第59話 裏世界の商人

 ここは、冒険者と商人たちが集う街――ノーザンレード。

 商店街や冒険者ギルドに宿などという施設を日々、冒険者や商人が利用するこの辺りでは大きな街でもある。


 商人たちは食料品から武器関連まで幅広い専門店が店を構えており、冒険者ギルドでは、FランクからCランクといった初心者から一人前の冒険者までもがこのギルドで依頼の受注を行っている。


 そしてこの街は、紫音とフィリアが拠点している街でもある。アルカディアから一番近い街という理由もあるが、その他にもこの街に行けば大抵のものが揃うという利点もあり、紫音たちはこの街に足蹴なく通っている。


 金翼の旅団が侵入してから約1週間後、紫音とフィリアはノーザンレードへと向かっていた。


 いつものように竜化したフィリアの背中に乗り、街の近くにある人気のない場所へ降り立つと、そこからは積んでいた荷物を持ちながら徒歩でノーザンレードに向かう。


 関所で自分の冒険者カードを提示し、街に入った紫音たちは冒険者ギルドにも商店街には目もくれず、ある場所へと足を進める。

 今日この街に来たのは別の目的があった。


 そのまま紫音たちは街の中心地を離れると、次第に治安が悪く古びた建物が立ち並ぶ区域にまで足を運んでいた。

 道端には浮浪者があちこちに座り込んでおり、ゴミも散乱している。


「相変わらず陰気なところね。なんであそこまで行くのに毎回こんな通らなきゃいけないのよ」


「文句言うな。俺だって臭いの我慢しているんだから……」


 不満を言っているフィリアをなだめながら紫音たちはさらに奥へと進む。

 治安の悪い地区を抜け、少し歩くとそこには一軒の屋敷が建っていた。


 屋敷の周りには民家も店もなく、あるのは草木などの緑があるだけだった。外観は、3階建てはある石造りの大きな建物。

 建物の様子からして築数十年は経っているだろうか、それほど古く見える。


 紫音たちは屋敷の扉を開け、中へと入る。


「いらっしゃいませ。当屋敷へようこそお越しいただき誠にありがとうございます」


 そこには、シルクハットに燕尾服を着た四十代後半の男性が礼をしながら紫音たちを出迎えていた。


「モリッツさん、久しぶり」


「これはこれは、シオン様にフィリア様。いつも当屋敷をご利用していただき感謝しております。……それで今日はどういったご用件で」


「ああ……まずは換金の依頼と……あとは金額次第で奴隷の購入もする予定だ」


「それはそれはありがとうございます。奴隷はこちらのほうで見繕っておきます。……それになによりシオン様は運がいい」


「……? どういう意味だ?」


「最近こちらに入荷したばかりの奴隷がおりまして、きっとシオン様がお喜びになることでしょう」


 笑みを浮かべたモリッツは準備のために屋敷の奥へと消えていった。


「毎度のことながら気味の悪い奴ね。作り笑いばかりして何考えているのかさっぱり分からないわ」


「そう言うな。お互いに利用している関係みたいなもんだから仲良くしておいて損はないはずだぜ」


「あら、随分とお気に入りのようね」


「そんなわけねえだろ。少なくともそこらにいるチンピラよりはマシだって話だ」


 そう言いながら紫音たちも屋敷の奥へと歩みを進める。


 一見、普通の屋敷に見えるが、その正体は裏世界の商人が店を構える屋敷である。屋敷の部屋の中には商人たちが店を出しており、中心部にある商店街では手に入らないようなものばかり置かれている。

 そして、もちろんここでは奴隷の売買も行われている。紫音たちがいつも奴隷を購入しているのはこの場所だった。


 当初、正規の方法で奴隷を購入しようと考えていた紫音だったが中心部にある店には奴隷を買うような場所が見つからなかった。

 表向きには奴隷自体が禁止されているため見つからないのだろう。


 しかしそこで紫音は諦めなかった。ノーザンレードは人口も多く、いわゆる貴族という人種もこの街に住んでいる。そしてなにより交易が盛んというのが一番の理由でもあった。


 絶対にあるはず、ないとしても一目にはつかないところにあるのだろうと考えた紫音は街中に分身ライムを放ち、監視した結果、この屋敷を見つけることができた。


 そして、この屋敷では商品の購入だけでなく、装備品等の換金も行ってくれる。それは紫音たちにとって好都合な話だった。

 紫音はいつも侵入者の装備品等の扱いには困っていた。買い取ってもらおうにも元々の持ち主から強奪したようなものばかり。馬鹿正直に売ろうと、正規のルートで換金したとしてもそれがきっかけで足がつく可能性がある。


 その点、ここでは情報規制が敷かれており、誰が売ったのかという個人情報は伏せられるようだ。

 それを知ってからはいつもこの屋敷に出入りしている。


 これらのことはすべてモリッツというこの屋敷の奴隷商の責任者にして支配人でもある彼から教えられたことだった。口調や見た目の服装、口元に生やした立派なカイゼル髭から紳士的な男性に見えるが、先ほどのフィリアの言う通りいつも作り笑いをしている心の内が見えない男。

