第54話 受け継がれる力

 天羽紫音は弱かった。

 人間相手、そして亜人相手でも条件付きで紫音の力など到底通用しない。


 元々、紫音はテイマー。主に契約した従者が前に出て戦闘に参加し、自分は補助程度でしか参加しない。本来ならば紫音が戦う必要などなかった。

 しかし、紫音はその戦い方に納得できていなかった。これからフィリアたちとともに世界を変えようとしているのに自分は見ているだけだなんて。


 そんな気持ちから紫音は、自分も一緒に戦える力を身に付けるためにこの2年間、必死になって探していた。

 探して……探して……探して……ようやく見つけた。


 共に戦えるこの力を。


「リンク・コネクト!」


 詠唱後、紫音とフィリアが立っている場所に魔法陣が浮かび上がる。そして、二つの魔法陣を繋ぐように一本の線が伸びていく。

 二つの魔法陣が繋がったとき、今度は紫音の体に異変が起き始める。


 肌色の手足が爬虫類のような赤い鱗へと変化していき、獣のような鋭い爪に生え変わる。頭部には反り返った二本の角。体の後ろからは一本の尻尾が伸びている。


 目は真っ赤に燃え盛る真紅の瞳となり、鋭い牙が口の中から覗いていた。顔には赤い鱗模様がうっすらと浮かび上がっており、背中には一対の翼が生えている。


「あ……あっ……」


 この戦場においてクライドだけが紫音の姿に驚いていた。

 姿が突然変わったことのほかにもう一つ驚くべき理由があった。それは、紫音の姿があまりにも似ていたからだ。


 そう。その姿はまるで。


「ド、ドラゴン……」


 呟くように言ったクライドの言葉の通りその姿は、人間の体にドラゴンの体を宿しているような姿だった。変身したともいえる紫音の体にはそう思わせるほどの力があった。


「《形態変化――竜人武装りゅうじんぶそう》」


 変身が完了した紫音と改めて対峙する。

 先ほどまでとは違い、今の紫音からは圧倒的な強さが感じ取れる。クライドは思わず、握っていた剣を強く握り返した。


 今目の前にいるのは二体のドラゴン。そんな奴を相手にすると思うと、クライドは再び武者震いを起こしていた。


「いくぞ……」


「……え?」


 紫音からその言葉を聞いた次の瞬間、突然彼は姿を消した。

 別段、クライドに落ち度などなかった。注意深く紫音を見ており、一時もよそ見などしていなかった。


はやい!? いったいどこ――ぐはあっ!?」


 見失った紫音の姿を探そうとした刹那、クライドの腹部に激痛が走る。目線を少し下げると、そこにはクライドの鳩尾に拳を入れていた紫音の姿があった。


(い、いつのまに……!)


 クライドが紫音の姿を確認したその後、気づけばクライドは後ろにあった木に激突していた。


「くっ……速さだけじゃない腕力が明らかに上がっている。あの変身した姿となにか関係があるのか?」


「効いている。高ランク冒険者相手でも俺の力が通用している……」


 手を握りしめながら実力者相手にも引けを取らない自分の力を確かめていた。


 紫音の爆発的に跳ね上がったこの力はクライドの推測通り変身して手に入れた力のおかげだった。

 紫音の新しい技――『リンク・コネクト』は簡単に言えば従者の力をその身に宿すもの。自分と契約している従者が保有している力を主人である紫音自身も使うことができる。


 この場合においてはフィリアの竜人族としての力を紫音の体に受け継がせている。そのため姿形が変わるだけでなく、身体能力も驚異的に上がる。またそれだけでなく、フィリアの持つ力も手に入れている。

 テイマーである紫音だからこそ見つけることができた紫音にしかできない戦い方。


 きっかけは安易な発想からのものだった。いつも使い魔たちに行っている視覚共有という能力。これは従者の視覚情報を自分と同期させるようなもの。

 それならば、視覚だけでなく他の部分もできるのではないかという発想から始まった。


 試行錯誤の末、様々な制約はあるが、二年間の中で『リンク・コネクト』という技を編み出した。


「これなら……勝てる!」


 この力のおかげでクライドとの力の差を埋めることができ、自身がついた紫音は畳み掛けるように次の攻撃に出る。


炎竜弾えんりゅうだん――4連!」


 自身の周囲に四つの球体を出現させる。その球はファイア・ボールに少し似ているが全くの別物である。紫音のものより倍以上の大きさがあり、炎の量も燃え盛る炎のように燃え上がっている。


