殿が考え抜いたうえでの答えだというなら私も認めるしかないか」


「あ、それともう一つ……」


「まだ、あるのか?」


「いや、これはもしあったらの話なんだけど……修行初日にヨシツグがくれた……錬丹薬だっけ? あれってもうないのか?」


 気を錬成する補助としてヨシツグから与えられた特別な薬。

 あれのおかげで紫音は、気の存在や扱い方を知る機会を得られた。錬丹薬さえあれば戦闘中でも気の補充が可能となるため紫音はヨシツグに質問した。


「確かに数個ほど残っているが、製法がない状況の今、これ以上シオン殿にやるわけにはいかないのだよ」


「それってつまり、専用の道具や材料がないと作れないってことなのか?」


「そういうわけだから、諦めることだな」


 しかし紫音も、そうと言われて素直に引き下がるわけにはいかない。

 もし、この国でも錬丹薬を製造できれば紫音はもちろんのこと、ヨシツグにとってもなにかと都合がいいはず。


 そのため紫音は、ないのであれば作ればいいじゃないかという考えで再びヨシツグに質問する。


「ヨシツグ、お前がその気ならこの国で錬丹薬の製造方法を探してみないか?」


「……私としても錬丹薬を製法できるならそれに越したことはないが、本当に可能か? 道具も必要だし、なによりこの国には霊草などの素材すらないだろう」


「道具に関してはドワーフたちに言えばなんとかなるかもしれないし、素材に関しても探せば代用品くらい見つかるんじゃないか?」


「……ふむ。確かにこの国には見たこともない植物が自生しているうえに生命力が溢れている。あれなら内包している気も相当なはず……」


「素材の調達なら俺のほうから狩猟班に言って調達してもらうから試してみないか?」


「……シオン殿がそこまでお膳立てしてくれるというなら私もやってみるとするか?」


「ああ、頼んだぜ」


「さて……そろそろ出てきたらどうだ?」


 錬丹薬に関しての話がまとまったところで、ヨシツグが突然茂みの向こうを見ながらそのようなことを言い出していた。


 紫音はまったく意味が分からず、首を傾げながらヨシツグと同じ方向に顔を向ける。

 ……すると、


「……まったく、なんでバレたのよ?」


 茂みの中からはフィリアとそれに続くようにメルティナが顔を出してきた。


「フィ、フィリア……それにティナも? なんでここに?」


「そんなの二人の様子がおかしかったからに決まっているでしょう。ヨシツグは仕事以外、まったく姿を見せないし、紫音にいたっては仕事を放ってこそこそとどこかに行くし。……だからメルティナに頼んで探していたのよ」


「……お、お前な……一国の姫になにやらしているんだよ」



「シ、シオンさん、私は別にいいんですよ。フィリアさんと同じく私も気になっていたので……」


「まあティナはいいとしてもだ……さっきフィリアが言っていた仕事って元々はお前がやるはずの仕事だろそれ!」


 修行の現場に見られたことよりもフィリアの言動にツッコミどころが多すぎて弁解する余裕もない。


「……こんな未開拓のエリアにいったいなんの用かと思ったけどそういうことね」


 なかなか勘が鋭いようで、二人の様子からフィリアはすぐに答えへと辿り着いた。


「な、なあフィリア? このことは……」


「わかっているわよ。ジンガには黙っておいてあげるから心配しないで」


「本当か! 絶対に黙っていてくれよ」


「疑り深いわね……。私だってめんどうごとは避けたいんだから黙っているわよ」


 フィリアもジンガの面倒くさい部分には十分理解しているらしく、修行の件については黙ってくれる様子だった。


「それでシオンさん? 修行のほうは順調なんですか?」


「ま、まあ……順調かな……?」


 ずいぶんと歯切れの悪い返事をする紫音を見たフィリアは、まるでイタズラでも思いついた子供のように悪い笑みを浮かべながらヨシツグに近づいて耳打ちをする。


「ねえ、ヨシツグ。紫音に遠慮なんかしないで思いっきり痛めつけちゃってもいいのよ。なんなら完膚なきにまで叩きのめしてプライドをへし折ってやりなさい」


 力じゃ紫音に勝てないからか、ヨシツグを頼ってここぞとばかりに紫音を追い詰めるように助言している。

 しかし、その助言も紫音には丸聞こえなのでまったく意味がない。それよりも先ほどから紫音の顔に黒い笑みが浮かび上がり、隣にいたメルティナが震え上がっていた。


「なあ……フィリア?」


「っ!?」


 今の声色でフィリアはすべてを察した。


「そうだ! 私、やり残した仕事があったんだわ。早く行かなくちゃ」


 わざとらしく、ここを去る口実を口にしながら足早に紫音から離れていく。


「ほら、メルティナも早く行くわよ」


「は、はい! シオンさんたちも修行、がんばってくださいね」


「そうね! ヨシツグ、紫音のことは任せたわよ!」


 そう言い残して、二人は紫音がなにかを言う前に早々に去っていった。


「なかなかに面白い娘だな、この国の領主様は」


「まあ、悪い奴ではないんですよ」


 一応、フィリアに対してフォローを入れ、その後は中断してしまった修行が再開することとなった。

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