 しかし商人としては優秀なようで他の者たちには売らず毎回、紫音たちを優先的に奴隷の紹介してくれる。


 そんな油断ならないモリッツはいったん置いといて紫音たちはある部屋の前に着く。なんのためらいもなく中へ入ると、ドワーフにしては大柄の男がしかめっ面で紫音たちを睨み付けていた。


「またお前さんらか。……今日はなにを持ってきたんだ?」


「ゴルドーさん、今日はこれらの買取をお願いしたい」


 紫音は持っていた大荷物をゴルドーと呼ばれた男の前に下ろす。置いた瞬間、ドンという大きな音を立てながら荷物の中身が取り出された。


「ほう、こいつは……」


 ゴルドーは出された買取品を物色しながら査定作業に入っていた。こうなると終わるまで話しかけても応えてはくれない。

 紫音たちはいつものように待つことにする。


「はあ、この時間退屈だわ。なんでこの私が待たされなきぃけないのよ」


 ため息を吐きながら聞き飽きた言葉を耳にした紫音は同じようにため息を一つ吐く。


「……お前、この屋敷に来るたびに文句言うのやめろよな。だったら終わるまで中心街にある店にでも行って大人しく待ってろ」


「レディの私を1人にするなんてダメな男ね……紫音。そんなんじゃ女性にモテないわよ……って聞いてるの紫音?」


(横でなにか言っているけどもう無視でいいか)


 紫音の忠告にもまったく聞く耳を持たないフィリアのことは放っておいて紫音だけでも静かにゴルドーの仕事姿でも見ながら待つことにした。


 先日、金翼の旅団から戦利品として獲得した装備品や魔境の森で採れた魔石や素材の数々を査定しているゴルドーは買取専門店を行っている店主である。

 褐色肌に口元が隠れるほど蓄えた長い髭。ドワーフにしては体が大きく、紫音よりも少し高い。


 強面な顔つきにぶっきらぼうなところがあり、自分の査定に文句をつけると相手を殴りかかってくると言われるほど怖い人である。


「……終わったぞ」


 時間にして数十分は経っただろうか、ゴルドーの口からその言葉が出てきた。


「それでいくらになる?」


「金貨420枚ってとこだな」


「……それが限界か?」


 紫音はゴルドーに問いかけるようにそう言った。


 この世界の貨幣は硬貨で取引されている。金、銀、銅を原材料とした硬貨が流通されており、金貨一枚で銀貨百枚の価値があり、銀貨一枚で銅貨百枚の価値がある。


「なんだ? そいつは俺がつけた値段に文句があるっていうのかい?」


「いいや別に。ただ予想してたより少し低かったから言ってみただけだよ」


「ふん、素人が。武器は使い古され、ところどころに破損箇所がある。しまいには折れているものもじゃねえか。こんなもん買い取ってもらえるだけありがたいと思え。……この中じゃ巻き物スクロールが一番の高値がつくぞ」


 もしかしたらという淡い期待を抱いたもののどうやら交渉は不成立のようだ。これ以上ゴルドーの機嫌を悪くさせないためにも紫音はここで引き下がることにした。


「分かった。それでいいからすぐに金を用意してくれ。この後、奴隷も見に行く予定なんだ」


「お前さん、また奴隷かい。そんなに奴隷を集めてどうするつもりなんだか……」


「そこは詮索しないでもらえるかな?」


「まあいいさ。この世界、不用意に詮索しちまったらこっちの命が狙われるかもしれねえ世界だからな。悪かったよ」


「別に気にしていないよ。……でも、ゴルドーのさんにはいつか話そうとは思っているよ」


「……よく分からないがおかしなことに俺を巻き込むないでくれよ。……ほれ、紙幣が足りんかったから悪いが残りは硬貨にさせてもらったよ」


 言いながらゴルドーは大きく膨れた袋を机の上に乱暴に置いた。袋からはたくさんの硬貨が擦れる音が聞こえ、中を確認すると予想通り袋いっぱいの金貨が入っていた。


「それじゃあまた来るよ」


 金額を確認した紫音は、お金を懐にしまい、幼児が終わったので足早に部屋から立ち去った。


「ふん、次はもっといいモンを出せよな」


 後ろからそんな憎まれ口を聞きながら紫音たちはゴルドーの部屋から退出した。廊下を出た紫音たちはその足で次の目的である奴隷の購入のためにモリッツの元へ足を運んだ。


「紫音って意外と度胸があるのね」


 少し歩くと、突然フィリアの口からそのようなことを言われた。


「どういう意味だ……それ?」


「ここにいる奴らなんてなにしてくるか分からないようなヤバい奴らばかりなのに紫音は堂々としているというか。……さっきだってあのドワーフを怒らせるような言い方して殴られでもしたらどうするのよ」


「殴られても平気だよ。相手はドワーフなんだから俺なら平気だし、それに弱気になっていたら逆にこっちが食われるかもしれねえからな」


「なるほどね。虚勢を張っていたわけね」


「まあ、そういうことだ。せめて気持ちだけでも負けないようにするために必要なことなんだよ。……フィリアには必要ないと思うがな」


 その言葉にフィリアは小さく笑いながら応える。


「そうね。私だったら竜化して返り討ちにしてやるわ」


「頼もしい限りだな」


 そのような会話をしながら紫音たちは奴隷商を営んでいるモリッツの部屋へと歩みを進めていった。

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