「行け」


 紫音の指示に従い、四つの炎竜弾が前へと移動を開始する。これらも先ほどと同じように紫音が操っており、軌道も自由自在。

 四方からの炎竜弾がクライドに襲い掛かろうとしている。


「疾風連斬!」


 剣に風の力を付与させ、クライドの剣技が発動する。四方から来る攻撃に対して連続で剣を振るう。剣から斬撃が飛び交い、炎竜弾に直撃。

 四回の爆発音が鳴り響く。


「ハアアアアアッ!」


「ッ!?」


 クライドが炎竜弾を破壊する間、紫音はクライドとの距離を詰め攻撃に出ていた。ナイフのように逆手で剣を構え、首元に狙いを定め、横に斬るように剣を振るった。


「くうっ!」


 ギイイイイン。

 自分の身を守るためクライドは剣を前に出す。そして両者の剣が激突する。


 剣と剣がぶつかり合う鈍い音が辺りに鳴り響く。力のぶつけ合いにもなっており、どちらも一歩も譲らない。


「ウオオオオッ!」


「ハアアアアアッ!」


 竜人族の力を手に入れた紫音に対してクライドは互角の力を有していた。

 一向に崩れぬ均衡状態を打破すべく紫音は動いた。

 空いていた右手をクライドの眼前に差し出す。開かれたその右手には魔法陣が浮かんでいた。


炎竜砲えんりゅうほうっ!」


「っ!?」


 光線のように一直線の伸びる炎が魔法陣から放たれた。

 経験からか、事前に危険を察知したクライドは瞬時に顔を横にずらすことで直撃を避けることに成功した。

 標的を外した炎竜砲はクライドの後方に立っていた大樹を粉々に破壊した。


(な、なんて技を使いやがる)


 横目で攻撃の行き先を見ていたクライドはその威力に度肝を抜かれた。もしも直撃していたらと最悪の想像をしながら冷や汗を流す。


(隙あり!)


 クライドの意識が一瞬紫音から離れた隙に剣の位置を少しだけ後ろにそらす。


「なっ!?」


 それだけでぶつかり合った力にズレが生じ、クライドはバランスを崩しそうになる。


「フンッ!」


 均衡が崩れたこの状況を好機と見た紫音は、左足を蹴り上げ、クライドの顔面に上段蹴りを入れた。


「ぐうっ!?」


「炎竜弾」


 2人との間の距離が離れると、立て続けに炎竜弾を放つ。


「ガハッ!?」


 攻撃が決まったことを確認した紫音は、クライドから離れるために翼を広げて飛翔する。

 その後、近くの木の枝に着地すると苦悶の表情を浮かべていた。


「はあ……はあ……そろそろ時間切れか。……もう魔力が尽きそうだ」


 紫音がクライドから離れたのはこれが原因だった。

『リンク・コネクト』の制約の一つとして時間制限が設けられていた。紫音がこの姿でいられるには常時魔力を消費し続けなければならない。


 元々、魔力が平均並みの紫音には長くこの姿ではいられない。おまけにこれまでの戦闘で通常よりも紫音の魔力は減少していた。そのため紫音としては、そろそろ決着を付けなければならないでいた。

 叶うならば今の攻撃で終わってほしいと紫音は切に願っていた。


「ぐっ……うぅ……」


 そんな願いもむなしくクライドは顔を手で押さえながら立ち上がった。しかし立つこともおぼつかない状態で満身創痍となっていた。

 どちらも次の攻撃で決まるそのような戦況になっている。


「紫音! そろそろ終わりにしなさい」


 少し離れたところからフィリアの声が紫音の耳に届く。


「分かったよ。……次で決める」


 フィリアにそう告げると紫音は最後の攻撃に打って出る。


「来る……」


 それに対してクライドは剣を前に出して紫音の攻撃に備えようとしていた。


「《右腕集中――フィジカル・ブースト4重詠唱。炎竜弾――右腕付与エンチャント》」


 右腕に身体強化魔法の重ね掛けに炎竜弾を付与させる。紫音の右腕は真っ赤に燃え上がり、炎を纏った拳が出来上がっていた。


 木を蹴り上げ、翼をはばたかせながら一気に降下する。速度を上げながらクライドとの距離を詰めていく。炎の拳を後ろへと引き、クライドに照準を合わせる。


「ウオオオオッ!」


「勝つのはオレだ! 金剛剣・破斬!」


 クライドの最後の剣撃で紫音との勝負に終止符を打とうとした。迫りくる紫音に勢いよく振りかざした渾身の一撃が襲う。


炎竜崩券えんりゅうほうけん!!!」


 炎を纏いし拳がクライドの剣に激突した。

 右腕に宿る身体強化の魔法に硬い竜の鱗のおかげでかろうじてクライドの剣を防いでいる。せめぎ合う剣と拳。両者の衝突が続く。

 そして……。


 パキン。


「……な、なに!?」


 クライドの剣が折れる音がやけに大きく聞こえた。ぶつかり合いの結果、紫音の拳に軍配が上がった。そしてその拳は勢いを殺すことなくクライドの顔面にめり込むように撃ち放たれる。


「ぐおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」


 地面に叩き付けられたクライドはしばらく痙攣したかのように体を震わせ、まるで糸が切れたかのように動かなくなった。もう限界なのか、一向に動き出す様子もない。


 ……ついに紫音とクライドとの戦いに終止符が打たれた。

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