第81話 姉弟の戦い
魔物使いという存在に物怖じしないリースとレインに魔物使いの女性は微かな苛立ちを覚えつつもマンイータ・プラントに向かって叫ぶ。
「侵入者を始末しなさい!」
魔物使いの女性の指示にマンイータ・プラントは地中や上空、左右側面、縦横無尽に
向かってくる複数の蔓に対してリースとレインは大きく深呼吸しながら体に力を入れる。
「
こちらに襲い掛かってきた一本の蔓をまずはレインが拳で粉砕する。
「
向かってくる複数の蔓に対してリースは手刀で薙ぎ払う。
「――――――ッ!?」
まるで刃物で斬られたかのように複数の蔓が一気に斬られる。
マンイータ・プラントは、あまりの痛みに身悶え、苦しむように身体を動かしていた。
その後もリースとレインは迫りくる蔓に対して冷静に対処する。
これまで磨きかけてきた武術を振るっていくうちにあれほどあった蔓もリースとレインの手によって破壊し尽くされていた。
「レイン! いまのうちにあのテイマーを確保するわ!」
「わかった、姉ちゃん!」
これを好機と見たリースとレインは魔物使いの女性の方へと突進するかのように向かっていく。
「くっ! ……これほどとは。でも……まだよ! 『マンイータ・プラント』!」
戦闘力を大幅に削られたマンイータ・プラントの名を呼ぶ魔物使いの女性。
すると、リースとレインの手によって破壊された蔓がみるみるうちに再生している。やがて、先ほどまでの攻撃はまるでなかったかのようにマンイータ・プラントの蔓が完全復活した。
「なっ!?」
「う、うそ……」
目を疑うような光景に前進していたリースとレインの足も思わず止まってしまう。
そんな二人の姿を見ていた魔物使いの女性はほっと胸を撫で下ろしていた。
「大丈夫よ。私の魔物はまだ負けてないわ。大地からマナを吸収すれば半永久的に蔓も回復することができる。このまま持久戦に持ち込めば私の勝ちよ」
小さな声で自分に言い聞かせるようにそのようなセリフを吐く。
彼女自身、リースとレインの実力には正直なところ驚いていた。獣人族の常人離れした身体能力については知っていたがまさか自分の使い魔がここまで苦戦するとは予想だにしていなかった。
「ど、どうしよう姉ちゃん……」
「お、落ち着いてレイン。このまま相手のペースに飲まれてちゃダメよ」
「だったらどうすりゃいいんだよ」
「……こうなったら」
ある作戦を思いつき、レインに耳打ちしながら内容を伝える。
レインは、「えっ?」と、驚いたような声を漏らすが、覚悟を決めたかのようにリースの案に乗ることにする。
「この作戦はレインが要よ。いける?」
「ああ、任せてくれ。これでもジンガ師匠にみっちり叩き込まれてきたんだ。それくらい平気さ」
歯を見せながらリースに笑った顔を見せるレイン。
その裏に隠された不安な気持ちを押しつぶしながらレインは、マンイータ・プラントに対して改めて戦闘態勢を取る。
「やりなさい!」
魔物使いの女性は、手を前に出しながら指示を出す。
マンイータ・プラントは主人の命令に従うように再び蔓による攻撃を始める。
「来るわよ、レイン。頼むわよ」
「……ああ」
小さく頷きながらレインは、右腕を後ろに引きながら構える。
迫りくる無数の蔓に、大きく深呼吸しながらぐっと右腕に力を込める。
すると細胞や筋肉が何倍にも膨れ上がるかのように右腕が膨張する。
……そして、
「ハアアアアアアァァッ! 王狼崩拳ッ!」
声を上げながら後ろに引いた右腕を一気に前へと突き放つ。
「――――っ!?」
レインの渾身の一撃は、衝撃波となって前方にあるものすべてを吹き飛ばした。
地面は抉れ、草木も吹き飛び、襲ってきた無数の蔓もレインの一撃によって破壊される。
「ば、ばかな……」
あまりの光景に魔物使いの女性は、目を見開いていた。
「……いまだ!」
魔物使いの女性のところまでの障害物がなくなったのを確認したリースは両足に全神経を集中させながら力を入れる。
「
地面を蹴り上げた瞬間、爆風にも似た風が巻き起こり、リースの姿が一瞬で消えた。
破山瞬動は獣人族における一種の移動法の一つ。足に込めた力を一気に解き放つことで長距離を一瞬で移動することができる獣人族の身体能力を生かした移動法。
「き、消え――なっ!?」
消えたはずのリースがいつの間にか魔物使いの女性のところまで接近していた。
リースの存在に気付いたときにはすでに遅く、彼女を掴めるためリースの手が迫る。
「捕まえ――」
捕まえた。
そう思ったリースに、突如地中から何かが突き出してきた。
「……え?」
その何かの存在にリースはまったく反応できずにいた。地中から出てきたそれは、リースの身体に巻き付き、気づけばリースを縛り付け、宙吊り状態になっていた。
「な、なんでこれが……ぜんぶ吹き飛ばしたはずなのに……」
リースを縛り付けた正体はマンイータ・プラントの蔓だった。
魔物使いの女性は自分の身を守る保険として一本地中に忍ばせていた。それが今回、彼女の窮地を救うこととなった。
「あ、危なかったわ……。今のも驚いたけど捕まえてしまえばこっちのものよ。あとはあなたの好きにしていいわ」
魔物使いの女性から許しを得たマンイータ・プラントは、リースを自分の頭上の位置まで移動させる。
そして、ずっと閉じていた大きな蕾が開くとそこには……。
「ひぃっ!」
なにものも飲み込むほどの大きな口のようなものが開いていた。
口の中には消化液が波打っており、あそこに飛び込んでしまえば一瞬で溶かされるほどだった。
逆にリースのほうが窮地に陥り、この蔓から逃れようと暴れてみるも、きつく締めあげてしまっているせいで逃げることができない。
「ね、姉ちゃん……」
先ほどの攻撃で負傷した右腕を庇いながらレインは今にも捕食されそうになっているリースのもとへ走った。
(ま、まずい……。やっぱり未完成の王狼崩拳なんてやるんじゃなかった。右腕はもうしばらく使えないな……)
レインの力量では制御がうまくできず、王狼崩拳はまだまだ未完成だった。結果として右腕を負傷してしまい、思うように走ることができずにいた。
このままでは囚われたリースを救うことができない。
悔しさで歯を食いしばりながらこの場を乗り切る打開策を模索するもなにも思いつかない。
もうダメだと、そう思ったとき、
『レイン、リース手ぇ貸そうか?』
「……!?」
二人の脳内から紫音の念話が届いた。
『お、お兄ちゃん!? いま念話なんか送って大丈夫なんですか?』
『全然大丈夫じゃねえな。こっちも戦闘中だが、お前たちの様子は視覚共有で確認していたから今の状況もだいたい把握している』
『兄貴、頼む! 姉ちゃんを助けてくれ!』
『安心しろ。今から援護する』
紫音のその一言にリースとレインはこの危機的状況の中にもかかわらず希望を抱いていた。
少ししたのち紫音から再び念話が送られる。
『こっちの準備はできた。今からリースを解放するから後はそっちでうまくやってくれ。こっちもそれぐらいしか手が貸してやれない』
これ以上の手助けができないことに気を落とす紫音の声が脳内に届くもリースとレインはまったく気にしていなかった。
「レイン!」
「……うん」
リースがレインにアイコンタクトを送る、それを瞬時に理解したレインは首を縦に振る。
リースのことは紫音に任せてレインは自分がすべきことをするために行動を起こす。
「さあ、これで終わりよ」
高らかにそう宣言すると、マンイータ・プラントはリースを捕食するために口の中へ放り込もうとする。
ドオオンッ。
「――ッ!?」
リースを捕縛していた蔓に向かってなにかが直撃した。
その瞬間、爆発を巻き起こり、縛り付けていた蔓もわずかに緩んでしまった。
(これって……)
リースを救うこととなるこの一撃はメルティナによるものだった。
紫音から命令を受けたメルティナが自慢の弓の腕で長距離の援護射撃を見事果たしてくれた。
「い、いまだ!」
緩んでしまえばこっちのもの。リースの前では、その程度になってしまえば捕縛も意味をなさない。
緩んだ蔓から脱出したリースはそのまま魔物使いの女性に向かって襲い掛かる。
「きゃっ!?」
「捕まえた!」
接近戦になってしまえば獣人族とエルフ族では圧倒的に獣人族の方が有利。なす術もなくあっという間にリースに捕まってしまった。
「この程度じゃ終わらないわ。『マンイータ・プラント』!」
リースへの攻撃命令を下すためマンイータ・プラントに視線を向けると、
「迅狼拳!」
「――――っ!」
レインが放った拳撃を喰らい、力をなくしたようにぺたんと倒れこんでしまっていた。
これで魔物使いの女性の戦力が一瞬で失ってしまった。
「なんだ? もう終わりか。姉ちゃん、こっちは終わったぜ」
「ありがとうレイン。こっちもよ」
これで戦闘は終わりとでも言うようにリースとレインはお互いの顔を見ながら笑っていた。
そんな光景を見ながら魔物使いの女性は、大きくため息をつきながら、
「どうやら、私の負けのようね……」
自分の敗北を静かに認めた。
エルフの魔物使いとリースとレインの勝負は、紫音たちの援護がありながらもリースとレインの勝利で終わった。
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